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Cradle 死神の祝福で不老不死になった少女が、愛と狂気の中で生きる話  作者: 源泉
第一章 不死の少女と風の街で交わる運命
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※内容に変わりはありませんが、文章を整えました。

ベルは手元の湯のみを静かに卓へ戻すと、腰に差していた護身用の短剣を抜いた。


迷いなど微塵もない動作で、自らのラベンダー色の髪を一房、音もなく切り落とす。

光を受けてきらめいた淡い紫の糸が宙を舞い、やがて彼女の掌に落ちた。


それをそっと布に包み込むと、ベルは小さな包みをカイルの膝元へ差し出した。



ベル「……助けてくれたお礼よ。それと、“逃がした”ことに対する、あなたの保険」



その声は淡々としていたが、確かな優しさと現実を見据えた覚悟が宿っていた。



ベル「それを渡せば、きっと許されると思うわ」



カイルは震える手で、それを受け取った。

包まれた髪の重さはわずかでも、それが持つ意味はあまりに大きかった。


長年姿を見せていなかった“不死の魔女”

彼女が現れた証拠が今、自分の手の中に確かに存在している。


これは、《蛇の法衣》の研究者たちにとって、何よりも危うい贈り物だった。

彼らの渇望の対象であり、研究の材料ともなる。


その重みに、カイルは黙したまま、視線を落とした。



ベル「《蛇の法衣》とは、昔から争ってきたわ。

捕らえられては、実験道具にされて、逃げ出して……また追われる。

何度も、何度も、繰り返してきた」



淡い声色のまま、ベルの瞳に一瞬だけ――

深い憎しみと、痛みの影が射した。



ベル「“死神の揺り籠”を、本当に知っている者は少ない。私ですら詳しいことは分からないの。

でも……蛇の法衣は、昔からそれを知っていた。

私の魔力を使い尽くし、揺り籠を無理に発動させて……観察する。

私が眠っている間に、彼らはそれを、私自身より深く理解していった」



その記憶が疼いたのか、ベルのまなざしに再び暗い色が宿る。

だが、すぐに小さく微笑んで、それを静かに覆い隠した。



ベル「でも、その頃に関わっていた者たちは、もう誰も生きていない……」



彼女は立ち上がり、静かに言葉を結ぶ。



ベル「助けてくれて、ありがとう。カイル」



立ち上がるその背には、遠くて触れることのできない孤独が滲んでいた。


彼女の動きは、波紋ひとつ立てぬ水面のように静かだった。

揺れる髪の先から、薬草の香が微かに流れ落ちる。

その背には、深く長い時を孤独に生きてきた者だけが持つ、言葉にできない重みがあった。


その光景を見た瞬間、カイルの胸の奥で何かが弾けた。

焦がれるような熱が、激しく突き上げる。


理解では届かない。

理性では掴めない。

それでも――


その存在を、手に入れたい。

閉じ込めたい。

守りたい。

壊してしまいたい――


全てがないまぜになった、狂おしいほどの感情。

気づけば、カイルはベルを抱きしめていた。


腕の中の彼女は、一瞬だけ身を強張らせた。

だがそれもやがて、静かにほどけていく。

まるで湖に落ちた石の波紋が、やがて穏やかに消えるように。


ベルはそっと手を伸ばし、カイルの頭を撫でた。

それは拒絶ではなかった。

けれど――執着を許すものでもなかった。


しばらくして、ベルは何も言わず、その腕の中から抜け出す。

静かに、小屋の扉を開け、夜の静寂へと歩き出す。


一度も振り返ることなく、まるで最初からそこに属していなかったかのように。


カイルはその場に立ち尽くしたまま、動けなかった。

焼けつくような想いだけが、全身を支配していた。


扉が閉まる。


その瞬間、世界が音を失ったかのようだった。

ただ、薬湯の湯気だけが名残のように揺れ、そこにあった温もりを静かになぞっていた。


カイルは膝をついた。


心臓の鼓動が、耳の奥でひどくうるさく響いている。


何かを掴みかけて――

指の隙間から零れ落ちた、その感触。


その残滓だけが、胸の奥で灼けつくように疼いていた。


もう一度、抱きしめてしまえば、

二度と離せなくなる。

もう一歩、踏み出してしまえば、

きっと、取り返しがつかなくなる。


それほどに、彼女は。


小屋の中には、薬草の香と、カイルの荒い息遣いだけが残っていた。

深く、深く、静かな夜の底のような沈黙が、そこを満たしていた。

第一章終わりです。

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