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Cradle 死神の祝福で不老不死になった少女が、愛と狂気の中で生きる話  作者: 源泉
第一章 不死の少女と風の街で交わる運命
27/316

1-26

※内容に変わりはありませんが、文章を整えました。

ベルが目覚める少し前――。


扉の前に立つカイルは、木の壁にもたれ、わずかに息をついた。

その唇の端が自嘲気味に歪む。

笑うには痛すぎる胸の奥を、せめて皮肉で覆い隠すように。


あの日。あの廃れた礼拝堂。

朽ちた石の隙間から差す光の中で、彼女と目が合った瞬間から、何かが決定的に狂い始めた。



美しさだとか、神秘だとか。

そんな安っぽい言葉では到底言い表せなかった。



あの紫の瞳。

それは、彼の奥底にある、誰にも踏み込ませたことのない場所にいとも簡単に触れてきた。

指先すら届かせたことのなかった「内側」を、あの少女は目で見て、通り過ぎていった。



カイルが《蛇の法衣》に与えられた任務は明確だった。

対象の追跡、観測、可能であれば捕獲。


あの時、ベル魔力の枯渇とともに発動した不可侵の防壁。

赤紫の泡のように柔らかく見えて、いかなる干渉も受けつけない。


それが何よりの証明だった。

かつて伝承にのみ語られた、彼女の存在。


本来ならば、報告し、拘束し、連れ帰るべきだった。

それが、蛇の法衣としての使命であり、自身に課された責務。



けれど。


目を覚ます前から、いや――

あの泡の中で眠る彼女の姿を見た瞬間から、

カイルの中の「意志」は、音もなく崩れていた。

任務に必要な理性だけが、かろうじて形を保っていた。



カイルが(……今、動けば彼女は間違いなく戦う。あるいは、逃げる)



その未来を、彼ははっきりと予見できた。

自分の力では、それを止めることはできない。



カイル(だから、今は……“観測”だ)



それは逃避だった。

だが、カイルはそう自覚しながらも、自分の心に言い訳をすることでしか立っていられなかった。


ゆっくりと、扉に手をかける。

その向こうに、彼女はいた。

目を覚まし、静かに彼を見つめていた。


ベルの視線には、探るような温度があった。

拒絶でも、受容でもない。

ただ、言葉の代わりに揺れる光と影。



カイル「服はそこにある。君のサイズに合うか分からないが……きっと着られるだろう」



言いながら、わずかに笑みを作る。

それは緊張の膜を柔らかくするための、わずかな緩衝材だった。



カイル「……温かい飲み物を淹れてくる。少しだけ、待っていて」



背を向ける直前、彼女の視線が自分を貫いた。

警戒と、戸惑いと――どこかほんの少し、哀しみのような何か。


けれど、ベルは何も言わなかった。


その沈黙が、カイルには痛かった。

ひとことの拒絶よりも、ひとしずくの侮蔑よりも。


カイルは、それ以上耐えきれず、静かに扉を閉じる。

その背に残った、沈黙の余韻が重たく沁みた。



カイル(……もし、戻ってきたときに彼女がいなければ――それでいい)



呟く声は、扉の木に吸い込まれて消えた。

本当はそんなはずはなかった。

けれど、彼女を手に入れるための“理”が、今の彼にはもう掴めなかった。



カイル(……もともと、一人で捕らえられるような相手じゃない)


それは言い訳ではなく、事実だった。


古びた調理台に手をかけ、カイルは湯を沸かし始める。

薪がはぜる音が、わずかに部屋の静寂を和らげる。


そして、心の奥底で――それまで言葉にすらできなかった一つの願いが、ようやく輪郭を得る。




カイル(……どうか、まだ、いてくれ)


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