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Cradle 死神の祝福で不老不死になった少女が、愛と狂気の中で生きる話  作者: 源泉
第一章 不死の少女と風の街で交わる運命
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※内容に変わりはありませんが、文章を整えました。

赤紫の光に包まれながら、ベルの意識がふっと遠のいていく。

耳も、肌も、重さも失い、ただ沈んでいく感覚。



――深い、深い闇の中へ。



ベルが落ちた先の世界は、音を失っていた。

足音も、息遣いも、思考の気配すら沈黙に溶ける。

空間全体が凍りついたような静寂に包まれ、唯一残るのは“在る”という感覚だけ。


天井はない。

見上げれば、遥か高みに浮かぶ漆黒の月が、ゆっくりと満ち欠けを繰り返していた。

それは時間の概念すら忘れさせる、永劫の呼吸。


足元には床はなかった。

けれど確かに立っているとわかる。

無限に広がる星々の瞬きが、まるでその場所が“底”であるかのように、かすかに光を返していた。


その虚無に、ふわりと揺らめく紅紫の光が差し込む。

温もりをたたえた光は、何もないはずの闇に、やさしい気配をもたらす。


そして、光の中心に立つ男の姿。

白銀の髪に、紅紫の瞳を宿した、死神ルーヴェリス。

静けさのなかに、言葉よりも深く、彼の存在が染み渡っていく。

 


ベル「……ルーヴェリス……?」


ベルはまどろむような声でその名を呼んだ。

現の世界では思い出すことすら叶わなかったはずのその名が、自然に唇をつたう。


懐かしさに胸を締めつけられながら、彼の姿を見上げた。



ルーヴェリス「おかえり、ベル」


彼は静かに微笑む。

愛しげに、壊れものに触れるような手つきで、ベルの頬にそっと触れた。



ベル「……やっと、会えた」



泣き出しそうなベルの声はどこか幼げで、まるで夢の中の少女のようだった。

永遠を生きる不死の魔女としての威厳は、この場所には持ち込めないかのように。


ルーヴェリス「ずっと待っていた。……何度、君の名を呼んだかわからない」


その指が、ベルの淡いラベンダー色の髪をすくい、そっと口づける。

それはあまりに優しく、切なく、まるで永遠に触れられないものを慈しむような仕草だった。


 

ベルは彼の胸元に顔をうずめると、小さく震えながら囁く。



ベル「……どうして、この夢の中でしか、思い出せないの?」



ルーヴェリスは目を伏せ、肩を抱き寄せる腕に力を込める。



ルーヴェリス「私のことは忘れていたほうが、そちらの世界で苦しまなくて済む」


ベル「わたしは、もう……戻りたくないよ」


ベルの声がかすれる。

あの狂気の群れ。歪んだ欲望。

泣くことも叫ぶこともできなかったあの恐怖と絶望が、身体の芯まで染み込んでいた。


それは、幾度となく繰り返されてきた惨劇。


言葉にならず、涙が頬を伝う。

震える身体を、ルーヴェリスが抱きしめた。

額をそっと重ねる。

言葉はなかったが、彼の気配に満ちていたのは、抑えきれない怒りと胸を裂くような無力さだった。



ルーヴェリス「……すまない」



彼は苦しげに呟き、ベルの肩に顔を伏せる。



ルーヴェリス「私のせいで、君まで罰を背負わされている」


ベル「……ルーヴェリス……」



その名を呟きながら、彼の白い髪をそっと撫でる。

夢の中の少女のような、無垢な仕草。

けれどその指先は、確かに彼の痛みを受け止めていた。


ベルが涙を流すのを見て、ルーヴェリスの胸が軋む。

その涙をぬぐう指先は静かで震えていなかったが、内側には押し殺した痛みがうねり続けていた。


この命なき永劫の闇の中で、彼女だけが温もりだった。

もしも本当に、同じ時間を共に歩めたなら――それはどれほど幸福な罰だったろう。


だが、彼にはそれを選ぶことは許されない。


死神であるルーヴェリスは、不老不死という祝福を与えた罪で、神々によって現世への干渉を禁じられていた。

この世界の理を超えたその力は、神々の秩序に反するとされ、彼は封じられたのだ。


ただ一つ、唯一許されたのが、

“彼女が魔力を失い、死神の揺り籠に包まれたとき”、その内なる夢を通じての再会だった。


けれど、いつも彼女は深く傷ついた姿で現れる。

それは再会であると同時に、彼にとって最も苛烈な罰だった。


ルーヴェリスは静かに膝をつき、ベルの手を取り、額に口づける。


ルーヴェリス「……ベル」


彼女が苦しみに声を殺して震えているのを見て、胸が痛む。

それでもルーヴェリスは微笑んだ。

胸を裂くような悲しみの中でさえ、微笑んで、彼女を傷つけぬように。



そして彼は、ベルの唇に、深く、長く口づけをした。



魔力が、彼女の身体に流れ込んでいく。

ひび割れた器を、静かに満たしていくように。



ルーヴェリス「忘れて生きること、永遠に忘れられないこと。どちらがつらいのだろうか。」


ベル「いや、ルー、……離れたくない!また忘れちゃうの?」



紅紫の光が強く瞬き、ベルの身体を包んだ。

ルーヴェリスの姿は遠のいていく。

最後に浮かんだのは――悲しみに微笑むその横顔だった。



そして、ベルが目を開けると、それはもう夢ではなかった。


 

ベルは静かにまばたきをし、天井の光を見つめる。

胸の奥が、あたたかくて、寂しい。

何かを、失った気がする。

誰かに抱きしめられていたような、やさしい夢の余韻だけが残っていた。

 


ベル「……なんで……泣いてるの……」



頬を伝う涙を指で拭いながら、ベルはぽつりと呟いた。

理由のない温もりが、まだ彼女の中に、たしかに生きていた。


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