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Cradle 死神の祝福で不老不死になった少女が、愛と狂気の中で生きる話  作者: 源泉
第一章 不死の少女と風の街で交わる運命
24/315

1-23

※内容に変わりはありませんが、文章を整えました。

カイルは、その夜のことを何度も思い返すことになる。


彼は闇の中、黒き観測者たちの一団に紛れるように彼女を追っていた。

正面から交戦する意思はなかった。カイルの目的は観察だった。


ベルが行使する未知の魔術。

そして、黒き観測者が惜しげもなく使う魔導具の数々。

それらはどれも、彼の知的探求心を大いに刺激するものだった。



だが、それ以上に彼の心を捉えたものがあった。



風に舞う髪の隙間から覗いた、ベルの横顔。

数の暴力に押されながら、集中を切らすまいと懸命に立ち向かうその姿は、静かな必死さに満ちていた。


危ういほど均整のとれた、美しさ。

ほんの少しの力で崩れてしまいそうな儚さに、胸の奥がざわめいた。



ふと、彼の唇がわずかに歪む。

――壊したら、どんな顔をするのだろう。



その想像に、胸が熱を帯びた。

自覚のない感情が、理性を溶かそうとしていた。




カイル(……まずい)



カイルは小さく息を吐き、感情を押し隠すように目を細めた。

そのときだった。


ベルの視線が、明確にこちらを射抜いた。

刹那の交差。

戦いの最中に、彼女は確かにカイルを見た。


冷たくも澄んだ瞳。その奥に宿る、決して揺らがぬ意志。

瞬間、カイルの胸の熱が、氷のように冷えた。


ベルの集中が、揺らいだ。

彼女はカイルの表情にわずかに戸惑い、次の瞬間、背後から迫る影に気づくのが遅れた。



負傷と同時に魔力の制御が乱れ、状況は一気に崩壊していく。



カイル「……俺のせいだ」



カイルは低く呟いた。


自分が、笑わなければ。

あの一瞬、感情を漏らさなければ――彼女は油断しなかったはずだ。



目の前で、観測者たちの理性が崩壊していく。


その中心で、ベルはもがいていた。

抵抗の術を封じられ、衣が裂かれ、無慈悲な視線に晒されながらも、泣きも叫びもせず、ただ感情を押し殺そうとしていた。



その姿に、カイルの胸は締めつけられた。



カイル(何をしている、俺は――)



視線が揺れる。

蛇の法衣の一員としての任務。

干渉せず、ただ観察し、記録し、知識を持ち帰る。


だが今、彼の目の前には、命を削られようとしている少女がいた。


理性と衝動がぶつかり合う中で、ふと脳裏に浮かんだのは、古い記録の一節だった。



――“死神の揺り籠”。


不死の少女が、魔力を完全に失ったときのみ発動する、死神の加護。

絶対の結界。

外部からの一切の干渉を遮断し、彼女を眠りへと導く。



カイル「……俺にできるのは」



カイルはゆっくりと腰のポーチから、小さな黒銀の魔道具を取り出した。


魔力封印の術具。

触れれば、対象の魔力を吸い出す禁呪の遺物。


蛇の法衣の内部でさえ、使用が制限される代物。



つまり――これを使えば、“条件”を満たせる。



気づかれぬよう混乱の渦に紛れ、ベルへと近づく。

声をかけることも、名前を呼ぶこともせず、ただそっと、その装置を彼女の肌へ押し当てた。



機構が作動した瞬間、空気が変わった。



ベルの体が、小さく震える。

魔力が引き剥がされるような感覚に、彼女の喉がかすかに鳴った。


次の瞬間―― 赤紫の光が湧き上がる。


観測者たちが息を呑んだ。 誰もが本能で理解する。これは異常だ。常識の外だ。


カイルはわざと声を張った。



カイル「近くにいると命を吸われるぞ! ここは死神の領域だ!」



咄嗟に吐いたその虚言が、恐怖と混乱に染まった観測者たちを一気に押し流す。



「な、なんだあれは……」


「離れろ、巻き込まれる!」



次々と後退し、やがて全員がその場から逃げ出した。

急激に現実に引き戻された彼らは、その罪悪感からか、恐怖からなのかは分からないが、その場に戻ることはなかった。



赤紫の光が完全な球体となり、ベルの身体を包み込む。

カイルはその場に膝をついた。

中で、ベルは静かに眠っていた。


もう、誰にも傷つけられることはない。


彼はそっと、その殻に額をつけた。


蛇の法衣の古い記録――書物の中でしか存在しなかったはずの現象。

死神の眼差しのような、不可侵の殻が、今ここにある。


目の前のその光景が、カイルの心に爪を立てて、深く、強く掴んだ。


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