表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Cradle 死神の祝福で不老不死になった少女が、愛と狂気の中で生きる話  作者: 源泉
第一章 不死の少女と風の街で交わる運命
21/314

1-20

※内容に変わりはありませんが、文章を整えました。

ベルの首に触れた魔導具が、金属音とともに固定された。 その瞬間、彼女の内奥に針のような痛みが走る。


異物が、神経を伝って侵入してくる。それは明確な痛みではない。

だが、皮膚の下を這い、筋肉を鈍く痺れさせ、骨の内側を撫でるような違和感が、体内を静かに満たしていく。


足元には幾重もの魔法陣が展開され、空間の重力が歪む。

詠唱が重なり、空気は濁った墨のように変質していく。


その拘束は、外側から体を縛るものではなかった。

首元の魔導具を介して、魔力は体内へと流れ込み、神経系を内側から制圧していく。


まるで、脳から肉体への命令を一つひとつ遮断していくかのように。

手が、脚が、指が、思考に応じて動かなくなる。


それは肉体を縛るものではない。

神経そのものを鎖に変え、意識と身体の接続をじわじわと断ち切っていく“静かな拷問”だった。



ベル(……中から縛ってくる……)



胸の奥に、嫌悪と不快が膨らむ。



冷たい何かが神経を這うたびに、体の奥が引っかき回されるような感覚に襲われる。

自分という輪郭が、内側からぼやけていくような錯覚。


思考は鈍り、まぶたが重く落ちる。

鼓動が一拍遅れ、呼吸のリズムも崩れていく。

意識と肉体の“ずれ”が始まっていた。



「動きを封じた」


「魔力も、抑えこんでいるはずだ」



観測者たちの声が聞こえる。だが、遠く水中から聞こえるように曖昧で、意味を結ばない。


それでもベルは、崩れなかった。

彼女は確かに縛られていた。体も、魔力も、すべてを封じられていた。

だが、少女はなお立っていた。


ラベンダー色の髪が、夜風に揺れる。

深く静かな夜のような瞳は、怒りも恐怖も宿さず、ただ燃えるような意志だけを残していた。


その姿は、あまりに異質だった。


血と煙に染まる戦場の只中にあって、彼女だけが崇高で、侵せぬ神聖のようだった。



――それこそが、死神の祝福がもたらした“副作用”。



奪う力を持つ魔力は、彼女が意図せずとも、周囲の精神に干渉しはじめる。 彼女の存在が、そこにいる者たちの「視線」と「心」すらも奪っていく。


観測者たちの視線が、一斉に彼女に吸い寄せられる。 その目には、もはや任務への集中などなかった。



「……なんだ、この感覚は……」


「見ているだけで、心が焼かれるようだ……」



呟きの声が、誰のものか曖昧に響く。



「恐れるべきはずなのに……」


「なぜ、目が……離せない……」



その感情は、理性による拒絶ではなかった。 それは、熱に浮かされた者の囁き。

触れてはならないと知りながら、それでも惹かれてしまう者の声だった。


 

冷酷であるべき観測者たちの思考に、静かに裂け目が生まれる。


詠唱は乱れ、術式の軌道がわずかに歪む。 気づかぬうちに、彼らの手が震えていた。


「こんな存在は……」

「世界にあってはならないはずなのに……」


だが、彼らの胸に満ちていたのは恐れではなかった。


それは、焦がれるような憧れと、禁忌への渇望。

理性では触れてはならぬとわかっていながら、魂が惹きつけられていく。


本来、記録し葬るべき“神秘”に、彼ら自身が心を囚われていく。

捕らえられた対象に心を奪われる。

それは、観測者としての最大の禁忌だった。


 

だが、立ち尽くす彼女はあまりに静かで美しく、

まるで神殿の奥に据えられた、決して触れてはならぬ神像のようだった。


その奪う魔力は、視線を、感情を、そして理性さえも知らず侵していく。



沈黙を破ったのは、一人の男だった。



「……所詮、存在してはならぬ者だろう?」



その声には、もはや理性の温度はなかった。

感情の渦が、底の方から滲んでいた。



「ならば――どう汚そうと、咎められる道理などあるものか」



それは、崇高な聖物を“汚す”ことで、自らの存在を刻もうとする狂者の論理。


男が一歩、また一歩とベルに近づいていく。 その目は熱に浮かされ、理性を手放した獣のようだった。

誰かが躊躇いながらも、それに続いた。

そして、連鎖は始まる。


一人、また一人と、理性という皮を剥がされた観測者たちが、少女のもとへと歩を進める。



――まるで、祭壇に捧げられた供物に群がる盲信の徒のように。

 


ベルの瞳が、わずかに震える。

逃げられない。 声も、出ない。 魔力も、届かない。


 

ベル「……っ!」



声にならない叫びが、喉の奥で震える。



そして――



誰かの手が、彼女の肩に触れたその瞬間。

まるで世界の色が一気に抜け落ちたかのように。



ベルの表情から、命の気配が消えた。

恐怖。嫌悪。諦め。怒り。悲しみ。

壊れた鏡のように砕けた感情が、波のように揺れていた。


 

それは、人としての尊厳すら奪おうとする者たちに囲まれながら、彼女が見せた絶望の静けさだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ