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少し虫などの表現があります。
不意に、ノクスの意識が現実へと引き戻された。
まどろみの中で感じたのは、額に触れる冷たい感触。
ゆっくりと目を開けると、視界に映ったのはトーノの顔――そしてその額にそっと当てられた、小さく冷たい手だった。
玄宰「……目を覚ましたか」
その声は、トーノのものだったが、微かに響きの奥に別の色を帯びた現在のものだった。
ノクスはわずかに首を動かし、自身の状態を確かめる。
皮膚を焼くようだった熱は幾分か引き、疼く傷の痛みも落ち着いていた。
衣服の隙間からのぞいた傷口は清められ、すり潰された薬草が丁寧に塗り込まれている。
ノクス「これは……お前が?」
問いかけに、玄宰は一瞬だけ視線を逸らした。
玄宰「……私の知識にはない。トーノが、やらせたものだ」
短く返されたその声は淡々としていたが、その瞳の奥には、確かに揺れる光があった。
ノクスを気遣う色。玄宰らしからぬ、柔らかな何かが滲んでいる。
玄宰「魔力が戻れば、お前は回復の魔術を使えるのだろう」
玄宰はそう言いながら、足元の一角を指さす。
ノクスが視線を向けると、そこには見慣れぬ植物や果実、小型の魔物の亡骸がいくつか丁寧に並べられていた。
玄宰「この森で集めた。魔力の回復を促すとされているものだ」
ノクス「……ずいぶんと集めたな」
玄宰「トーノも、処理の仕方までは知らないようだ。お前は知っているか?」
ノクス「あ、ああ……」
ノクスは額に手を当てながら、ゆっくりと上体を起こす。
すると、玄宰いや、トーノの身体が無造作に小型の魔物の亡骸を持ち上げた。
無数の足を持ち、まだ僅かに温もりの残るその異形の体を、平然と掲げながら言う。
玄宰「体に塗った薬草と同じように、すり潰せば口にできるだろうと思っていた」
ノクスは言葉を失い、数秒固まったあと、全身の力を抜くように深くため息をついた。
ノクス「……その前に目が覚めて、本当に良かった」
玄宰の口元が、ほんのわずかに動いた気がした。
それが呆れたのか、笑ったのか、彼にもわからなかった。
ノクスはナイフの刃先で、ムカデにも似た魔物の甲殻の隙間に慎重に刃を差し込む。
骨のように硬い節をひとつずつ外し、頭部を切り離すと、滲み出てきた濃緑の毒液を手早く絞り出していく。
滴る液体は粘性があり、嫌な臭いが立ちのぼったが、ノクスは眉ひとつ動かさない。
枝に巻きつけるように魔物の身を固定し、それを小さな焚き火の上へとかざした。
ノクス「この魔物の毒は熱に弱い」
炎に照らされた顔に影を落としながら、ノクスが口を開く。
ノクス「それに寄生虫の心配もある。火を通さなきゃ、体を壊す」
薬草を潰していた手を止めて、その手順をじっと見つめていたトーノが問いかけるような視線を向けた。
その様子に気づいたノクスは、肩越しに振り返る。
ノクス「……トーノが知りたがってるのか?」
トーノの口元がわずかに動く。
だが返ってきたのは、玄宰の声だった。
玄宰「いや、それは私の意思だ」
焚き火の光の中、落ち着いた声が静かに続く。
玄宰「知識として知っているだけでは足りない。それを生かせなければ、持っていないのと同じだと、私は思う」
魔道知識に傾倒したかつての技術者、その側面を滲ませる言葉だった。
ノクスが返す言葉を探すよりも早く、玄宰は続ける。
玄宰「……それに。トーノは足が多い生き物を苦手にしているらしい」
ふっと苦笑めいた空気が漏れる。
玄宰「だが、お前のためだと言うと、大人しく体を貸してくれたよ」
その声には微かな誇りと、どこか戸惑いにも似た柔らかさが滲んでいた。
ノクスは小さく目を細めると、薬草と樹の実を入れた湯に視線を戻した。
ノクス「じゃあ、こっちも仕上げるか」
沸き立つ湯の中に、砕いた薬草と細かく刻んだ実を投入する。
香りが立ちのぼり、辺りに淡い緑の湯気が広がっていく。
やがて、煮出された薬湯と、枝に巻きつけられた魔物の串焼きが並ぶ。
ノクスはそれを手に取り、煙の中でわずかに焼き色を変えた魔物を見つめたあと、もう一本をトーノに差し出した。
ノクス「お前も魔力、かなり使ってるだろう」
トーノの顔に、わずかに引きつったようなものが浮かんだ。
玄宰「……私が、そんなものを口にすると思うのか?」
ノクス「思ってない。けど、礼儀として渡す」
言って、ノクスは肩をすくめた。
トーノはしばらく魔物の焼けた体を見つめていたが、やがてそっと枝を受け取った。
口にする様子はなかったが、その仕草には、微かに迷いがにじんでいた。
トーノ/玄宰の訂正しました。