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4-24

少し虫などの表現があります。



不意に、ノクスの意識が現実へと引き戻された。



まどろみの中で感じたのは、額に触れる冷たい感触。

ゆっくりと目を開けると、視界に映ったのはトーノの顔――そしてその額にそっと当てられた、小さく冷たい手だった。



玄宰「……目を覚ましたか」



その声は、トーノのものだったが、微かに響きの奥に別の色を帯びた現在のものだった。


ノクスはわずかに首を動かし、自身の状態を確かめる。

皮膚を焼くようだった熱は幾分か引き、疼く傷の痛みも落ち着いていた。


衣服の隙間からのぞいた傷口は清められ、すり潰された薬草が丁寧に塗り込まれている。



ノクス「これは……お前が?」



問いかけに、玄宰は一瞬だけ視線を逸らした。



玄宰「……私の知識にはない。トーノが、やらせたものだ」



短く返されたその声は淡々としていたが、その瞳の奥には、確かに揺れる光があった。

ノクスを気遣う色。玄宰らしからぬ、柔らかな何かが滲んでいる。



玄宰「魔力が戻れば、お前は回復の魔術を使えるのだろう」



玄宰はそう言いながら、足元の一角を指さす。

ノクスが視線を向けると、そこには見慣れぬ植物や果実、小型の魔物の亡骸がいくつか丁寧に並べられていた。



玄宰「この森で集めた。魔力の回復を促すとされているものだ」


ノクス「……ずいぶんと集めたな」


玄宰「トーノも、処理の仕方までは知らないようだ。お前は知っているか?」


ノクス「あ、ああ……」



ノクスは額に手を当てながら、ゆっくりと上体を起こす。

すると、玄宰いや、トーノの身体が無造作に小型の魔物の亡骸を持ち上げた。


無数の足を持ち、まだ僅かに温もりの残るその異形の体を、平然と掲げながら言う。



玄宰「体に塗った薬草と同じように、すり潰せば口にできるだろうと思っていた」



ノクスは言葉を失い、数秒固まったあと、全身の力を抜くように深くため息をついた。



ノクス「……その前に目が覚めて、本当に良かった」


玄宰の口元が、ほんのわずかに動いた気がした。

それが呆れたのか、笑ったのか、彼にもわからなかった。




ノクスはナイフの刃先で、ムカデにも似た魔物の甲殻の隙間に慎重に刃を差し込む。

骨のように硬い節をひとつずつ外し、頭部を切り離すと、滲み出てきた濃緑の毒液を手早く絞り出していく。


滴る液体は粘性があり、嫌な臭いが立ちのぼったが、ノクスは眉ひとつ動かさない。

枝に巻きつけるように魔物の身を固定し、それを小さな焚き火の上へとかざした。



ノクス「この魔物の毒は熱に弱い」



炎に照らされた顔に影を落としながら、ノクスが口を開く。



ノクス「それに寄生虫の心配もある。火を通さなきゃ、体を壊す」



薬草を潰していた手を止めて、その手順をじっと見つめていたトーノが問いかけるような視線を向けた。

その様子に気づいたノクスは、肩越しに振り返る。



ノクス「……トーノが知りたがってるのか?」



トーノの口元がわずかに動く。

だが返ってきたのは、玄宰の声だった。



玄宰「いや、それは私の意思だ」



焚き火の光の中、落ち着いた声が静かに続く。



玄宰「知識として知っているだけでは足りない。それを生かせなければ、持っていないのと同じだと、私は思う」



魔道知識に傾倒したかつての技術者、その側面を滲ませる言葉だった。

ノクスが返す言葉を探すよりも早く、玄宰は続ける。



玄宰「……それに。トーノは足が多い生き物を苦手にしているらしい」



ふっと苦笑めいた空気が漏れる。



玄宰「だが、お前のためだと言うと、大人しく体を貸してくれたよ」



その声には微かな誇りと、どこか戸惑いにも似た柔らかさが滲んでいた。

ノクスは小さく目を細めると、薬草と樹の実を入れた湯に視線を戻した。



ノクス「じゃあ、こっちも仕上げるか」



沸き立つ湯の中に、砕いた薬草と細かく刻んだ実を投入する。

香りが立ちのぼり、辺りに淡い緑の湯気が広がっていく。


やがて、煮出された薬湯と、枝に巻きつけられた魔物の串焼きが並ぶ。

ノクスはそれを手に取り、煙の中でわずかに焼き色を変えた魔物を見つめたあと、もう一本をトーノに差し出した。



ノクス「お前も魔力、かなり使ってるだろう」



トーノの顔に、わずかに引きつったようなものが浮かんだ。



玄宰「……私が、そんなものを口にすると思うのか?」


ノクス「思ってない。けど、礼儀として渡す」




言って、ノクスは肩をすくめた。

トーノはしばらく魔物の焼けた体を見つめていたが、やがてそっと枝を受け取った。

口にする様子はなかったが、その仕草には、微かに迷いがにじんでいた。

トーノ/玄宰の訂正しました。

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