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※内容に変わりはありませんが、文章を整えました。
ベルが風の街を出て、一つ目の石橋を渡った、その刹那だった。
風が唸り、空間がきしんだ。
まるで大気そのものが拒絶の意志を持ったかのように、虚空が裂ける。
そこに現れたのは、漆黒の法衣に身を包んだ者たち――《黒き観測者》。
おそらく、街を出るすべての経路に転移陣を仕掛けていたのだろう。
どの門を選んだとしても、結果は変わらなかった。
ベル(……結局、こうなるのね)
ベルは足を止めた。遮るもののない街道の上、彼女を中心に沈黙が落ちる。
「観測対象を確認、記録開始」
「魔力反応、対象と一致」
「観測位相の確定完了、作戦を開始する」
無機質な声が次々と響き、命令が重なるごとに空間が歪む。
幾重にも重なった魔法陣が展開され、宙に淡い魔紋が刺繍のように浮かび上がる。
夜の静寂に、不穏な詠唱の声が染み込んでいく。
けれど、ベルは――静かに、一歩、前へと歩み出た。
無防備に見えるその動きは、逆にすべての魔術師を警戒させるには充分だった。
ベル「……道を開けて。そうしてくれるなら、あなたたちを傷つけるつもりはないわ」
だが、返る声はない。
観測者たちは理をなぞる儀式のように魔力を集束し、
無慈悲な光と熱が奔流となって放たれる。
魔法が轟音を立て、夜空を引き裂いた。
しかし、そこにベルの姿はすでにない。
閃光の狭間を、しなやかに舞うように、音もなく彼女は動いていた。
ベル(……この力、なぜ私は扱えるのだろう)
静かに湧き上がる魔力は、冷たく、深い底を湛えた湖のようだった。
それは怒りでも憎しみでもない。ただ“終わり”を告げる意志。
理解ではなく、感覚で知っている。
――自分の中にある、それは名前すら持たない祝福。
死神より授かりし“死の力”。
ベルが手を翳した。
赤紫の魔光が地を裂き、奔る。
その軌跡に触れた魔紋が悲鳴をあげ、結界は地面ごと書き換えられたように消失する。
「詠唱もなく、あの威力……」
「なんだ? まるで、最初から地面が存在しなかったかのような……」
動揺が走る。
表には出さぬ彼らの内側を、術式の乱れがありありと物語っていた。
理屈では知っていた。
“この存在”に手を出すのは危険だと。
だが、実際にその力を目の当たりにし、恐れが確信へと変わる。
ベルの瞳が、夜の深みに似た静けさを湛えたまま、観測者たちを見据える。
その手には、死の魔力が静かに、しかし抗えぬ力として形を成していた。
ベル「……道を開かせてもらうわ」
少女の声が、大気を震わせる。
それは攻撃でも反撃でもない――ただの、宣言。
瞬間、足元の地面が魔力の波で穿たれ、敵の陣形が崩れる。
ベルはその隙を突き、迷いなく駆け出した。
観測者たちはその奔流に一時ひるみ、崩れた地面の向こうで少女がひとり、静かに立っているのを見た。
「……想定を超えている。通常手段では対処不能」
「《深淵の瞳》を使用する。許可を」
その言葉を合図に、黒衣の一人が懐から金属製の小箱を取り出す。
蓋が開かれ、中に収められていたのは、血のように赤い宝玉。
《深淵の瞳》
それは対象の魔力を凝視する“目”を生み出す、禁忌の魔導具。
対象の内にある魔力を強制的に抽出し、観測・制御するために設計された神器であり、
通常の術者が扱えば精神や魂を摩耗しかねない、古代遺物に近い存在。
これは《黒き観測者》の幹部から、最後の切り札として託されただった。
「起動。対象の魔力を奪取する」
闇の中、赤い光が瞬く。
戦場が、次の段階へと移っていく気配があった。