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4-3

塔の窓に風が打ちつける音が、絶え間なく耳に届いていた。

魔法ギルドの塔――風の街エルセリオの中心にそびえるその建物は、空を貫くように高く、上昇気流と潮風がぶつかり合うたび、厚い石壁を低く震わせた。


最上階のエラヴィアの自室を兼ねた執務室。

そこは円形の間取りに沿って整然と資料棚が並び、浮遊する魔法具が淡い光を灯していた。


その中心、書類の山と魔力の走る封蝋に囲まれた机にエラヴィアは座っていた。

羽根ペンを動かし、文書にサインをしては次の頁へと目を移す。だがその瞳は、ときおり焦点を失い、何かを追うように空へ彷徨った。


エラヴィア(……ノクス。今、あなたはどこに)


風の精霊たちは今も空を駆け、彼の痕跡を求めている。

けれど、その声はまだ届かない。

足跡も、衣擦れの気配すらも。


それでも、彼の命が消えたという兆しもまた――ない。

それだけが、かすかな希望として、彼女の心の奥に残っていた。


静かに目を伏せる。

執務机の引き出しには、白銀の外套――セラフの遺した衣が収められている。


洗い清められたはずのその布からは、いまだに濃密な“気配”が抜けきらず、部屋の空気すらどこか澄み切らない。


エラヴィア(セラフ……)


エラヴィアは彼に直接会ったことはない。

だが、ベルの記憶と語る言葉、そして遺された外套が、すでに充分すぎるほどの「狂気」を語っていた。

たった一人でベルを捕らえ、魔力と意志を壊し、呪いの糸で魂を縛った狂った男。


エラヴィア(なぜ、神への信仰を捨てたセラフの外套から“聖性”を感じたのか……)


それは確かに神聖魔法の波長だった。

純粋で、美しく、温かな……だがその奥に何かがあった。

ねじれた信仰。歪んだ祈り。正しさに憑かれたような力。


彼は神に“許されて”いる。

そう確信せざるを得ないほど、あの魔力は澄んでいた――恐ろしいほどに。


エラヴィアは机の上の羽根ペンをそっと置き、窓の向こうへ目をやる。

白い雲の切れ間に、風が軌跡を描く。


エラヴィアの悩みは尽きない。


神聖さと狂気を併せ持つ、得体の知れない存在――セラフ。

その異質な男が待ち受ける世界へ、再び旅立とうとしているナヴィとベルを思うと、エラヴィアの胸は重く沈んだ。


ノクスの安否も気がかりではあったが、ようやく癒えつつある二人の心身を、再び死地へと送り出すことにはためらいがあった。


とりわけ、ベルはまだセラフとの繋がり――呪いの糸に囚われている。


そして、すべての根源にあるのは、ベルを蝕み続ける「死神の祝福」。

その地獄のような呪縛から、彼女を解き放つ術はあるのか。


エラヴィアはふと筆を止め、深くため息をついた。

それは、何もできない己の無力さへの、静かな諦念だった。


エラヴィアは、ふと深く息を吐き、無力な自分を嘆いた。

思えば、かつての自分は、ただ居場所を求めて彷徨う旅人だった。


風の街エルセリオに辿り着いたのは、その旅の果て。

小さな灯のように集まり始めた志を同じくする仲間たちと共に、魔法を学び、伝え合い、その力を人々のために役立てる場所を築いた。


最初は学び舎として、次第に実務を担う窓口となり、やがて「魔法ギルド」と呼ばれるようになったその施設は、今では街に住まう魔術師たちの拠り所であり、風の街エルセリオを発展と守護の両面から支える中枢機関となっている。


エラヴィアは、この街に生きる誰よりも長く、その成り立ちと変遷を見守ってきた。

だからこそ、ギルドの長としての責務に、どれだけの重みがあるかも知っていた。


そして今、その重責を抱える者として、かつての弟子のノクスと、古き友人のベルの地獄を救えぬ現実に、胸を締めつけられるような痛みを覚えるのだった。



穏やかな昼の時間の頃、エラヴィアの隠れ家では柔らかな光が差し込み、風が葉を揺らすたびに、優しいざわめきが室内を包んでいた。


ベルとナヴィは、その静寂の中で休息を重ね、今では自力で動けるほどに回復していた。

ミィナは二人の様子を満足げに見守りながら、いつもの明るい声で呼びかける。


ミィナ「二人とも、お昼ご飯の時間だよ!」


笑顔を浮かべ、手早く食卓を整えながら、ミィナはスープ皿を運ぶ。

暫くは消化に優しい食事が続いていたが、ここ数日は少しずつ普段の献立に戻していた。


ミィナ「柔らかく煮込んだけど、よく噛んで食べてね」


野菜を避けようとするナヴィに、ミィナはわざと野菜多めの皿を差し出す。

そのやり取りにベルも微笑みをこぼした。


肉と根菜がじっくり煮込まれた料理の湯気が立ち上る中、ベルはふと手を止めた。


一瞬だけ、懐かしさと悲しさが入り混じった表情がその顔に浮かぶ。

けれどそれもすぐに、ナヴィとミィナの何気ない会話と笑い声の中に、そっと溶けて消えていった。


食事と片付けが終わった頃、ふと静かな風の気配が流れ込むと、隠れ家の扉がそっと開いた。


ミィナ「エラヴィア! 今日は早かったんだね!」


ミィナが嬉しそうに声をあげ、エラヴィアを迎え入れる。


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