3-61 ※
※掲載エピソードを飛ばしたので訂正して掲載します。
※少し残酷な描写があります。
その後、生き残った技術者たちは、息も絶え絶えに、地下に潜む彼らの研究室へとたどり着いた。
腕を失った者、全身を焼け焦がされた者――彼らの姿は悲惨そのものだった。
それでも彼らは、わずかな望みにすがっていた。
《不死を追求する者たち》の研究対象――ベルの不死性をもとに作られた薬液。
小型の魔物での実験では、寿命の延長や傷の再生といった効果が確認されていた。
ただし、凶暴化や肉体の異常変異が頻発し、その原因は“魂が耐えられない”ためと推測されていたが、明確な答えは出ていない。
だが今、理性や倫理を考える余地はなかった。
耐えがたい痛みと迫り来る死の恐怖の中、技術者たちはその薬液を奪い合うように体へと浴びた。
初期段階の未完成品、精製を重ねた高濃度のもの。
そのすべてが床に転がり、破られ、流れ、そして消費された。
その中には、研究室に何度か足を運んでいた出資者の男の姿もあった。
薬液が肌を焼き、内臓へ染み込み、骨へと染まっていく。
次第に、彼らの外傷が見る見るうちに塞がっていった。
焦げついた皮膚は再生を始め、ちぎれた肉が繋がっていく。
「……治っている……!」
誰かがそうつぶやいた瞬間、安堵の空気が研究室に広がった。
だが、それは地獄の幕開けに過ぎなかった。
最初に変化があったのはあの出資者の男だった。
彼は誰かの腕から無理やり奪い取った高濃度の薬液を、躊躇なく体に叩き込んだ。
効果はすぐに現れた。
焼けただれた肌が再生し、折れた腕が繋がり、血に染まっていた体が見る間に元の形を取り戻していく。
だが、再生は止まらなかった。治癒は暴走し、やがて副作用として牙を剥く。
新たに生まれた皮膚は厚く盛り上がり、気道を塞いで呼吸を奪う。
骨は修復された箇所からさらに異常な強化を始め、周囲の筋肉を押し裂いて白い断面を覗かせた。
裂けた肉もまた癒え、内側から湧くように再生し続ける。
男は意識を失うことすらできず、ただ再生し続ける肉塊と化した。
それでも彼は、生きていた。
他の技術者たちも、似たような変化に見舞われる。
人の形を留めている者もいたが、その目の奥には狂気が宿り、体のどこかが異様に膨張していたり、逆に萎縮していたりと、明らかな異常が見て取れた。
《不死を追求する者たち》の代表者は、その地獄のような光景を前にして、突如として笑い出した。
目は狂気に濁り、血の涙を流しながらも笑みを浮かべている。
そして、両腕を広げ、棚に残っていた精製された最後の溶液を自らの頭から浴びた。
「神よ……これは罰か……それとも、祝福か……
我らの愚行を許したまえ……あるいは、我らを笑うがよい……」
その後、かつて栄華を誇った魔導都市は、緩やかに、だが確実に衰退していった。
塔は崩れ落ち、魔力機構の多くは失われ、人々は一人、また一人とこの地を離れていった。
今もなお、街の中央に朽ち果てたまま残る観星塔。
崩れたそれはこの街の象徴となっている。
この街にとどまる者たちは、過ぎ去った繁栄の残り火を胸に抱え、ただ生き延びることを選んだ。
かつてこの地を明るく照らしていた魔導柱は、いまや壊れかけ、それでもなお、街を訪れた者の魔力を吸い上げ、不吉な光を灯し続けている。
やがてこの都市は、新たな名で呼ばれるようになる――《エン=ザライア》。
かつての輝きの面影をわずかに残しつつ、静かに、そして確かに変容を遂げた街。
闇に惹かれる者たちが、まるで吸い寄せられるように集まり、その地に棲み着いた。
そこに根を下ろした者たちの中には、あの災厄の夜を生き延びた技術者たちの末裔の姿もあるという。
彼らは自らを《支脈の呪徒》と名乗り、地下に潜んで街の再生と復興を夢見ている。
その願いが、再び同じ過ちを呼ぶとしても――
ベルは、ゆっくりとまばたきを一つ。
意識が現実に引き戻される。
ふと胸の奥をかすめた、遠い記憶。
体験したものもあれば、人づてに聞いた話もある。
混ざり合い、曖昧になった過去。
あるいは――これはこの街が、彼女に見せた夢なのかもしれない。
あれから、ベルはこの街を何度か訪れていた。
ただの通過であったこともあれば、静かに佇んで様子を見ていたこともある。
だが、あの崩れた魔道具店が修理されることはついぞなかった。
瓦礫は時折片づけられていたが、誰も新たに手を入れようとはしなかった。
まるで、誰かの記憶とともに封じられた場所のように。
ベルは通り、ゆっくりと息を吐く。
ベル(……マルベラの儀式。準備は、もう整ったのだろうか)
過ぎた過去を振り払うように、ベルは静かに首を振った。
思考に滲む記憶の影を追い払うように。
それが誰の記憶であれ、どれほど胸を締めつけようとも、今のベルにとって必要なのは、過去ではなく“今”だった。