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3-59

魔力を通さない液体に不死の少女を沈め、そこから滲み出る魔力を変換し街の中枢機構に流し込む。

それは、終わることのない魔力供給を実現する“動力炉”としての完成形だった。



「永遠に稼働する魔力炉……神代の奇跡すら凌ぐかもしれんな」



技術者の一人が陶然と呟いたとき、別の声が割り込んだ。



「だが、納得できん」



《不死を追求する者たち》の代表が低い声で反論する。



「我々は“彼女”の存在そのものに意味を見出している。実験の可能性を、ここで終わらせる気か?」



テーブルに散らばるのは、彼らが進めていた不死の実現の断片理論。

彼らにとってベルは、“神の断片”に等しかった。



「とはいえ……」


別の者が言葉を挟む。


「魔力の蓄積装置の開発が進めば、一時的に炉から取り出せるようになる。数年以内には、また君たちの“研究”に供されるだろう」


「その“数年”が我々にとって致命的なのだ。彼女の精神と肉体は……」



そのとき、背後の扉が音もなく開き、ゆったりとした足音が響く。

黒革の外套を羽織った男が入ってきた。街の支配層に名を連ねる大口の出資者だった。



「話は聞いていた。……まったく、どこまでくだらない縄張り争いをしているつもりだ?」



男の視線が、横たわるベルの姿に吸い寄せられる。

その表情には、かつてこの研究室を訪れ、無言のまま彼女の顔を眺めていたときと同じ、薄気味悪い陶酔があった。



「彼女はこの街の象徴になるべきだ」



男は恍惚と呟く。


「魔力の源にして、街を見守る女神。その姿を観星塔に飾れ。星を見上げる永遠の少女として。街の中央に──民の崇拝の中心に、ふさわしい」



男はさらに口元を歪めて、にやりと笑う。



「……実験が成功したら、すぐに“設置”するわけではあるまい?」



男は指先で机を叩いた。



「その前に、少しだけ彼女と“静かに過ごす”時間が欲しいんだ。私の部屋で」



沈黙が落ちる。



「……お前たちだって、散々彼女を好きにしてきたんだろう?」



嘲るように投げられたその言葉に、誰も否定の声を上げなかった。

ただ、ひとり――実験台に横たわるベルだけが、微かに眉をひそめた。

それは苦痛か、拒絶か、それともただの反射か。

誰も、気に留めなかった。




実験の日が訪れる。


この街の象徴、観星塔。その地下深くに存在するのは、街の各地に設置された魔導柱から、住民に気づかれぬよう密かに集められた膨大な魔力が集中する場だった。


集められた魔力は、都市全体へと再配分される――そのための中枢装置が、そこにある。

さらにその中枢には、魔力を変換・安定させるための特別な機構が組み込まれていた。

それこそが、“ベルの魔力を変換する装置”だった。


そして、長い管でその装置と繋がるようにして、ベル自身は観星塔の最上階、魔力を通さない液体に満たされた透明な容器の中に封じ込められている。

まるで“展示物”のように、透き通る殻の内側に静かに沈むベル。

淡い紫の髪をふわりと漂わせ、虚ろな瞳を浮かべたまま、彼女は何も語らず、ただ沈黙の中にいた。


意識は戻らぬまま、しかし外的刺激にはわずかに反応する。その曖昧な状態が、“魔力を無限に搾り取る”理想の条件だった。

定期的に刺激が与えられ、容器の内壁を淡い魔力の靄が満たしていく。


《不死を追求する者たち》のみならず、少女ベルの“設置”に異を唱える者は少なからず存在していた。

だが、その多くは学術的でも倫理的でもない理由からだった。

彼女に、言葉では説明しがたい熱、執着にも似た、異様な情を抱く者たち。


そのひとりが、今まさにガラスのように透きとおった封印容器の向こうに浮かぶベルを眺めていた。


その指先は、わずかに震えている。


彼は、ベルに“触れられなくなる”ことに、言いようのない不満と喪失を感じていた。

そして──

「カチリ」と、容器の封が閉じられた音が静かに響いた瞬間。



頭の奥で、なにかが蠢いた。

冷たい鉄のような、鋭く乾いた感触。

まるで見えない“爪”が、思考の奥に無遠慮に突き立てられ、

そのままズルリと、脳の皺に沿って滑りながら、ゆっくりと食い込んでいくようだった。



「……ッ、あ……ああ……」



彼は額を押さえ、ふらつく足取りで観測室を出た。

痛みとは違う。これはもっと、内側から滲むような不快だ。

熱と冷たさが交互に襲い、記憶がかき乱される。

それが自分の感情なのか、他人、あるいはベルのものなのか、もう判別もつかない。



頭を抱えたまま、男は足元も見ずに観星塔の地下へと続く階段を降りていた。

自分の意思で動いているはずなのに、どこか歯車の噛み合わない感覚があった。

視界の端で揺れる壁の灯りが、やけに滲んで見える。


頭の奥を締めつけるような感覚が続く。その中心にあるのは“黒い爪”だという確信。

艶のない鉛のような、あるいはすすけた刃のような。

脳髄に食い込むそれは、痛みではなく重さに近い。思考を沈め、静かに命令を染み込ませてくる。


やがて、地下の動力室にたどり着いた。

魔力変換装置の周囲には、男と同じように虚ろな瞳をした技術者たちがいた。

彼らは無言で装置に向かっていたが、その手つきはどこか不自然だった。

細い管をわずかに緩める者、魔力を中和する装置の設定値を密かに書き換える者、作業中の部品を微妙にずらす者。

表情は無だが、確かな意図がそこにはあった。


最終調整を担当していた一人が、突然ぶつぶつと呟き始めた。

指先で装置のつまみを繰り返し回す。あり得ない動作だった。

そして数秒後、彼はその場に崩れ落ちる。


金属音とともに倒れた音が、別室にいた者を呼び寄せた。

駆けつけた者が異変を訝しげに問いかけると、入り口近くにいた男が振り返りもせずに応じる。



「問題ない。……引き継いでいる」



その声には感情がなかった。けれども、その無機質さこそが、不穏の根だった。



――誰の意志を“引き継いで”いるのか。

彼らの瞳に赤い光が浮かんで消えた。

それは死神の瞳と同じ色。だがそれには誰も気が付かない。



観星塔の空気が震える。

実験が始まったのだ。

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