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Cradle 死神の祝福で不老不死になった少女が、愛と狂気の中で生きる話  作者: 源泉
第一章 不死の少女と風の街で交わる運命
14/313

1-13

夜の帳が静かに降りた頃、街の空気がにわかに緊張を孕んだ。


予定では日が沈む前にこの街を離れるはずだった。

旅人が多く出入りするこの街では、闇に紛れるよりも、人の波に紛れる方が敵は手を出しづらいと考えていた。

ベルは小さく息を吐き、その場に留まっている。


ベル(……多すぎる)


追手の数が予想よりも多かった。

一人を撒いても、すぐに別の視線が群衆の中からこちらを探ってくる。

その気配を感じ取るたびに、ベルは慎重に進路を変え続けた。


《黒き観測者》と思しき気配の動きは、常にベルの背を捉え続けている。


ベル(これほどの人数が、すでに街に潜んでいたなんて……)


思い返すのは、エラヴィアの言葉。

彼女は、魔力の流れや精霊の囁きから、観測者たちの動きをいち早く察知していたのだ。


今、その数はさらに増している。

あの騒動によって、ベルの存在に確信を得たのだろう。


街の出入り口も、すでに監視下にあった。

門番のうち数人は、間違いなく“あちら側”――観測者と通じる者たちに違いなかった。


ベル(無益な戦いは避けたい……エラヴィアの愛するこの街を、奴らのために傷つけたくない)


その思いが、ベルの足を静かに動かす。

追われながらも戦いを避け、身を隠すようにして、街中をさまよう。


魔法ギルドの拠点としても知られるこの街は、古くから旅人の中継地として栄えてきた。

石造りの建物が立ち並び、路地は複雑に絡み合い、まるで意志を持つように入り込んだ者を惑わせる。


迷路のような路地に身を沈めながら、ベルはただ、気配を断ち、気配を追い、そして気配に追われる。


やがて、ふと足が止まった。


見上げた先。

そこは、魔術ギルドの塔。

《黒き観測者》の術により、疲弊したエラヴィアが眠る場所だった。


ベル(……戻ってきてしまった)


偶然か、それとも無意識の導きか。

薄明かりに照らされたその塔は、まるで静かにベルを待っていたかのように、夜の中にそびえていた。


だが、待ち受けていたのはエラヴィアではなく、敵だった。


「見つけた!やはり戻ってきたな!」


もう声を潜める気などないのだろう。

怒声が響いたその瞬間、魔術ギルドの塔の外壁が爆音とともに震えた。


破砕の衝撃が石造りの路面を割り、静寂だった夜の街に騒乱が広がっていく。


それを合図に、数名の術師が周囲に姿を現す。

黒衣の“僧”たち――表向きは聖職者を装っていたが、その手に紡がれるのは戦闘用の魔法。

それも、聖職者であれば本来禁じられるはずの、抑圧と破壊に特化したものであった。


呪文の詠唱が重なり、空気が軋む。


ベルの周囲を包囲するように、結界と破壊の気配が収束していく。


ベル「……ここでは、まずい」


街を巻き込むには、あまりにも被害が大きすぎる。

無益な犠牲を避けるには、応戦ではなく“消失”が最善。


ベルは息を整えると、一気に爆煙の中へと駆け出した。

陽炎のように輪郭をぼやけさせ、魔力の流れを切り離す。


それと同時に、幾筋もの“幻影”が街中に散っていく。

観測者の追跡術式を欺くため、意図的に複数の魔力の影を走らせたのだ。


その影は夜の闇の中で淡い紫の光を放ち、屋根を駆け、路地を抜け、そして街門へ向かった。

魔力の爆発により上がった煙と歪んだ空気の中、

夜の闇に淡く揺れる紫の光は、観測者たちの目には、まさしく“ベル”にしか見えなかった。


彼らは、まるで獣の群れのように散り、それぞれの“ベルの影”を追い始めた。


そして、真のベルはその騒乱に紛れ、自身の気配を魔力で奪うことで、夜の闇に紛れて静かに歩いていた。


「ここなら……」


古びた墓地の礼拝堂の地下、かつて神官が用いた隠し部屋へと身を潜めた。

壁一面には古の禁呪が刻まれ、今では忘れられた空間。誰の記録にも残されていない。


この場所を知ったのははるか昔、この街に魔法ギルドの塔ができたばかりで、ベルがそこへ滞在していた頃。


ベルは乱れた呼吸を整えると、自身の気配が未だ死神の魔力により隠れていることを確認する。


ベル(しばらく、ここでやり過ごそう)


だが、長くは持たない。観測者たちがどこまで執拗に追ってくるかは分からない。


そして、ベルを狙う別の追っ手のことも気にかかる。

エラヴィアが語っていた《蛇の法衣》も動いているという報せ。

意識して探ると彼ら、《蛇の法衣》の気配もまた、街のどこかで蠢いていた。


《蛇の法衣》とベルの因縁は深く、彼が纏う独特な視線を、彼女は肌で感じていた。


彼らはベルの正体を、魔術的手段では探知できないことを知っている。

だからこそ、観測者たちの動きを利用しているのだ。

混乱が広がれば、ベルが再び魔力を使う“反応”を引き出せると。


魔力の消耗――それこそが、彼らにとって接触の好機となる。


ベルは今、この街で、二重に狙われているのだった。

夜の帳が静かに降りた頃、街の空気がにわかに緊張を孕んだ。


予定では日が沈む前にこの街を離れるはずだった。

旅人が多く出入りするこの街では、闇に紛れるよりも、人の波に紛れる方が敵は手を出しづらいと考えていた。

ベルは小さく息を吐き、その場に留まっている。



ベル(……多すぎる)



追手の数が予想よりも多かった。

一人を撒いても、すぐに別の視線が群衆の中からこちらを探ってくる。

その気配を感じ取るたびに、ベルは慎重に進路を変え続けた。


《黒き観測者》と思しき気配の動きは、常にベルの背を捉え続けている。



ベル(これほどの人数が、すでに街に潜んでいたなんて……)



思い返すのは、エラヴィアの言葉。

彼女は、魔力の流れや精霊の囁きから、観測者たちの動きをいち早く察知していたのだ。


今、その数はさらに増している。

あの騒動によって、ベルの存在に確信を得たのだろう。


街の出入り口も、すでに監視下にあった。

門番のうち数人は、間違いなく“あちら側”――観測者と通じる者たちに違いなかった。



ベル(無益な戦いは避けたい……エラヴィアの愛するこの街を、奴らのために傷つけたくない)



その思いが、ベルの足を静かに動かす。

追われながらも戦いを避け、身を隠すようにして、街中をさまよう。


魔法ギルドの拠点としても知られるこの街は、古くから旅人の中継地として栄えてきた。

石造りの建物が立ち並び、路地は複雑に絡み合い、まるで意志を持つように入り込んだ者を惑わせる。


迷路のような路地に身を沈めながら、ベルはただ、気配を断ち、気配を追い、そして気配に追われる。


やがて、ふと足が止まった。


見上げた先。

そこは、魔術ギルドの塔。

《黒き観測者》の術により、疲弊したエラヴィアが眠る場所だった。



ベル(……戻ってきてしまった)



偶然か、それとも無意識の導きか。

薄明かりに照らされたその塔は、まるで静かにベルを待っていたかのように、夜の中にそびえていた。


だが、待ち受けていたのは塔だけでなく、敵の姿が闇より飛び出す。



「見つけた!やはり戻ってきたな!」



もう声を潜める気などないのだろう。

怒声が響いたその瞬間、魔術ギルドの塔の外壁が爆音とともに震えた。


破砕の衝撃が石造りの路面を割り、静寂だった夜の街に騒乱が広がっていく。


それを合図に、数名の術師が周囲に姿を現す。

黒衣の“僧”たち――表向きは聖職者を装っていたが、その手に紡がれるのは戦闘用の魔法。

それも、聖職者であれば本来禁じられるはずの、破壊に特化したものであった。


呪文の詠唱が重なり、空気が軋む。


ベルの周囲を包囲するように、結界と破壊の気配が収束していく。



ベル「……ここでは、まずい」



街を巻き込むには、あまりにも被害が大きすぎる。

無益な犠牲を避けるには、応戦ではなく“消失”が最善。


ベルは息を整えると、一気に爆煙の中へと駆け出した。

陽炎のように輪郭をぼやけさせ、魔力の流れを切り離す。


それと同時に、幾筋もの“幻影”が街中に散っていく。

観測者の追跡術式を欺くため、意図的に複数の魔力の影を走らせたのだ。


その影は夜の闇の中で淡い紫の光を放ち、屋根を駆け、路地を抜け、そして街門へ向かった。

魔力の爆発により上がった煙と歪んだ空気の中、

夜の闇に淡く揺れる紫の光は、観測者たちの目には、まさしく“ベル”にしか見えなかった。


彼らは、まるで獣の群れのように散り、それぞれの“ベルの影”を追い始めた。


そして、真のベルはその騒乱に紛れ、自身の気配を魔力で奪うことで、夜の闇に紛れて静かに歩いていた。



ベル「ここなら……」



古びた墓地の礼拝堂の地下、かつて神官が用いた隠し部屋へと身を潜めた。

壁一面には古の禁呪が刻まれ、今では忘れられた空間。誰の記録にも残されていない。


この場所を知ったのははるか昔、この街に魔法ギルドの塔ができたばかりで、ベルがそこへ滞在していた頃。


ベルは乱れた呼吸を整えると、自身の気配が未だ死神の魔力により隠れていることを確認する。



ベル(しばらく、ここでやり過ごそう)



だが、長くは持たない。観測者たちがどこまで執拗に追ってくるかは分からない。


そして、ベルを狙う別の追っ手のことも気にかかる。

エラヴィアが語っていた《蛇の法衣》も動いているという報せ。

意識して探ると彼らの気配もまた、街のどこかで蠢いていた。


《蛇の法衣》とベルの因縁は深く、彼が纏う独特な視線を、彼女は肌で感じていた。


彼らはベルの正体を、魔術的手段では探知できないことを知っている。

だからこそ、観測者たちの動きを利用しているのだ。

混乱が広がれば、ベルが再び魔力を使う“反応”を引き出せると。



魔力の消耗――それこそが、彼らにとって接触の好機となる。


ベルは今、この街で、二重に狙われているのだった。

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