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3-48

それぞれが部屋へと戻り、夜は静かに更けていった。

トーノに案内された客間は決して広くはなかったが、細やかに掃除が行き届いており、整った空気が漂っていた。


ベルには一人部屋が用意され、ナヴィとノクスは同じ部屋に腰を落ち着ける。

窓の外には黒々とした夜が広がり、魔具の柔らかな灯りが、壁に揺らぐ影を落としていた。


寝台の端に腰掛けたナヴィが、声を潜めて口を開く。



ナヴィ「……良い兆しだと思う。マルベラは、俺たちが探していた“ルクシアを信仰する呪術士”だった。

きっと、ベルの糸を解ける可能性がある」



ノクスは静かに頷いた。

ナヴィは続けて、マルベラが“視た”という、ベルを縛る「夢と精神を縛り、言葉、心、命を結ぶ五本の糸」について語り始める。


それらの呪いはすべて、ベルの魔力の回路を通して魂に根を張り、日常の随所に影を落としていた。



ノクスはしばらく黙ったまま、これまでの旅路を思い返す。

夢にうなされ、怯えたように幼い振る舞いを見せ、そして突然意識を失う。

あれらすべてが、目に見えぬ“糸”による作用だったのだと、ようやく合点がいった。



ノクス「……そういうこと、だったのか」



ぽつりとこぼしたその声に、ナヴィは静かに頷く。

そして、ベルの解呪の報酬としてマルベラが求めたものについて話す。



ナヴィ「トーノに、街の外の景色を見せてほしいとマルベラは言っている。


……彼女に拾われた当時、トーノは自分の名前を“失敗作”だと思っていたらしい。

彼は誰かに創られた命で……その命には、どうやら期限がある。

それも、もうそう長くはない、と」



ナヴィの声には、言いようのないやるせなさがにじんでいた。


ノクスはその言葉に驚き、苦しげに目を伏せる。

胸の奥で静かに広がっていく痛みに、ただ黙って唇を噛みしめた。



ナヴィ「……今は俺たちにできることをやるしかないさ。マルベラの解呪がうまくいくことを祈ろう」



そう言って、ナヴィはさっさと寝床に潜り込んだ。

ノクスは残されたまま、ナヴィが口にした「創られた命」という言葉が頭から離れなかった。


蛇の法衣。


かつて自分が所属していた、禁術と禁呪を研究・実践する秘密結社。

古代魔法文明の遺産を追い求め、いずれは“世界の再構築”すら目論む狂信者たちの巣窟だった。


その中には命を、とりわけ人間を創り出す研究に没頭する者たちもいた。

ノクスはそれを直接見たことはなかったが、噂話として幾度となく耳にしていた。



どこか落ち着かない気持ちを持て余したまま、ノクスはそっと、先ほど“図書館”から借りてきた本を手に取った。

魔具の柔らかな灯りの下で、ぱら、と静かな紙の音が夜の静けさに溶ける。


ノクスが手に取ったのは、エン=ザライアの歴史について綴られた一冊だった。


整った筆跡に描き込まれた挿絵や地図、丁寧に構成された章立て。

それらはまるで、読み手を迷わせないように導く意図すら感じさせた。


この街のことを少しでも知っておくに越したことはない。

そんな軽い気持ちで手に取った本だったが、思った以上に内容は深く、引き込まれるような筆致で綴られていた。



――エン=ザライア

かつて大規模な魔術災害によって灰燼に帰した街。その記憶と名残を抱えたまま、なお生き続ける“灰の都”。

街の中央には、かつての記憶の象徴「観星塔」の残骸が崩れかけたまま聳え立ち、

その周囲には迷宮のように入り組んだ水晶街が広がっている。

中には古代の魔法装置が今なお稼働し、禁区とされる区域では侵入者を排除する機構までが残されているという――



ノクスは、エン=ザライアでかつて起きた魔法災害について、ある程度の知識を持っていた。

街を巡らせた膨大な魔力の暴走が原因で、多くの命と建物が一瞬にして失われた――

そんな話を、以前どこかで聞いたことがある。


だが、この本にはそれ以上に踏み込んだ記述があった。



――この街を裏から支配していたのは、今は「支脈の呪徒じゅと」と名乗る技術者の集団だった。

彼らは街の基盤そのものを制御し、古代魔術装置や、水晶で構築された“動く壁”といった

この街特有の構造を維持していたという。


やがて彼らは、より強大で永続的な力を得るため、街の動力源として「無限の命」を取り込もうと試みた。

だが、その行為は制御できぬ不吉な魔力を呼び起こし、結果として災害を招いた。

計画は失敗し、当時の技術者たちもまた、街とともにゆっくりと衰退していったのだった。街の復興を願う彼らは支脈の呪徒を名乗り、今もまたこの街で機会を伺っている。ーー


ノクスはページをめくる手を止め、ふと胸の奥に、ざらりとした違和感が広がるのを感じた。


――「無限の命を動力とする試み」「不吉な魔力の暴走」「術者たちの衰退」。


そのすべてが、どこかベルの存在に触れているように思えた。

根拠のない直感だった。けれど、読み進めるうちに、何かが静かに警鐘を鳴らし始めていた。


まるで、ベルという存在そのものが、エン=ザライアの“過去”と“失敗”に通じているかのように。


ノクスは本を閉じ、わずかに顔をしかめながら息をつく。

思考のどこかで、焦りに似た感情が燻っていた。



ノクスは本を閉じ、わずかに顔をしかめながら、静かに息を吐いた。

胸の奥で、焦りにも似た感情がじわじわと燻っている。

そんな中、ある一文が目に留まる。



――支脈の呪徒。それは、この街の“魅力”に囚われ、かつて蛇の法衣から分かれた者たち。



その瞬間、ノクスの心に冷たいものが流れ落ちた。

それは偶然なのか、それとも必然か。

過去の影が、思いもよらぬ形で再び、彼の前に姿を現そうとしていた。

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