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3-18

二人はエラヴィアの後に続き、深い森の小道を静かに歩き始めた。

木々の梢が折り重なるように空を覆い、差し込む光はわずかに、葉の隙間から地面へと筋を描いている。

苔むした根が静かに広がり、踏みしめる土はしっとりと柔らかく、遠く小鳥の声も、風の気配も感じられなかった。


エラヴィア「ここから、そう遠くはないわ」


エラヴィアが低く告げると、その声に応じるかのように、森の空気がさらに深く沈黙へと傾いた。

まるで、音という音が吸い取られたような静けさ。


それが自然のものか、あるいは彼女の風の魔術によって作り出されたものか――ノクスは、前を歩くエラヴィアの背を見つめながら、懐かしい風の気配を肌に感じていた。


けれど、その疑問に思考を巡らせる間もなく、彼らは目的の場所へとたどり着いていた。


ノクス「……この場所が?」

ノクスが思わず声を漏らす。


そこには、空を仰いでも枝葉に閉ざされた天蓋のような景色が広がっていた。

高く連なる木々は幹を太く張り、年月の重みをそのままに抱いて立ち尽くしている。

湿り気を帯びた空気に、古木の匂いと土の香りが満ち、まるで森そのものが静かに呼吸しているかのようだった。


ベル「意外な場所なのね、エラヴィア。あなたにしては」


ベルが、呟くように口を開いた。

その横で、ノクスも黙って頷く。


風の魔法を操り、風の精霊と語らうエラヴィアが、このような閉ざされた場所を選ぶことは意外だった。


事実、彼女が長を務める魔法ギルドの拠点は、天高くそびえる塔。

空に近く、風が自由に駆け抜ける場所だった。


それにしても、「隠れ家」と呼ぶには、それらしい建物の気配すらない。


ノクスは周囲を見渡した。

苔むした根が絡み合い、鬱蒼と茂る木々がただ静かに立ち並ぶばかりで、人工的な構造物の影も形も見えなかった。


エラヴィア「隠れ家なんだもの。ちゃんと隠しておかなくちゃ、ね」


エラヴィアが小さく笑いながら、一本の巨木の前へと進む。

その木は他のものよりも一段と幹が太く、根元には年輪のような模様が刻まれていた。


彼女は指先に魔力を集め、そっと幹に触れる。

すると、足元に淡く光る魔法陣が浮かび上がった。柔らかな風の音と共に、樹の鼓動のような微かな脈動が空気を震わせる。


ノクス「……転移魔法」


ノクスが小さく呟く。


エラヴィア「ええ。これは“隠れ家への鍵穴”。特定の魔力にだけ反応する転移陣よ」


エラヴィアの声は、まるで秘密を打ち明けるような静かさで響いた。


この種の魔法陣は、事前に座標や転移先の構造を繊細に設計しておく必要がある。

その代わり、発動時に呪文の詠唱や複雑な術式の展開は不要となり、高い安定性と即応性を実現できる――特に、このように外界から隔絶された隠れ家への入口としては、最適な手段だった。


魔法陣の輝きが強まり、三人の身体を包み込む。

輪郭が徐々に滲み、霧のように光へと溶けていく。


重力の感覚が一瞬だけ失われ、ふわりと宙に浮かんだかと思うと、次の瞬間――


三人はすでに別の場所へと移っていた。


そこは、地上が霧に霞むほどの高さにある、天空の樹上。枝々が絡み合って形作られた広大な平台の上に、風が優しく吹き抜けていた。


転送魔法の魔力の消費量は、転移の距離や人数に比例して増加する。

特に、自分以外の者を同時に転移させるには、単なる魔力量だけでなく、精密な制御と高度な集中力が求められた。

今回は事前に設置した魔法陣を使用した上、移動距離は決して長くはなかったが、それでも三人の身体を風のように軽やかに、運んでみせたエラヴィアの術には熟練の技があった。


ノクスは密かに感嘆の息を漏らす。


ノクス「……ここは、さっき下から見上げていた木の、枝の上?」


エラヴィア「ええ、そうよ。風がよく届く場所なの」


エラヴィアが柔らかく微笑む。その声と共に、周囲の風がそっと彼女の髪を揺らした。


三人の目の前に広がっていたのは、まるで自然と魔法が一体となったような不思議な空間だった。

太い枝の上に築かれた半球型の小さな建物――その外壁は、樹皮や蔦、そして淡い青緑の光を宿した風の結晶によって丁寧に編まれている。素材それぞれが呼吸をするかのように、柔らかくきらめいていた。


風がそよぐたびに、建物の表面がほのかに揺らめき、まるで森そのものに包まれているような温もりと静寂を伝えてくる。


エラヴィア「ようこそ、私の隠れ家へ」


エラヴィアが軽やかに言った。


ベル「……エラヴィアは相変わらず高い場所が好きなのね」


ベルが肩をすくめながら、枝から見える視界の広がりに目を細める。


エラヴィア「ええ。それに、ここなら誰にも見つからないわ」


そう答えたエラヴィアの瞳は、まるで空そのものを映したように澄んでいた。


ベルは小さく息をついて、改めて周囲を見渡した。木々の上に隠れるように息づくこの場所は、まさに彼女らしい「風の巣」だった。

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