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3-15


無限の闇の中、遠くで瞬く星のような微かな輝きだけが、死蝕の塔の最奥、死神ルーヴェリスが封じられた封印の間をほのかに照らしていた。


ルーヴェリスは、その静寂の中に立ち尽くしていた。

無機質な闇と、決して交わることのない光の粒を見上げながら。



ルーヴェリス「目覚めの時が来た」



ルーヴェリスは静かにそう呟いた。

その声はいつもと変わらぬ冷静さを保っていたが、言葉の奥には、かすかな寂しさが滲んでいた。



彼の腕の中で眠る少女──ベルのまぶたが、ゆっくりと開かれる。

淡いラベンダー色の髪が揺れ、その瞳が透き通るように世界を映した瞬間。

ルーヴェリスの中で張り詰めていた何かが、わずかに緩んだ。



ベル「……ルー」



ベルが小さく呟く。

微かに、けれど確かに呼ばれたその名。

それだけで、彼の胸奥に、鋭く痛むような甘さが差し込んだ。



この空間にいる時だけ、彼女はすべてを思い出す。

不死の呪いも、彷徨う運命も、忘却も──そして、彼とのすべての記憶も。



ベルは、年齢という枠を超えた存在だ。

幾度も死を超え、時を越えてきた。

それでも今、彼女はただの少女のような顔をして、ルーヴェリスにしがみつく。



細い腕が彼の背に回り、顔を胸に押しつけて、離れたくないと震える声で訴える。


ルーヴェリスは静かにその願いを退けると、 名残惜しそうに、ベルの額に口づけを落とした。



ベルの魂には、なお赤黒く脈打つ呪いの糸が絡みついていた。

それはまるで、彼女の魂そのものを侵すように、静かに這い、蝕んでいく。



このままでは、完全に癒すことはできない。

呪いを断ち切る唯一の道。そ

れは、彼女自身が再び現世へと戻り、自らの運命と対峙することだった。



ルーヴェリスに守られ、時を忘れるような穏やかな日々は、もうすぐ終わる。

それは、夢のように美しく、そして儚い時間だった。



ルーヴェリスは、静かに手を持ち上げる。

その掌が空に向けてかざされた瞬間──

部屋の片隅、空間がわずかに歪み、重く閉ざされていた扉が音もなく開いてゆく。

現れたのは、現世へと繋がる還りの門。



それはまるで、拒絶も悲嘆もすべてを呑み込むような静謐な闇の裂け目だった。

その先には、再び混沌と危機が渦巻く世界が広がっている。

痛みも、孤独も、避けることのできない宿命も──すべてが待ち受けている。



それでも、彼女は行かねばならない。

それが、呪いを超え、未来を掴む唯一の道だから。



ルーヴェリスは、ベルの淡いラベンダー色の髪にそっと手を伸ばした。

その指先はひどく優しく、けれどどこか儚げで──触れたものが壊れてしまうのを恐れるような繊細さだった。


死神の瞳に宿る光は、いつもの無機質なものではない。

そこには、人間のような感情──

手放したくないという、微かな揺らぎが確かに滲んでいた



ルーヴェリスは、ベルの髪にそっと触れていた手を静かに引くと、ふと視線を虚空へと向けた。

その目に浮かぶのは、決意と、ほんの僅かな哀しみ。



ルーヴェリス「……時間だ、カイル」



低く、けれど確かな声でそう呟く。

まるでその言葉が合図であったかのように、空間の一角が淡く揺らぎ始めた。

深い闇の水面に一滴の光が落ちるように、そこに一人の青年の姿がゆっくりと現れる。


鋭くも静かな眼差しを持つ青年、カイル。

彼はすでに、これから起こることを理解しているようだった。

ルーヴェリスに向かって一礼すると、ためらうことなくベルの元へと歩み寄る。



彼の姿に気づいたベルは、少し驚いたように目を見開き、しかしすぐに、ふっと微笑んだ。

どこか心細げだったその表情に、安堵と覚悟の色が差し込む。



ルーヴェリスはそんな二人を見つめながら、静かに口を開いた。



ルーヴェリス「怖れることはない。ベル……お前は、一人ではない」



その言葉は、空間ごと包み込むように柔らかく響く。

そして──



「そして……また会える。必ずだ」


ベルはその言葉に、微かに唇を震わせながらも、小さく頷いた。

胸の奥に差し込んだ寂しさを、そっと押し隠すように。


彼女は隣に立つカイルを見上げる。

カイルもまた、その視線を真っ直ぐに受け止め、深く頷いた。




そして彼は、再びルーヴェリスの方へ向き直ると、

その敬意と感謝のすべてを込めて、静かに頭を下げた。



カイルは静かに口を開いた。


カイル「あなたの書を読み、あなたの傍にいて……少しだけ、死神ルーヴェリスという存在が、わかった気がします」



言葉を選びながらも、誠実にそう伝えた。



カイル「俺も、また会えますでしょうか」



ルーヴェリスの瞳がゆっくりと細まり、唇の端に微かな笑みが浮かぶ。

それは冷たさと優しさが入り混じった、死神にしか持ち得ない不思議な微笑だった。



ルーヴェリス「……その時、お前がまだ“人”であるならばな」



静かな哀しみと、どこか未来を信じる響きを帯びた声が響く。



ルーヴェリス「――約束のものを与えよう」



ルーヴェリスは掌をゆっくりと掲げた。

そこから伸びる不可視の力が、柔らかくカイルに触れる。

胸の奥にある、揺るぎない“存在の核”へと深く届いたその力は、静かに何かを引き剥がしていった。



痛みはなかった。

だが、それは確かな喪失だった。



「カイル」という名は、世界の記録から、神の書架から、そして未来の干渉からも静かに消えてゆく。



ルーヴェリス「お前の名は、ここに預かろう」



その言葉が告げられると、カイルはほんの少しだけ目を閉じた。



ベルを救いたい。

ルーヴェリスの願いを果たしたい。


胸の奥で燃え上がる強い想いが、カイルの全身を突き動かす。

誰にもできない、俺にしかできない。



二人は特別だ。

そして、その特別に選ばれたのは、自分なのだという確信が、胸に深く刻まれていた。



その重さが、心を締めつける。

けれど、それは恐れではなく、誇りと決意に変わっていた。


だからこそ、迷わずこの道を選んだのだ。



ルーヴェリス「お前に与える名は……」



ルーヴェリスの声は静かに響き、呪いと戦うための新たな旗印をカイルに託す。


彼はゆっくりと目を開ける。

そこには迷いはなく、強い覚悟だけが宿っていた。



二人は肩を並べ、音もなく還りの門へと歩み出す。

扉の直前で、彼はふとルーヴェリスを振り返った。

その赤紫の瞳が静かに光り、深い理解と覚悟を宿しているのを感じ取る。


彼は小さく頷いた。

言葉はなくとも、その一瞬にすべてが込められていた。



そしてベルとカイルは、扉の向こうへと足を踏み入れる。



そこはただの闇。

だが、冷たくはない。

闇は柔らかく暖かく、二人を優しく包み込んで現実へと連れていく。



世界の喧騒も時間の流れも届かない、静謐な闇の中で──。

彼とベルは肩を寄せ合い、共に運命へと歩み出した。


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