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Cradle 死神の祝福で不老不死になった少女が、愛と狂気の中で生きる話  作者: 源泉
第一章 不死の少女と風の街で交わる運命
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1-9

※内容に変わりはありませんが、文章を整えました。

部屋にいた者たちは、次第にエラヴィアの眠るベッドから距離をとり、静かに部屋の隅へと身を寄せていた。

今、彼女の傍らに立つのは――ベル、ただ一人。


これは、単なる病や呪詛ではない。

外からの干渉によって、魔力の根幹そのものが断たれている。

風の精霊と深く繋がる彼女だからこそ、街に巡らされた魔力の乱れを直に受け、命そのものが削られていく。


ベルは静かに呟いた。


「……あなたを苦しめているものから、あなたの姿を奪い、隠す」


それは、エラヴィアの魔力を縛り付けている存在から彼女を隠して、その影響から解放するということ。


ベルの指が、そっとエラヴィアの胸元に触れた。

その瞬間、空間がわずかに震えた。


赤紫の光が、ベルの内奥――魂の深淵から、滲むように立ち上る。

それは「祝福」。

遥かな昔、死神から授けられた、理に属さぬ特異な力。


通常の魔術とは異なり、詠唱も術式も必要としない。

意志だけで発動するその力は、ただ“在る”だけで世界に作用する。

それが、神から授けられた本物の“祝福”である証だった。


そしてその力の根源は奪う力、終わらせる力。

エラヴィアの姿を捉えるものがら、彼女の姿を奪い、その術から逃れる。


ベルが手を離すと赤紫の光は収まる。

そして、風が――吹いた。


一度は沈黙していた空気が、命を取り戻したように微かに揺らぎ始める。

風の動きは街を包む澱みを切り裂き、音もなく薄氷のように魔力の膜を剥がしていく。

それは塔の中だけでなく、外へも、少しずつ届いていった。


静寂のなかで、エラヴィアがふいに、深く息を吸い込んだ。

それは苦しげでありながらも、確かに意志をもってなされた呼吸だった。


部屋の隅の誰かが、息を呑む音がした。

だが、ベルは動じなかった。

ただその呼吸を、静かに、確かに見守っていた。


微笑もうとしたそのとき――彼女は気配の揺らぎに気づき、ゆっくりと顔を上げる。


エラヴィアの容態が落ち着いたことで、室内には安堵の気配が広がった。

誰かが小さく感嘆の声を漏らし、誰かが胸を撫で下ろす。

けれど、その空気の奥に――微かな“恐れ”があった。


それは、救いに対する拒絶ではなかった。

だが、人々の深層に染みついた、本能的な忌避。

理解できない力、理の外にある魔力に触れたとき、人はどうしても一歩、距離を置いてしまう。


ベルは、その感情に慣れていた。

どれほど人を救おうとも、その手に宿る力が“異端”であるならば、

人は簡単に背を向ける――たとえ、それが聖人でも、聖職者でも。


それでもベルは、黙ってエラヴィアの手を握り続けていた。


わずかに戻った体温。

確かに、命が再び流れ始めた証。

それを感じたそのとき――背後に、ひとつの鋭い視線が突き刺さる。


振り返らずとも、誰のものかは見当がついた。

それは殺意ではない。

ただ、冷たく、計測するような視線。


男がいた。

清廉な聖職者の装束をまといながら、口元にわずかな嗤いを浮かべている。

けれど、そこに聖なる気配はなかった。


「……神の祝福を受けし、異端の存在」


囁くような声が、確かにベルの耳へ届いた。


――黒き観測者。


世界の“理”に外れた存在を監視し、記録し、必要とあらば“排除”する者たち。

彼らは神でも人でもない。ただ、無慈悲な観測を続ける装置のような集団だった。


ベルが使った“祝福”が、彼にとっての“確証”となったのだ。

死神の遺した力。神話の時代に封じられたはずの魔法。

それを、今なお持ち歩いている存在――その存在理由そのものが、観測者にとっての「異常」であり、「危険」だった。


男は、人々のざわめきに紛れて姿を消した。

ベルは彼を追うことはなかった。今はエラヴィアのそばにいることを選んだ。

忍び込んだ影が彼一人とは限らない。


もともと紛れ込んでいたのか。

あるいは、この騒動に便乗して塔の中に侵入したのか。

それはわからない。


だが――彼女のそばに、“それ”が来てしまった。


大切な人を、自分の存在が危険に晒してしまったという自責が、ベルの胸に静かに降り積もっていく。


握った手のぬくもりは、確かにそこにあるというのに。

命の重みが戻ってきたというのに。

それでも彼女は、静かに目を伏せたまま、声を発さなかった。


ただ――次の波が近づいていることを、確かに感じていた。


その波が、誰を攫うのか。

何を奪い去るのか。

そのすべてを、彼女はまだ知らない。


けれど、備えねばならないと、強く思っていた。



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