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氷の呪いと吸血鬼  作者: 二刀
第一章 黒鱗の龍
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七話 クロノス・フォトンクロス

 一日前にレイス様からの定期連絡が来ず、その後連絡が取れなかっため、私たち、ノリト・フーレットとミクルアンテ・ノヴァの両名はクロノス様と共に捜索任務に駆り出された。


 クロノス様は私の前を歩いている。その背中の奥、私の視界にレイス様と、サングラスをかけた肌の黒い男が倒れているのが見えた。

 クロノス様はその男を見ると「魔物狩りか……」と呟いた。


「なんでわかるんだ?」

 ミクルアンテさんがクロノス様にそう言った。彼女は礼儀を気にしない。どんな者にも同じように接する。今回もいつものようにくだけた口調だった。

「機密事項だ」

 クロノス様がそう言うと、ミクルアンテさんは追求を止めた。


「ノリト、廃工場内部の『魔力知覚(リベーテレイ)』を」

 クロノス様は私に指示を出す。私は詠唱を始めた。


蝙蝠(コウモリ)が聴いた餌の数』

(トンビ)が見つけた敵の影』

『霧の裏側、姿を隠し』

『あなたの値踏みで指を折る』

魔力知覚(リベーテレイ)


 詠唱が終わると、淡い光の人影が視界に映る。

「四人です。内一人は魔力の流れがほとんど無いため、気絶していると思われます。一人は動きからして拘束されている様子」


「そうか」

 クロノス様が頷くと同時に、目の前で黒い肌の男が起き上がった。男はこちらを見ると、腕を機械の腕に変え、超速で廃工場の中へ逃げていった。


「追わないのか」

 ミクルアンテさんがそう聞くと、「レイスの治療が先だ」とクロノス様は答え、レイスの胸に手を当て詠唱を始める。


『左に回した針の音。四番の道の標識よ』

『足を踏み出すこの者は、戻れぬ道の哀れ者』

『愛ある貴方の慈悲深き、救いの願い告げ想う』

『傷つき倒れた後悔の、一つ前へと案内せい』

時戻し(イルトアント)


 クロノス様の唱えた言葉と共に、傷が治っていく。正確には、傷つく前まで時が戻っていく。世界で唯一、クロノス様のみが使える時の魔法だ。


「ノリト、こいつを私の屋敷まで運んでくれ」

「はい」

 クロノス様の指示に従って、レイス様を念力(私たち幽霊族にとっては手足と同じようなものだ)を使って持ち上げる。


「ミクルアンテは、ノリトの警護を」

「了解だ。それで、あんたは何するんだ」

 ミクルアンテさんがそう聴くと、クロノス様はこちらを振り向かずに答えた。


「レイスの任務を引き継ぐ」

 そういって、クロノス様は進む。進む途中で、一度話し出した。

「レイスに伝えろ、標的(ターゲット)との協力はするな、と」

 その言葉だけ残して、クロノス様は廃工場に歩いていった。


「さっさと行くよ、ノリト」

 ミクルアンテさんは私の背中を強く叩いた。

「あの……私の方が……偉いんですけど……」




「涼歌、何か来てる」

 玖炉を氷で拘束した後、しばらくしてシロがそう言った。背筋が冷える。嫌な予感が部屋中を這い回る。恐怖。それとともに落ち着いた足音が響く。


 声がした、振り向く。そこにいたのは、白髪の青年。青年?若々しくは見えない。その体や顔つきは人間でいう二十代の男のそれなのだが、一挙手一投足にその歳では出ないはずの"重み"、あるいは洗練された美しさのような感覚がある。

 私たちを殺しに来たんだ。私は直感的に理解した。


「私は魔王軍四天王が一人、クロノス・フォトンクロス」

 そう名乗った男は、朱色の瞳で私を見つめる。「普通」の表情で、見つめている。私をこれから殺すことがまるで自転車に追い越されるのと変わらない、日常の一つのように。


最上位騎士総長(グランドマスター)レイスに変わり、貴公ら両名を殺害する。覚悟を」

 勝てるわけがない。そうわかった。それでも、殺すと言われて、諦めて死ぬわけにはいかない。戦う。そう決めたとき、私とシロは同時に立ちあがった。

 そして、手を繋ぐ。


開け(ディスペル)

天の左眼(ゼンド・リリール)


 私の視界内で様々な物が組み立てられる。

 空中に生まれた二十八の刃。それを全て躱された。水が壁の隙間を流れるように、するりと。


「使いこなせていない」

 そう言いながら、彼は前進する。

「視界内しか物を生成できないのだから、もっと自らの立ち位置に工夫が必要だ。生成する物の数も多すぎれば視界の妨げになり、自由度が落ちる」

 クロノスは地面に落ちた刃を掴んだ。

「このモチーフは悪くない。シンプルで脳の負担や魔力消費が少なく済む上、殺傷力も単純に高い」


 なぜかわからないけど、この男は私の力の詳細を知っている。

 四天王、魔王と対等の存在である男が、私の抱えている過去の秘密を握っている?

 だとしたら、私の過去はどれだけ壮大で重大な物なのだろうか。


「攻撃が止まっている。疲れているな。苦しい戦いを抜けたばかりだろう」

「手加減でもしてくれるの?」

 私がそう返すと、クロノスは眉一つ動かさず、足を一歩進めた。


「私が怖いか」

 そう言われて、私たちは初めて後ずさっていることに気がついた。

「怖くないよ」

 シロが強がった。クロノスはまた一歩踏み出した。シロは強く私の右手を握り、氷の翼を生やして飛んだ。

 私はクロノスの足下を見つめ、二本の刃を生成する。

 しかし彼は足下を見ることなく躱す。やはり、するりと。


「先ほどの反省点を修正してきたか。さらに視界外の攻撃。工夫したな」

 そう、言ってクロノスは私を見つめた。狙い通り。クロノスの背後に創った爆弾が、0.5秒後爆発する。

「これも良い仕掛けだ」

 そう言いながら、クロノスはその爆弾を何も見ずに蹴り上げた。シロが私を氷で包み、爆発を防ぐ。


「素晴らしい反応速度だ。今のまま育つだけでも、貴公らは良き戦士となるだろう」

 割れてとけた氷の隙間から、目が合った。

「故に、その芽はここで摘む」

 真っ赤な鬼灯(ほおずき)のような、光る瞳を見て、飲み込まれそうになった。


封印解除(ディスペル)

龍の鉤爪(ドラゴンクロウ)


 彼の腕が白鱗に包まれていく、レイスの黒腕より細身なそれは日本刀のように洗練された、『切れ味』のような印象を放っていた。


 そして龍は、初めて駆けた。白髪は風に揺らぎ、たなびき、赫眼(せきがん)はこちらを捉えて放さない。その動きは、見とれてしまうほど流麗で、洗練されていて、感情の一つも感じない冷徹。

 白い左腕はいつの間にか、私の胸を貫いていた。


 見えなかったわけではない。単純な身体能力は、レイス程ではない。それでも、私の意識には貫かれる直前の瞬間が映っていなかった。

 武術の真髄、見えない一撃。

 動作が自然すぎるがあまり、私の脳はその一撃を攻撃だと認識しなかったのだ。


 追撃を叩きこまれそうになったその瞬間、彼の背後で金色の魔力光が瞬いた。

 瞬間、閃光がクロノスに襲い掛かる。

 白腕がその閃光を受け止めると、ゴリッと鈍い音がした。閃光の正体は、機械の右腕を纏った黒い肌の男……玖炉の味方の、ローベイルだ。


「腕が折れたのは何年ぶりか……これだけ速い男は百万年生きて初めてだ」

 クロノスが呟いた。

「まだ私も鍛錬が足りぬ。しかしレイスはこれに対応したのか、いやはやなんとも頼もしい」

 クロノスは赫い瞳で微笑んだ。ローベイルは距離を取った。


「貴公はまことに油断ならぬ戦士とお見受けする、名をなんと言う」

 折れた腕をぶらりと垂らしながらクロノスは聴く。

「ローベイル・ルーベル」

 機械音生が答えた。

強者(つわもの)よ、全力を出すに値する」

 クロノスが微笑んだ。


封印解除(ディスペル)

第四の迷宮ラビュリンス・オブ・クロック


 折れたはずの白腕が、ありえない動きとともに治った。時が、歪んだ。

 博士に聞かされた無敵の能力。時間魔法の無詠唱発動という『神の権限』を借用する力は『永劫の白龍』の代名詞として恐れられていた。


 音速を超えるはずの拳が、目でとらえられるほどゆっくり進んでいる。クロノスはそのローベイルの腹に蹴りこむと、ローベイルは三歩分吹き飛んだ。

 ローベイルは立ち上がり、己の右腕を見つめた。そしてポケットの端末を取り出し、言葉を入力した。


科学魔装完全開放テクノマギアフルリリース鉄腕噴流機装(ジェット・ストライド)瞬殺穿光拳キルストレイト


 機械音声がそう告げる。ローベイルの全身に白銀の鎧が纏われる。

 背中につけられた六つの推進機スラスターが、唸りを上げて炎を吹き出す。

 そして爆音と衝撃波と共に視界から消滅する。私とシロは衝撃波で壁に叩きつけられる。

 しかしその拳はある一点を過ぎると急激に遅くなり、ローベイルはまたも蹴り返された。


「シロ!」

 そう呼びかけると、シロはこちらに眼を向けた。

「あいつと協力しよう」

 シロは何も言わず頷き、手を繋いだ。その後、不安に駆られたのか手が震える。

「どうやって、戦うの?」

 シロがそう聞いた。見えないほど速く動くローベイルと、その拳の動きを遅めて反撃をするクロノス。この間に入り込めるはずもない。


「博士なら、何かわかるかも」

 そういって、私は気絶している博士を叩き起こした。しかし起きなかったので、シロが股間を強く蹴り飛ばした。うわぁ。

 博士は跳ね起きた。


「何をする……」

 博士の第一声はそれだった。腹を押さえている。苦しそうだ。

「大丈夫?」

 シロが言った。

「お前……」

 博士の二人称がいつもと違っていた。


「……君たち、なぜ私を起こしたんだ」

 二人称が戻った。そして博士は周囲を見渡した。

「ふむ、クロノス・フォトンクロスに勝つ方法か」

 状況を説明すると、博士は考えた。

「わからない。現に彼は百万年もの間戦士していないわけだからな」

 そう言って博士は顎に手を当てた。


「しかし……君たちも力を思い出したのだろう」

 博士は眼鏡に触れた。閉ざしそうな眼をキラリと輝かせている。

()()()()()()()()()。本当の君たちはもっとすさまじいはずだ」

 その博士の言葉に、私はハッとした。そして、シロの方から口を開いた。

「もうひとつ扉を開けてみよう」

 シロと私は手を繋いだ。指を絡ませ、離れないよう強く。


もっと開け(ウィロ・ディスペル)

天の右眼(ゼンド・アミール)

 見える。()()()()()

 見えなかったはずの物、ローベイルの動き、時の流れ、全てが解る。


「ローベイル。彼女たちがサポートする」

 博士がそう言うと、ローベイルは頷いた。

「感謝スル、(シカ)シ良イノカ。奴ヲ倒シタラ俺ガ連レ去ッテシマウゾ」

「なんとかするさ。だから一緒に戦ってくれローベイル。俺も頑張ってみるよ」

 博士は今にも倒れそうな体で立ちあがり、血を吐いた。手で口を拭い、そして手についた血を振り払った。いつも私に向ける口調とは違う、フランクな口調だ。


科学魔装テクノマギア:鉄拳蒸気機装スチーム・デストロイヤー


「左腕ノミ……カ」

 ローベイルの言葉に、博士はふらふらしながら頷く。

「残存魔力もほとんど無い。完全解放(フルリリース)は不可能だ」

「ソウカ」とローベイルは頷いて、次に玖炉の方を向いた。


「なんだよ、ボクにできることはないよ。回転式機関砲(ガトリングガン)は二つ壊されて二つ封印された。戦うのは無理、無理だよ」

「魔力増幅剤、まだあるだろ、貸せよ」

 博士が玖炉に向けて手を伸ばした。

 シロが氷の拘束を解くと、玖炉はポケットを漁って博士に投げた。


「魔力を直接打ち込む薬。その不可を和らげるために入れられた薬剤には強い依存性と健康への害がある。それでも使うの?」

 玖炉が聞いて、博士はノータイムで頷いた。

「覚悟済みだ、勇者だからな」

 博士は首に魔力増幅剤を打ち込む。


「テンション上がってきたな。負ける気がしない」

 博士がそう言うと、ローベイルは博士の隣に立ち、「同感ダ」と音を出した。


科学魔装完全解放テクノマギアフルリリース:鉄拳蒸気機装スチーム・デストロイヤー魔力粉砕機ステゴロバンカー


 煙が辺りに充満する。歪んだ時の流れが解かれたのが見える。

 何者かの足音が聞こえた。


「父上」

 レイスの声だ。その声に宿るのは、恐れ、後悔、そして、目を背けぬ真っ直ぐな勇気。


「私は約束をしてしまったのです。私が一度助けられたから、私は氷宮涼歌を一度助ける。そのために、刃向かうことをお許しください」

「なるほど」


 クロノスはそれだけ言って、少し笑った。そして、かかってこいと言わんばかりに佇む。

「戦エルノカ」

 ローベイルが頷くと、レイスは少し悩んでから頷いた。

「時間魔法による治療を受けたとはいえ、超越次元に面している魔力を取り戻すことはできません。魔力残量はほぼゼロです。しかし、肉体的には至って健康です」

 レイスがそう答えると、ローベイルは「ナラバ良イ」と答えた。


 五対一。これなら勝てる!

 全員で同時に襲い掛かった。

 煙が時間魔法を封じ、生まれた道にローベイルが突っ込む。クロノスの右肩が吹き飛んだ。そこにレイスと博士が同時に拳を叩きこむ。それをクロノスは躱す。

 距離を取ろうとするクロノスを私は生成した槍を飛ばし迎撃する。クロノスがどこに動くか私には解る。槍はクロノスの胸に突き刺さった。怯んでいるところにシロが氷をぶつける。


 クロノスは後ろにのけぞる。その隙を逃さぬようにローベイルの突撃。

 クロノスはそれを躱そうとするも、完全には躱しきれず衝撃波で壁まで吹き飛ぶ

 。倒れたクロノスにレイスは蹴りを打ち込むが、クロノスはそれを止めてレイスを投げた。

 だが、まだ私の攻撃がある。生成した剣を突き刺すため走る。ここは煙の範囲内。そしてクロノスの動きは全て見えている。対処する方法など無い!


封印解除(ディスペル)


 私はその言葉を聞いた瞬間に、私は離れた。離れるよう、皆に呼びかけた。これはクロノスフォトンクロスのもう一つの切り札!


魔皇白龍(ドラゴンズホワイト)


「逃げて!」

 私がそう呼びかけると、ローベイルが私の手を掴み、玖炉を背中に乗せ廃工場の外へ駆け出す。博士はレイスに引っ張られ走っていた。白龍の体は膨れ上がり、廃工場の天井を突き破った。

 私たちは外からその姿を見た。麒麟のような白龍は、太陽の光を照らし青白く輝き、雲に届きそうなほど高く首を掲げている。


 白龍は吠えると、煙の届かない上空で己の姿を人型に戻し、傷を一瞬にして治し、地上に再度降り立った。


 そして、やはり、白龍は笑った。心底楽しそうに笑った。


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