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氷の呪いと吸血鬼  作者: 二刀
第一章 黒鱗の龍
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三話 レイス・フォトンクロス

「……ありがとうございます」

 研究所の治療室の中。上体を起こして、周囲を二回見渡したあとで発したレイスの第一声はそれだった。

 不審がっているのは見てとれる。でも、それを決して口には出さない。

 朝なので、博士とシロはまだ寝ている。この部屋は、私とレイスの二人きりだ。

 私はレイスに皮をむいて、ぶつ切りに切ったリンゴを差し出す。


「良いんですか」

「うん、食べて」

 私がそう言うと、レイスはフォークを手に取って食べ始めた。

「とても美味しいです。現世の食べものはあまり食べることがないので、新鮮ですね」

 こんな時でも上品に、ゆっくりとした動作で食べている。


「何か、私にできることはありますか。この恩を返したい」

 最後の一瞬だけ、敬語が外れた。この状況は普通じゃないから、きっと素が出たのだろう。そして、私はこの人の素がそんなに嫌いじゃないような気がした。


「レイス、ちょっと友達みたいに喋ってみない?」

 私がそう言うと、レイスは一瞬ぽかんとして、そのあと優しい笑顔を作った。

「ああ、わかったぜ」

 食べる速度が少し上がった。これが彼の本来の速度なのだろう。


「魔界には、どんな食べものがあるの?」

 そう言うと、レイスは手で少し待ってとジェスチャーをして、リンゴを飲み込んでから話し出した。

「例えば、リンゴに似ている『ランカ』って果物があるぜ。俺はそいつが好きでな。高級品だからめったに食えねえんだが……誕生日とか特別な日には父さんが必ず買ってきてくれんだ」

 レイスはそう言いながら、また一口リンゴを頬張った。


「そうなんだ。父さんってどんな人なの?」

 私は、親というものをよく知らない。思い出せない記憶の片隅のうっすらとある大切な人の枠にいる大人びた二人がきっとそうなのだろう。


「それはな……」

 レイスが話し始めようとしたとき、ウィーンと自動ドアの開く音が鳴った。

 博士が入ってきた。スタスタと歩き、私の隣まで来た。


「四天王の一人。"永劫の白龍"、クロノス・フォトンクロス」

 独り言のように博士は言った。

「はい、それが私の父親の名です」

 レイスが答えた。

「……普通に喋れ、私はそう言うのは苦手だ」

 博士が頭を掻いた。

「ああ、わかったぜ」


「それで、だな」

 博士が話を変えた。

「君は私たちが君を助けたこと、不審に思っているのではないか?」

 博士がそう聞くと、レイスは話し出した。

「命を助けられたのにそんな風に考えるなんて、本当は失礼なことだ」

 そこまで言ったあと、レイスは少し頭を搔いて、そして続けた。

「だが、疑いがないってわけでもないぜ」

 博士は小さく笑った。


「そうだな。戦争なんて時代遅れなこの今に、なぜ涼歌君やシロ君を狙ったのか教えてもらおうか」

 博士がそう言うと、レイスは何一つためらいなく口を開いた。

「話すな、とは言われてねえからな。教えられる範囲で言うぜ」


 レイスが話し始めようとしたその時、私は少し待ってと言うジェスチャーを取った。

「シロにも聞いてもらった方がいいんじゃないかな」

「ああ、そうだな」

 博士が頷いた。

 私は寝室に向かった。


「シロ、起きて」

 シロのベッドの前で話しかける。だがシロは起きなかった、

「起きて」

 シロの体をつついてみる。しかしシロは起きなかった。

「起きて!」

 耳元で大きな声を出してみる。それでもシロは起きなかった。

 ちょっと不安になったけれど、息はある。脈もある。ただ眠りが深いだけだ。


 仕方ないから寝たままのシロをおぶって博士の下へ連れて行った。

「寝てる子を起こす道具ってある?」

 私が博士に聞くと、博士は物置に歩いて行った。


「ごめんね、なんかグダグダで」

 私がレイスに言うと、レイスは少し微笑んだ。

「いや、何も問題はないぜ。むしろ少し楽しいくらいだ。しかし、何か疲れでもたまってたのか」

 レイスがそう言ったのが、私は少し面白く思った。

「特訓してたの。あなたが強かったから」

「……そうか、すまなかった」

 レイスは頭を下げた。

「別に良いよ、むしろ君のおかげで、私たちは強くなろうと思えたんだから」

 私がそう微笑みかけて見せると、レイスは驚いて目を丸くしたあと優しく微笑んだ。


「持ってきたぞ!」

 博士が物置から帰ってきた。コードつきのゴツいヘルメットを抱えながら、うれしそうに言った。

「これは悪夢式目覚まし機だ!」

 レイスがきょとんとしている。私も最初に来たときはこんな感じだった。博士は親に似顔絵を見せる子どものように、自分の発明品を自慢する。


「命を追われる悪夢というのはいつも、死を覚悟したとき目ざめるものだ。これは脳波をいじり悪夢を見せる。脳が発した危機回避の信号が強制的に体を目ざめさせる!どんな人でも飛び起きるというわけだ!」

 そう言いながらヘルメットを寝たままのシロに被せ、コンセントにコードを繋いだ。


「スイッチオン!」

 そして無邪気に笑いながら、頭頂部のスイッチを押した。

 それから一分後。


「ひゃ」

 小さな悲鳴を上げて、シロは目ざめる。

「どうだ」

 博士は自慢げに眼鏡を上げた。

「これ何」

 シロがヘルメットを持ち上げながら言った。

 そのガラス玉のような目は博士を逃がさないように映していた。


「悪夢を利用した目覚まし機だ。すごいだろう!」

 ヘルメットを受け取りながら博士が言うと、シロはため息を吐いた。

「二度と使わないで」

 博士は少しさみしそうな顔でヘルメットを抱え物置に戻った。


「………目、覚めたんだ」

 シロは眠たい目を擦りながらレイスに言った。

「はい、シロさん。助けてくれてありがとうございます」

 レイスがそう答え、お辞儀をする。

「ちょっと博士が帰ってくるまで待っててね」

 私がレイスにそう言うと、レイスは頷いた。

「ああ、わかったぜ」

 レイスがそう答えると、シロは少しむすっとした顔をした。


「名前、なんて言ったっけ」

 シロがそう聞くと、レイスは答えた。

「はい、レイス・フォトンクロスと申します」

 シロは髪をいじりながら、レイスに話しかけた。

「レイス」

「はい、なんでしょうか」

 レイスがそう返したあと、シロはしばらく黙っていた。

「すまない、少し待たせた」

 博士が帰ってきた。

「ああ、大丈夫だぜ」

 レイスがそう言うと、シロは俯いた。


「……ずるい」

 俯いてから十秒後、シロは小さく呟いた。私が振り向くと、シロは私をじっと見て、その後目線をそらし博士を見て、最後に、レイスを見た。

「なんで私によそよそしいの」

「なっ」

 レイスは驚いた。その後少し考えてから口を開いた。

「済まなかったぜ。こんな感じで良いか」

 レイスがそう言うと、今度はシロが驚いた。


「……変な人?」

 私も、それは少し思った。敵である自分達に対して、彼は度を超して律儀だ。

「おかしいのか?」

 レイスがそう言うと、「別にいい」とシロは言った。シロの顔が少し気楽そうにほころんでいた。


「で、博士。俺が二人を狙った理由。知りたいんだったな」

 レイスはシロが来る前の話に戻した。博士は頷いた。


「涼歌にはやばい力が秘められていて、それが悪用される前に排除する必要があるってことらしいぜ。その力の詳細は知らねえ。よく知らされずに駆り出されたんでな。きっと父さんや四天王の方々なら知ってるんだろうがな」

「ちから?」

 レイスが流れるように言った言葉を私はもう一度聞き返した。これはきっと、私の記憶の手がかりになる。


「記憶がないんだったな……知りたいなら、魔界に行って直々に会いに行かなきゃならなくなる。危険だぜ、行く気はあるのか」

 レイスがそう言う。私は彼の言った言葉が心配から来る忠告であることを理解している。でもそれに揺らぐ必要はない。


「行くよ。きっとね」

 まだ準備は整ってない。強さだって足りていない。それでも私は行くと決めた。記憶を戻すための、目的地が定まった。


「それで、シロ君も狙ったのは?」

 博士が話を戻した。

「よくわからねえぜ。よくわからねえ仕事は好きじゃねえから父さんに聞いたら、『鍵』とだけ教えてくれた」

「鍵」

 シロが呟いた。聞き返したというよりは引っかかった言葉を反射的に言っただけだろう。


「ああ、よくわからんぜ」

 レイスは少し呆れた顔で言った。よくわからないことだらけだ。でも、レイスの発言は確かに二人の記憶の手がかりだった。

「……すまねえな。ロクな情報は持ってないぜ」


 レイスが頭を下げると。博士は「問題ない」と静かに言った。そして、最初の質問より真剣な顔つきになって、二つ目の質問をした。


「君は、誰に襲われた?」

「噂は聞いているだろう。魔物狩りだぜ」

 レイスは答えた。

「やはりか。それで、どうだった」

「やべえぜ、あいつは。科学魔装(テクノマギア)を使っていた。それと、呪われてやがった」

「勇者軍……」

 博士が呟いた。博士はきっと、何かを知っている。私の記憶にもそれは繋がっている気がする。


「二人とも、この部屋を出ろ、料理でも作っていてくれ」

 博士が眼鏡の位置を整えながら言った。

「隠しているのか」

 レイスが言うと、博士は何も言わず、ずれてもいない眼鏡の位置をもう一度直した。

 私は、シロを連れて部屋を出た。シロは、少し抵抗していた。二人の話を聞きたいのだろう。きっと、手がかりになるから。

 でも私はこれでいいのだ。博士が教えないということは、まだ知る必要がないということだから。


 私は料理を作り始めた。レイスが目ざめたばかりだから、栄養価が高く消化に良いものが良い。適当に冷蔵庫にあった野菜を使って鍋にしよう。

 そう思ったところで、豆腐を切らしていることに気がついた。個人的には、鍋と言えば豆腐だと思う。別に豆腐が特別好きなわけではないが、豆腐がなければ鍋ではない。私は豆腐を買いに行くことにした。


 その時、治療室を出たレイスに遭遇した。話は終わったのだろうか。

「外に用事があるのか」

「豆腐を買いに、スーパーに行くんだ」

 レイスが聞いたから、私は答えた。


「そうか、俺はもう魔界に帰るぜ」

 レイスがそう言うものだから、私は驚いた。

「ご飯食べてかないの?」

 私がそう言うと、レイスは私よりも驚いた顔をした。

「良いのか?ここに来てから、さっきのリンゴ以外全く食ってないんだ。こっちの金がないんでな」

 レイスがそう言う。その目は本当にうれしそうだった。

「じゃあ、たっぷり食べなきゃね」

 私がそう言うと、レイスはもっと目を丸くした。


「本当に、ありがとうな」

 レイスがそう言ってお辞儀をした。そして、顔を上げて話し出した。

「お前達は命の恩人だ。借りは必ず返す。お前が危ないとき、俺が必ず助ける」

 レイスは、やっぱり変な人だ。敵である私を助けると言っている。

「……一度だけな」

 レイスが付け足した。敵であることを思いだしたらしい。

「でもいいの、そんなことして」

 私がそう言うと、レイスが困った顔で頭を掻いた。


「わからん。まあ、なんとかするさ」

「なんとかなるの?」

 私が聞くと、レイスはぐっと拳を握り締めた。

「できなくても、やるんだ」

 私はこの変な人を、かなり気に入った。格好いいと思った。


 買いものの帰り道、一人で何かを探している少年に出会った。少女なのかもしれない。黒い髪を少し長めに後ろで結んでいる。目つきや顔つきは女の子みたいだ。

 なぜ最初に少年だと思ったのかというと、半袖に短パンで、幾つもの絆創膏を体につけていて、やんちゃに遊んでよく怪我をする姿が目に浮かんだからだ。


 でもよく見ると、その真っ黒な眼は全てをつまらなそうに見つめていて服から感じたイメージとは何もかも逆だった。

「迷子?」

 私がそう言うと。

「うん、家の場所がわからなくなっちゃった」

 のんきに彼、または彼女はそういった。男か女かもわからない、感情すら読み取れない声で。


「君、名前は?」

新屋敷(あらやしき)玖炉くろ

 名前を聞いてもまだ、男女の判断がつかない。

「方向はわかる?」

「あっち」

 そう言って、玖炉は駆けだした。私はそれに走ってついていった。


「ねえ、本当にこの辺りなの?」

 私が連れ出されたのは、廃工場の後ろの誰もいない路地裏。迷路のような場所を進んでいくうちに少し広い空間があってそこで玖炉は立ち止まった。

「こんな姿も役に立つ」

 玖炉は、私の方を向かないまま妄言のように何かを言い始めた。

「昔は、正義の味方だった。英雄になれば幸せになれると思っていた」

 うわごとを言い出した玖炉の小さな背中に、底知れぬ恐怖感を覚える。私が対峙している存在がただの子どもでないことはもはや明白だった。


「だがどうだ。この呪われた姿はどうだ。誰もボクをボクと見やしない。幸せは正義の方向にはなかった。悪の方向に行くしかない」

 私が、後ずさりする音を玖炉は聞き逃さなかった。

「君もそうでしょ?」

 玖炉が振り向いた。私の体は警戒信号で小さく震えた。

「『思い出せない』んだったね。じゃあ何も言うことはないよ」


科学魔装(テクノマギア)銃腕魔弾機装(ミリオンバレッツ)


 彼の左腕に鉄の部品が連なって、何か形を作っていく。先端に消炎機(フラッシュハイダー)のついた、被筒(ハンドガード)のない銃口(マズル)がこちらを見つめる。弾倉(マガジン)引き金(トリガー)安全装置セーフティなどは見当たらないが、それは確かに突撃銃(アサルトライフル)の姿だった。玖炉の左腕は銃に成り代わったのだ。


 銃口が魔力光で白く光る。


 バン。

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