二話 刺客は龍
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『■■■』(黒く塗りつぶされている)を発見。保護した。代償は記憶。涼歌君のそれより重度な模様。『■■■』は涼歌君の手によってシロと名づけられた。
涼歌君が魔王軍による襲撃を受けた。こちらの動きは認識されている。
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シロ君と涼歌君はすでに共通の話題を見つけ距離が近くなっている。微笑ましいことだ。
魔王軍の襲撃だけでなく、人間による魔物狩りの噂も広まっている。戦争は二十年前に終わったというのに争ってばかりだ。シロ君に影響がないと良いが……
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本屋へ行った涼歌君及びシロ君を尾行する影有り。魔王軍の偵察と言って良いだろう。今日は何もなかったが警戒は必要。
二人が遊んでいるところに入れてもらった。たまには子どもの遊びに付き合うのも悪くない。
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魔物と交戦。敵は極めて強力、私が加勢に入りなんとか撃退。想定外の強敵、魔王軍もなりふり構っていられないということだろうか。
シロ君と涼歌君はその後一日休んでもらった。明日から特訓を始めるつもりのようだ。
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二人はいつもより真剣に戦闘訓練を行っている。前の戦いで危機感が芽生えたようだ。私も微力ながら手伝わせてもらった。
二人の力になれると良いのだが。
私の武器の修理も進めている。ただ破損が酷い。時間はもう少しかかるだろう。
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確かな成長を感じる。喜ばしいことだ。だがこの先のことを考えるともっと強くなってもらわねば。
危険は今後も迫ってくるだろう。一人一人が自分の身を守れるようにならなければならない。それに、最終的には避けられない壁もある。
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成長曲線は急激に上昇。期間内に目標値まで届くだろう。これから
コンコン。
私が博士の部屋のドアをノックする。
「入るよ、博士」
「どうぞ」
私がドアを開けると同時に、博士がパタンとノートを閉じて、カタッとペンを置いた。日記を書いていたようだ。まだ書きかけだろうか。
今は夜の9時、この時間帯になると博士はいつも日記をつけている。内容はいつも私には教えてくれない。
「なんだ?涼歌君」
「洗濯物干すの手伝ってよ」
私がそう言うと、博士はめんどくさそうに頭を掻いて、腰を挙げた。
博士と私が洗濯かごを庭の物干し竿まで運んでいると、なぜかシロがついてきた。
退屈だったのだろう。私達が慎重に階段を降りる後ろで、シロはアイスクリームを舐めながら歩きスマホで階段を降りている。
「涼歌君、先日現れた刺客についてだが」
博士は突然話し始めた。シロがアイスクリームを舐めるのを止めて、スマホの電源ボタンを軽く押した。
「ああ、この前の龍の……すごく強かった」
私は一昨日のことを思い出しながら返答した。
龍、それは魔界の中で最も強く、最も気高く、もっとも恐ろしき一族。その強さ故に、今は本来の姿そのものを封じられている。私が戦った刺客は龍だった。背が高く、黒い髪に鋭い目つきで、黄金の瞳をした青年の姿をしていた。
「魔物の反応が近づいている」
博士が淡々と告げる。いつも博士は深刻な情報ほど、感情を入れずに伝えるのだ。
「あいつが、来てるってこと?」
シロがそう言う。アイスは少し溶けて、シロの手の甲をつたっていた。シロがそれを気にする素振りはない。
「別の奴かもしれない。だが、また仕掛けてきた可能性は高いだろう」
博士がそう言いながら、特性の腕時計を見る。博士の腕時計には様々な機能がついている。そのうちの一つが魔力感知によって人の位置を把握する機能だ。
「……動きを止めたな。丁度、扉の前だ」
博士が言った。私達は丁度研究所の玄関に居た。緊張感の中で静けさを崩すように、インターホンが鳴った。
この扉を開ければ、あいつが待っている。三日前のことを思い出して、開けるのをためらう。
三日前も、彼は同じように扉の前に立って、そしてインターホンを鳴らした。そして、こう言ったのだ。
「こんにちは。私はレイス・フォトンクロスと申します。ここは、伊佐蔵研究所で間違いないですか」
ここからは過去の戦いの話である。
彼は言葉遣いに合わないジャージを着ていた。丁寧に挨拶をするものだから、最初は博士に用がある客人だと思った。
物腰柔らかだが、どこか無機質な話し方をしていた。礼儀正しい割に険しい、危ない表情だ。愛想笑いすらしない。何かを真剣に考えている。
「博士は今は留守。ホームセンターに行ってる」
私がそう言うと、レイスという男は一瞬斜め上を見ながら考えた。二秒ほどすると、男はまた口を開いた。
「いえ、氷宮さんと、シロさんに用があるんです。私は、こういうものですので」
レイスはゆっくりと胸のジッパーを下ろし、第二ボタンまで外して鎖骨の辺りを見せた。レイスの肌には、小さな魔方陣が彫られていた。『魔界の紋章』。魔王が魔物を管理するためのものだ。
「魔物……私を殺しに来たの?前の鬼みたいに」
「そうなります。先日はミクルアンテがお世話になりました。あいつ、褒めてましたよ。良い戦いだったって」
レイスはそう言うと、黄金の瞳を私に向けた。恐ろしい威圧感だった。レイスは喉から魔力を吸い込み、そして吐き出しながらながら、私の返答を待っていた。
呼吸で多量の魔力を直接体内に循環させるのは、龍の特徴である。
私は返答をせず、口を閉じていた。シロがやってくるのを待っている。
しばらく待つと、シロが部屋から玄関までやってきた。日光に直接触れないよう、深くフードをかぶっている。
「この人、誰?」
シロが聞いた。眠そうに目を擦っている。
「敵」
私がそう答えると、シロは目を擦るのをやめて、レイスをじっと見た。そして片手を正面に振りかざし、口を開いた。
『封印解除』
『魔性の冷血』
冷気が頬を一瞬伝ったと思うと、ズガンと衝撃音が鳴り空気が揺れた。
シロは氷の塊をレイスにぶつけた。向かいの家まで吹き飛んで、ブロック塀が少し崩れた。
『封印解除』
氷の下から音がした。
『龍の鉤爪』
氷は一瞬にして砕けた。欠片が作る雹の中で、レイスは立っていた。
両腕を龍に変えて。
丸太のような太い手を黒い鱗が覆っていた。光沢が生む白い紋様が、禍々しく見えた。
その手は顔面を覆い隠せるくらい大きく、先端には鉄でも切れてしまいそうな爪がついていた。
「龍……!」
シロは驚いて珍しく大きな声を出した。魔界に関わる者ならば、龍の恐ろしさは皆知っていると言う。記憶を失っても本能的に覚えているのだろう。
私達が動くのをためらっていると、レイスは両手を地面につけ腰を上げる。クラウチングスタートの構えを取った。
一瞬、黒い稲妻のようなものが私の横を通り過ぎた。赤いなにかが視界の端に映った。
顔にべたついたそれを手で拭って、手を見て、やはり血だと思って、隣を見る。
シロの体が真っ二つに引き裂かれていた。
その後ろに、レイスはいた。
レイスは素早く移動しながらシロを切り裂いた。それだけのことだ。それが、私のよく見える瞳でも捕らえきれなかった。
シロが再生するより早く、レイスは私に狙いを定めた。
私は神経を集中させる。今度は見るんだ。
稲妻が迫ってくる。よく目をこらせば、それは人の姿をしていた。人型の稲妻は左手を振り上げた。
今だ。体を左にひねり身をかわす。なんとか躱した。胸のあたりを強風が過ぎ去ったような感覚。包帯が引き裂かれ氷の肌があらわになった。
レイスは間髪入れず右腕を振りかざす。今度はさっきよりはっきりと見えた。
私は左腕で爪を受け止める。左腕が砕け散った。レイスは更に一歩踏み込み追撃を狙う。
その時、私とレイスの間に氷の柱が立った。横を振り向くと、シロの再生が終わっていた。
シロは氷の剣を携え、レイスに向かって前進する。私は二歩下がり、詠唱をはじめた。
『光を追いかけ鯨の足音』
目の前では、シロとレイスが戦っている。
レイスの振り下ろした左腕に、シロが右腕をもがれた。シロは氷のつぶてを機関銃のように発射するも、全て右腕の鱗に防がれる。
私は詠唱を続ける。
『去ることを待つ蝉、蛇、蝙蝠』
シロは左腕を地面にあて、レイスの足下を凍らせた。レイスは強引に足を上げて、氷を引き裂きながらシロを蹴り上げる。
力任せに、強引に。
追撃の右爪をシロは氷の刃で防いだ。
『佇むな。見上げるな。己を蟻と心得よ』
氷の刃は砕け散り、更なる追撃がシロの胸を届く。レイスの左爪がシロの胸を貫いた。
『怯え、震え、耳を塞ぎ、地に伏す言葉を用意しろ!』
手についた血を振り払うレイスの頭上に、雷雲が立ちこめる。
『雷鐘』
バチバチと雷雲は蒼く光り、雷がレイスの頭上に降り注ぐ。その時、レイスの顔は龍に変化した。
『封印解除』
『龍の息吹』
レイスの口から放たれる莫大な魔力の怪光線は、雷雲ごと雷を貫いた。空は青く晴れ渡っている。
『再封印』
レイスは能力を解除した。チャンスは、きっと今しかない。私はそう思った。
だが私もだいぶ体力と魔力を消費した。今追撃を当てるのは難しい。
再生が終わったシロが、氷の刃をレイスめがけて投擲する。
華麗に躱しながら、レイスは口を開いた。
『降りかかる血は鉄の上』
レイスの詠唱を聞いて、私も負けじと詠唱を始める。
『天へと気高き鷲のよう』
二人の詠唱が重なる。
『降りおちる影は首の上』
と、レイスの声。
『瞬間駆けるは獅子のよう』
と、私の声。
『情けは要らぬ、命をよこせ』
レイスはシロの攻撃を避けながら、視線だけは私に向けて詠唱を続ける。
『静かなるその瞳を据えて』
私も負けじと詠唱を続ける。魔法使いの勝負だ。
『貴様のもとへと俺は行く』
レイスがシロの腹を殴りながら唱えた。
『あなたの逃げ場で待っている』
私も足を一歩踏み出して唱えた。
『魔剣・黒刻』
真っ黒な、光の反射すら見えない剣がレイスも手の中に現れた。
『瞬転』
魔法の効果で私は加速した。音速を超えた。私はレイスの後ろに行く。レイスの目から私は消えたように見えたはずだ。
後ろから掴みかかろうと私は手を伸ばす。
『封印解除』
『龍の双翼』
強風と共に、レイスが私の視界から消えた。レイスは私の頭上にいた。それに私が気づくと同時に、黒い斬撃が私に襲い掛かった。
シロが私を細い手で突き飛ばす。私の代わりに斬撃を受けてシロは再び真っ二つになった。血が私の肌に落ちる。
レイスは私とシロの間に降り立ち、剣を高く掲げた。私は死を覚悟して目を瞑った。
「そこまでだ!」
後ろから声が響いた。博士の声だ。買いものから戻ってきたようだ。
博士は私を手で押しのけ、同時にレイスを殴った。レイスの体は地面に打ちつけられ、転がりながら三回転。片手をついて立ちあがろうとするレイスに博士はもう一度拳を上げる。
その拳に、鉄の板が重なっていく。機械の腕が形作られる。
白い煙がマフラーのようにたなびく。排気音が静寂に刺さった。
『科学魔装:鉄拳蒸気機装』
博士の左拳がレイスに襲い掛かる。
『封印解除』
『龍の鉤爪ッ!』
レイスは受け止める。怪獣のような雄叫びが響いた。鉄拳はひび割れて隙間から蒸気があふれ出す。同時に、龍の鱗の隙間からは血が流れ出した。
痛みに怯むレイスに、博士は冷徹に追撃をする。体勢を立て直そうと飛び立つ体に、右拳で一撃。鉄の拳は衝突と共にガシャンと変形し、より効率的に衝撃を伝える。
レイスは青空に吹き飛んだ。視界から消えるまで。
「逃がしたか、わざと遠くまで吹き飛ぶように動いたな……」
博士がそう呟いた。
「……追いかける?」
息を整えながら私が聞くと、博士は首を横に振った。
「勝てる見込みはあまりない。アイツは奥の手を温存している」
博士が壊れた左腕を気にしながら、そう言った。
「全身の龍化……」
私が呟くと、博士は小さく頷いた。
「アイツも、来るなら体を休めてから来るはずだ。治療と修理が先だ」
博士がそう言うと、再生中だったシロが起き上がった。
ふらりと倒れそうになる体を私が支える。どうやら血が足りないようだ。博士が血液のパックを差し出すと、シロはゆっくりそれを吸い始めた。
そして、むせて少し咳をした。
「涼歌の体って、どうやって治してるの?」
シロはどうやら、私の体に興味があるらしい。当然か、私たちの失った記憶の、一番の手がかりだ。
「見てみるか」
博士が呟くように聞くと、シロは頷いた。
鋼鉄の両腕は無数の光の粒になり、集まって小さな鉄の箱になった。それは少しひび割れていた。
博士は扉に手をかける。
「ついてこい」
そうシロに言った。
「やり方は簡単だ」
治療室で博士は言った。
私はベッドで横たわっている。包帯をほどかれて、氷の肌が丸見えの姿で。
博士は私の左肩に、義手のような形のものを取り付ける。砕け散った左腕を補うように。
その道具に空いている穴から、水を流し込んだ。これは左腕の形を作る型なのだ。流し込み終わると博士は私を冷凍庫に入れた。
「寒くないの?」
シロが聞いた。
「寒さとか、あまり感じないんだ」
私が答えた。
しばらくすると私は冷凍庫から出され、左腕の型を外した。私の左腕は確かに形作られているが、まだ動かない。
あとはこの腕に少しずつ魔力を流し込めば、私の体と腕の氷は魔力的な繋がりを持つ。五時間くらいで動かせるようになるはずだ。
「涼歌。私、悔しい」
私が包帯を巻き、服を着るとシロがそう言った。軽く俯いていた。私はぽんとシロの頭に手を乗せた。それをシロは優しくどかす。
「私、涼歌を守るって決めてたの。生きる理由をくれたから」
「大げさじゃない?」
そう私が言うと、シロは首を横に振る。
「私、強くならなきゃ」
シロがそう言うと、私も頷いた。
「それなら、私も強くなるよ」
その次の日、私たちは特訓をすることにした。二人だけでも勝てるように。負けないように。
二人で計画を練り、複数の作戦を考えて、博士との模擬戦を通しての実践を繰り返した。体を動かしたり、新たな魔法を覚えるため図書館で本を借りたり、沢山のことをした。
更に二日経った五月三日の夜。洗濯物を運ぶ途中に彼が来た。この扉を開けたら、きっと彼が待っている。
私は震えを抑えて扉を開ける。大丈夫。前よりも強くなれたはずだ。
扉を開いた。最初は誰もいないのかと思った。下を見た。
龍の青年は、傷つき倒れていた。
「……どういうこと?」
シロが小さく呟いた。




