願いごと
1
地獄のような受験勉強の日々を終え、この春から大学生になった。華の大学生活を勝手に想像していたが、そううまくはいかなかった。なによりも金がいる。サークルの飲み会はだいたい先輩やOBが奢ってくれるが、同級生同士の飲み会や女の子と遊ぶにも金がいる。僕はバイト三昧の日々を送っていた。
バイトの帰り、何となくいつもとは違う帰り道を選んだ。大学生から一人暮らしを始めたが、ほぼ大学とバイト先、あとは居酒屋くらいしか行ったことがなかった。明日はバイトも大学も休みだ。たまには寄り道でもしよう。
しばらく歩いていると小さな祠があった。手入れもされていないらしく、苔だらけだった。小さなお賽銭箱が設置してあり、僕はそこに5円玉を入れ、「お金持ちになれますように」と願い事をした。住所を言うと良いと聞いたことがあったので、住所も念じた。
ボロボロのアパートに帰宅する。玄関を開けると、明かりが点いていた。あれ、消し忘れたかな?台所のある小さな廊下を抜け、リビング兼寝室のドアを開ける。
うわっ!思わず声を上げた。誰かいる。よく見ると小さな女の子がテレビを見ていた。女の子はこちらに気が付き、言った。
「よぉ~、待っておったぞ。遅かったではないか」
当然こんな小さな子と約束なんてしていない。というよりどうやって入ったんだ?
「そこで何してるの?人の家に勝手に入っちゃだめだよ」
「ええい!子ども扱いするな!わしは神様じゃぞ!」
立ち上がって地団駄を踏んでいる。何だこの子。変な子どもが入ってきちゃったな。前時代的な口調だし、時代劇風のアニメでもやっているのかな?
「もうわかったから早く家に帰りなさい。お母さんが心配するでしょ」
「はぁ、もう良いわ。お主、先程わしの神社に参拝したじゃろ?」
神社?もしかしてあの祠のことか?
「確かに小さい祠みたいなところには行ったけど…」
「うむ!良い心がけじゃ。久しぶりの参拝客ゆえ、お主の願いを叶えてやろうと、わざわざ参ったのじゃ」
「そんな嘘は良いから、早く帰りなさい」
「嘘ではない!ええい、これを見よ!」
女の子がこちらに向かって両手をかざした。瞬間、僕の頭の中に映像が入り込んだ。そこにはさっき参拝した祠?神社?が映っている。
「うわー!なんだこれ!」
「はっは!おどろいたであろう。わしはそこに祀られている神様なのじゃ!」
本当に神様なのか?でも神様でもない限りこの現象はどう説明がつく?
「本当に神様なんですか?」
「いかにも」
「じゃあ、本当に僕の願いを叶えてくれるんですか?」
「いかにも。しかも3つも叶えてやる」
「3つも!」
「ただし、条件がある」
「条件?」
「ああ。叶える願いはお主の望みのみじゃ。お主の身以外にも通ずるような願いは禁止じゃ」
「つまり?」
「ええい、めんどくさいの~。つまり、お主が金持ちになりたいとただ願った場合、金を生み出さねばならん。そうなると日本経済そのものを変革しなくてはならん。叶えてはやるが、その代わりお主の命を頂戴する」
「命を頂戴するって、もしかして死ぬってことですか?」
「いかにも」
「それじゃあ意味ないじゃないですか!死んだら金をもらっても意味がないです」
「そうじゃろう。だからよく考えることじゃ」
なんだよその条件。他人に影響を与えないで叶う願いってなんだ?金持ちになりたいだけだとうまくいかないなら、どうすれば金がもらえるかな?
「質問よろしいですか?」
「それが願いか?」
「じゃあいいです」
「冗談じゃ冗談。はよ申してみよ」
「他人に影響を与えない範囲でよかったらお金をもらうことは可能ですか?たとえば百万円くらい」
「それが、お主の望みか?」
「はい、死なないなら」
少女は手を3回叩き、目をつむって手を合わせながらなにやら念じ始めた。数秒ほど経って目を開けた。
「ほれ」
部屋の真ん中にあるテーブルを顎で指す。テーブルの上に札束が置いてあった。
「まじかよ!すごい!」
「はっは!そうじゃろう、そうじゃろう」
「本当に神様だったんですね!」
神様はよろけた。
「まだ疑っておったのか!まあ良い。これで1つ目の願いは叶えたぞ。して、あと2つはどうする?」
「他人に影響を与えないで、どうやって百万円を?」
「日本中に落ちている金や他の神社の賽銭からかき集めたのよ。それならばわざわざ日本経済をどうこうする必要もない」
なるほど。その方法を使えばいくらかの金は手に入るんだな。そうだな、じゃあこう願えばいいのかな?
「神様、他人や経済等に影響のない範囲でありったけの金をもらうことはできますか?」
「それがお主の願いか?」
このセリフを言うたんびに得意げな顔をする。
「僕が死なない範囲でお願いします…」
「待っておれ」
またあの動作に入る。しかし、今回は結構長い。ありったけの金を集めてくれているのかな?
しばらく待っていると、
「ほれ!」
言われた瞬間、一面小銭だらけになった。すごい量だ。どんどん溢れてくる。部屋はあっという間に小銭のプールになっていた。
「はっは!どうじゃ!世界中の至る所から金を集めてきたぞ!もちろん落ちているものだけな。」
小声でこう付け足した。「他の神の賽銭からもの」
「お賽銭を抜いたら神主さんや神父さんが困りませんか?影響はないのでしょうか?」
「そやつらは神に仕える者。その神がもらって当然ではないか」
なんて強引な。と少々呆れた。
部屋を見渡す。換金は面倒だが、この量なら相当な金になるはず。今日から遊んで暮らせるぞ!最後の願いは何にしようか?
突然携帯電話が鳴った。地震を知らせるアラートだった。つけっぱなしだったテレビも緊急で報道に切り替わっていた。震度7の地震が起きたらしい。僕は考えた。私欲を優先するか、僕の命を犠牲に、被災者を助けるか。
2
僕は最後の願いを「車」にした。金で買っても良かったが、僕には現金が必要だったからだ。被災地の人たちには申し訳ないが、自分の命を犠牲にすることはできなかった。これであの子とデートもできる。僕はこの選択をしたことに後悔はしていない。
「これで全部の願いは叶えたぞ」
「車はどこに?」
「外にある。お主の希望通り、大きめの車じゃ」
「他人に影響を与えずにどうやって?」
「棄ててあったものを取り寄せたのじゃ。なるべく綺麗で動けるやつをの」
「神様、ありがとうございます!」
「うむ。では、さらばじゃ!」
ぶわっと風が吹いた。とっさに顔を腕で覆う。腕を下げると、もう神様はいなかった。
翌日、僕は神様にもらった車で銀行に出かけた。車にありったけの小銭を載せて。怪しまれても嫌だし、そもそも大量の小銭を換金するのは迷惑だと思い、何軒か銀行をはしごした。相当な額の現金が手元に残った。
僕は北へ車を走らせた。なるべく被災地から遠い場所を選んだ。何軒もスーパーをはしごする。気づけば車に入り切らない位の量になっていた。そのまま今度は被災地に向けて出発した。ありったけの現金と物資を持って。