9話 お昼ごはん!②
相変わらず、ダリルがキッチンへ戻って数分経った後も、ブラッドとアルナは二人とも顔を赤らめたまま黙りこくっていた。……そんなに恋人扱いされるということは恥ずかしいものなのだろうか。しばらくの間、店内にはキッチンからの鍋のカチャカチャした音や、包丁のザッ、ザッという切る音が響く。
これらの音に、話し声が加わったのはしばらくしてからだった。
「ブラン、また勘違いされちゃったね……」
「……そうだな」
「私たち、昨日初めて会ったばかりなのに……。何度、勘違いされてもやっぱ慣れないね」
「まっ、何回でも"恋人?"とか"付き合ってるの?"とかって言われると照れるよな。……なんか体も熱くなるし」
「それ、私も……」
この会話を最後にらまたも二人は黙りこくってしまった。いわゆる、"時期尚早"というやつだったのだろうか。
二人とも、ここに来たときに出されたお水を飲むばかりだ。ブラッドはもうすぐ飲み終わりそうで、お水を持ってきてくれた若い男の店員も慌ただしくキッチンで動いている。
そして、再びの沈黙をブラッドが破る。……心なしかブラッドの表情が慌てているように見えるのは気のせいだろうか。
「…………そういえば、代金ってどうするんだ?絶対にここタダじゃねぇだろ」
「当たり前じゃんっ!どんな所でも何か買ったり食べたりするとお金、ちゃんとかかるよ!」
「や、やっぱりそうか……」
「……ブランがこれから言うこと、当てて見せようか。ズバリッ!"俺お金持ってない……どうしよ……。"ってことを言うつもりでしょ!」
「うっ……」
「まっ、お金持ってたらあんなところには居ないよねぇ」
「め、面目ねえ……」
「ブラン、安心して!ちゃんと私がお金持ってきてるから!つまり、私のおごりってことっ!」
アルナはふふんっ得意げになって、どこからか取り出した財布をブランに見せつける。
「……ありがとうな、アルナ」
「あれっ、もうちょっと元気になると思ったんだけどなあ……」
アルナの予想に反して、ブラッドはどこか物悲しげな雰囲気を漂わせていた。……まあ、ブラッドの気持ちも分からないでもない。明らかに年下の、しかも女の子に"お金がないから奢られる"というのは自分に対して悲しくなってくるのだろう。
「もうっ、ブラン心配しなくてもいいって!ほら、ほら」
「アルナ、ちょっと体乗り出し過ぎじゃないか……?」
「へ?」
……言い出すのがちょっとばかし遅かった。元気が無さそうに見えたブラッドに対し、アルナがさらに前のめりになって片手で財布を見せていたところ、バランスを崩した。
アルナはテーブルに強く体を打ち悶絶。ぶつけた衝撃で2つのコップは落ちて床はビシャビシャ。財布はどこかへ飛ばして大惨事…………。
──なんて、そんな未来は訪れなかった。
「あ、あれ……ブラン……?」
「……まったく、危ないとこだったな……」
ブラッドはすんでのところでアルナの腕を掴んでいた。アルナもコップも財布も、全部無事だ。
アルナは、ブラッドの助けを借りながら元の位置へと戻る。
「あ、あ、ありがとう……」
「アルナ、心配かけてごめんな」
「……ねえ、なんでブランは元気ないの?お金なら私が出すし、心配しなくてもいいんだよ……?」
「……金を出してもらうのもそうだし、なにより俺は……」
「なにより……?」
どうやら、ブラッドのあの物悲しげな顔には他の意味も含まれていたらしい。……ただ、そのワケを聞くのは後になりそうだ。なぜなら……
「…………お話のところ失礼……。野菜たっぷりのミネストローネ、冷たいものを2つ分…………持ってきました……」
料理が完成して、ダリルが持ってきたから。
「あれ?……ダリルおじいちゃんじゃん。…………重くなかった?いつもはバルクくんが運んできてくれるのに……今、キッチンにいるの?」
「…………はい。……本当はバルクに運んでもらうはずだったのですが、なぜだか断られてしまいまして……。…………珍しいこともあるものです……」
「ふーん……。断るだなんてバルクくん、なにがあったんだろう……?」
「……まあ、そんなこんなで私が運んできました。…………また2人の顔も見たかったですし……」
「えっ」
「……ちょっと長話でしたかな……。ささっ、どうぞ料理を…………。ぬるくならないうちに召し上がってください……。」
「あ、ありがとう。……バルクくんにもよろしくね」
「……はいはい。……………それではごゆっくり……」
続く