8話 お昼ごはん!①
公園から歩いてきて、ブラッドとアルナは小さなレストランの前に来ている。木で出来た小洒落た看板が、まるで二人を迎えているようだ。
一本道の商店街の一番左端にあり、レストラン……というには、やや小さいのかもしれないが、周りとは違い落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「んーっと……ここで、いい……?」
「アルナの選ぶとこだったらどこでもいいぞ」
「……本当にいいの?」
「……別に俺はどこでも大丈夫だが……?」
「だってだってっ!ブランったら、こういうところに行きたいとか、こんな食べ物が好きとかって全然ないんだもん!なんか全部私一人で選んじゃって……」
「……といってもなあ。本当に俺、そういうこだわりってないんだよ。好きな食べ物とか。……別にアルナと一緒だったらどんなものでもうれしいかなって」
「……ブランって、もしかしてタラシってやつ……?」
「んっ、なんだそのタライってのは」
「……なんでもない」
「てか、ちょっと待て。アルナ、顔ちょっと赤いぞ。大丈夫か……?熱があったり……」
「大丈夫。……ちょっとドキッとしただけだから」
「……いきなりドキッっと心臓が痛むなんて、本当に大丈夫か……?」
「……い、いいから、ほら行くよっ!」
「ちょっ、いきなり手掴んで……」
こうして、ブラッドはアルナに引っ張られ、レストランの中に入る。アルナが勢いよくドアを開けたせいか、ドアについてある鈴の音がしばしの間鳴り続けていた。
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……二人がレストランの中に入ってから十数分ほど経った頃、ブラッドはメニュー表とにらめっこしていた。字ばっか……というか、字しかないメニュー表だが、頭は痛くならないのだろうか。ここに来て若い男の店員が持ってきたお水も、もう半分以上飲んでしまったようだ。
……しかも、どこか様子がおかしい。メニュー表で顔を隠していて、手汗もぐっしょりかいているようで……一体、この十数分で何があったのだろうか。
「……ラン、ブランったらっ!」
「…………はっ!な、なんだ……?」
「ブラン、そうやって結っ構長い間メニュー表をじっくり見てるみたいだけど、そろそろ決まった……?」
「えっ……アルナ、もう決まったのか……?」
「うん。まあ……」
「まじか……どうしよ……」
「んっ?ど、どうかしたの?」
「あっ……いや、えーとそのお……。…………そ、そう!なに頼もうか決まらなくって。……ここ、メニュー多くってさ」
「私は何回も来てるからあんまり多いとかって感じなかったけど……そっか、そうだったんだね」
「……悪いな、時間かかっちまって。アルナはとっくのとうに決まってんのに……」
「まー、ブランは初めてだしねー。仕方ないよ」
「面目ない……」
ブラッドは、さらに深くメニュー表で顔を隠す。顔の様子とかは分からないが、手はほんのり赤くなっている。
「あ、アルナっ!」
「ちょっと!…………静かに言って。……なに?」
「す、すまん……。……えーとぉ……」
「……いきなりどうしたの?」
「あのぅ……うーんと……」
ブラッドがいきなり大声でいうものなので、アルナは驚いて、アルナらしからぬ強い口調で言葉を返す。また、なかなか用を言い出さずどこかモジモジとしている様子のブラッドを見て、アルナは困惑した表情でブラッドを見つめる。
アルナがブラッドを見つめてしばらくした後、ブラッドが重そうに口を開く。あと、若干ではあるが顔が赤い。
「俺、アルナと同じメニューがいい……」
「……へっ?」
「い、いや……なかなか決められなくて……。このまま待たせるのもなんか悪いし……」
「……別に私はいいけど……ブランは逆にそれでいいの?なんでもかんでも私が決めちゃってるような感じがして……本当に大丈夫……?」
「俺、むしろアルナのやつがいいっ!」
「ま、まあ、そういうことなら……」
ブラッドは、鼻息を鳴らしてふふんっと言う。アルナも満更でもない様子で、照れている。
「じゃ、じゃあ、注文しちゃうねっ!」
「おうっ!頼んだ!」
「すいませーん!」
アルナが威勢良く店員を呼ぶ。……しかし返事は返ってこない。返事の代わりといっていいかは分からないが、ドン……ドン……と鈍い足音が近づいてくる……が、なんだかその音も心細く聞こえる。
「……なかなか来ないな……」
「ん〜、そう?」
ブラッドは心配そうな顔に変わったが、アルナは慣れているのかへっちゃらというような感じだ。
ちょっとしてから店員が来た。……白い髪に、白いヒゲを生やし たヨボヨボのおじいちゃん店員が。
「おい、この人……大丈夫か?」
さらに心配そうな顔になったブラッドがアルナに小声で話しかける。
「ん、何が?」
「いや……やっぱなんでもない……」
アルナはポカーンとした顔で、"なにか問題でも?"と言いたそうな見つめる。ブラッドはへっちゃらな様子のアルナとヨボヨボのおじいちゃん店員をチラッと見る。
「……あ、あの……アルナちゃん……。注文を……」
「あっ、ごめんごめん!ダリルおじいちゃん」
「…………い、いや、大丈夫だよ……」
今にも消え入りそうな、か細い声でおじいちゃん店員のダリアはアルナに注文を促す。
「いつもの野菜がたっぷり入った冷た~いミネストローネローネを二つ!あっ、パンも二つお願い!今日は二つだよ二つ!間違えないでね!」
「……二つというと…………もう一つはそちらの……?」
「うん!ブランっていうのっ!」
「……ほー、ブランさんねぇ……。……あなたとアルナちゃんとは一体どういう…………?」
ダリルはメガネをクイッとさせてブラッドとアルナに問いかける。
「い、一体どういうって言われても……ねえ」
「あ、あの……ブランとは……えーっとぉ……」
ブラッドとアルナは互いに顔を見合わせて、かつ、ほっぺを赤くさせてしどろもどろしている。
「…………いや、いいです。言わなくて。……すみません。いや、わざわざこんなこと……若い二人に聞かなくても…………」
……二人がいきなりこんな態度をとったものなので、勘違いするのも無理はない。ダリルは妙に納得したような感じでボソッと言う。
「うぅ〜ダリルおじいちゃん……」
「…………とにかく……アルナちゃんを頼みますよ、ブランさん……」
「は、はいっ」
ブラッドが勢いのある返事をして、ダリルはニッコリと微笑んだ後に変わらずのゆっくりとした足取りでキッチンへと戻る。
ブラッドとアルナは顔を赤らめたまま、二人して黙りこくっている。……料理が届くのも、二人が目を合わせて会話するのもまだもうちょっと時間が掛かりそうだ。