7話 お散歩!②
もうそろそろお腹のなる時間が近づいてきた頃。公園のベンチに座るブラッドとアルナがいた。二人ともなんだか疲れてそうだが……何があったんだろうか。
「ひゃーっ、いっぱい歩いたね〜!私、もう疲れちゃった」
「まあ、疲れたというのは俺もよく分かるが……まだ店とアルナの学校しか行ってないぞ。……ここらへんで家に帰るか?」
「……別に疲れてないもん。大丈夫だもん元気だもん」
「……はい」
「でも、ちょっと休憩。…………ブランが疲れてるみたいだし」
どうやら、朝の出来事のあとは店と学校に行ったらしい。アルナはついさっき否定していたが、どうやらアルナの言葉からも、二人とも歩き疲れているみたいだ。
「いやー、でも……」
「ん、どうした?」
「やっぱ私たち、恋人みたいに見えるのかなぁ……」
「……どうなんだろうな」
「……顔、ちょっと赤くなってる」
「…………アルナだって」
歩き疲れたほかにも、店や学校といった行く先々で恋人だと言われたらしい。二人は、"歩き疲れた"と思っているが、"恋人同士だと勘違いされた"という疲れも入っていそうだ。……自覚はしてなさそうだが。
「いや、だってだってっ!モニカお姉ちゃんだけならまだしもっ!肉屋さんのおじさんも、八百屋さんのお兄ちゃんも、お菓子屋のおばちゃんも……みんな……」
「……みんな揃って"恋人同士?"や"カップル?"って言ってたな」
「…………ねえ、私と恋人って言われるの……嫌……?それとも嬉しい……?」
「いきなりだな。うーんっと……昨日会ったばかりだからな。まだなんとも言えないが……アルナと恋人か……。俺は……」
「そ、そうだよね……!ごめんね、変なこと聞いて」
ブラッドが続きを言おうとしていたが、アルナが急に遮ってきた。二人とも相変わらず顔が赤い。アルナが遮ったことで、ちょっとの沈黙が訪れた。
ブラッドは続きを言いたそうだが、黙っているまま。周りにいる人の話し声や、風の当たってざわざわしている葉っぱの音が響いている。
そして、しばしの沈黙を破ったのはブラッドだった。
「……俺は"恋人"とか"好き"とか、イマイチよく分かんないけど……」
「ぶらん……?」
「でも、俺は今、アルナと一緒にいて"嬉しい"って思ってるよ」
「ぶらん…………わたしも……」
「うん……。…………って、おーいアルナー?」
……アルナは続きの言葉を言うことなく、ブラッドの太ももの上に頭を乗せて横になる。突然のことでブラッドは驚いているようだ。
「もしかして……寝ちまったのか……?」
アルナの返事はない。……その代わりに、すぅすぅという寝息が、風が葉を揺らす音と混じって聞こえてくる。
「まったく……寝るほど疲れてたのか……」
そうブラッドは一人つぶやき、太ももの上でぐっすり寝ているアルナの顔をチラリと見る。
「しかしまあ、こんなにも気持ちよさそうに……なんかもう夢でも見てんのか?」
ブラッドがそう思うように、アルナはときおりどこかはにかむような顔や、口をモゴモゴさせる動きを見せていた。そんな姿をブラッドはやれやれ……といったように微笑み、また、自らの太ももの上で気持ちよさそうに寝ているアルナに対して恥ずかしく思うのか、ブラッドの顔はほんのり赤くなっていた。
「ったくよ。……なんか暑くなってきたな。気のせいか?」
気のせいだ。さっきから微塵も気温は暑くも寒くもなっていない。湿度も変わってない……はず。
「しかし……これからどうしようか。アルナは疲れて寝ちまったし、無理やり起こすのも……。ってか、昼ごはん……食べてねえ……」
そんなブラッドの心配をよそに、相変わらずすぅすぅとかわいい寝息をたてているアルナ。さて、ブラッドはどうする。
「おーい、アルナ〜!」
どうやら、起こすことに決めたようだ。まあ、このままにしておくのは……っていうことからだろう。
しかし、ブラッドが何度もおーい、おーい!と声をかけても一向に起きる気配がない。起こそうと思い立って頑張っていたが、ついに声かけをやめてしまった。ベンチの辺りにまた、静けさが戻る。
「まったく、本当に……」
そうブラッドはつぶやき、アルナのほっぺを撫でる。ブラッドが撫でるたびに、くすぐったいのかちょっと顔がニヤけているようにも見える。
そんなアルナの顔の反応や、ほっぺのスベスベやぷにぷにに取り憑かれたのか、ブラッドはアルナのほっぺを触り続ける。
数分経った後も、相変わらずブラッドはアルナのほっぺを撫でたり、ツンツンしていた。アルナのほっぺにはそんなに引き付けるものがあるのだろうか。
「しっかし、困ったねえ……」
ブラッドがまたつぶやく……が、本当に困っているのだろうか。困っている割には、思っていることと実際にしていることの差が大きいように見える。
このまま、ブラッドがアルナのほっぺをじっくり堪能する……。少なくとも、ブラッドはこの時間がしばらく続くと思っていたのかもしれない。しかし、そんな時間は唐突に、か弱い小さな一声で終わりを告げる。
「なんか、くすぐったい……」
「あ、あ、アルナ…………?」
……すぐにアルナのほっぺから手を離せばなんとか誤魔化せたかもしれない。だが、いきなりのことで"手を離す"という考えはなかったようだ。
アルナが、ほっぺにあるブラッドの人差し指をつかむ。目はまだ半開きで、いかにも寝起きといったような感じだ。
「なにこれ……ゆび…………?」
「うーんと、これはだな…………うーんと、アルナ……」
なんとかそれっぽい言い訳を言おうにもなかなか思いつかないのか、ブラッドはうーんと言って口をモゴモゴさせる。
「ぶらん、もしかして、私のほっぺをさわって……」
「……ごめんなさい」
素直に頭を下げて謝る。下手に言い訳をしても無駄だと思ったのだろう。
「ど、どうして謝るの……?」
「だ、だって……なんか気持ち悪いだろ……ほっぺをベタベタ触ってさ……」
「……ベタベタ……?」
「あっ、いやっ、そんなベタベタって……。そんな触ってない……はず…………いや、触ったか……?」
「どっち……」
「でもでもっ、アルナのほっぺを触ったのは事実だからっ!だから、だから…………ごめん……」
アルナは何も言わない。ブラッドも、ほっぺを触っていたときまでの満足そうな顔はどこへやら、すっかりシュン……としてしまった。
そんなブラッドの様子を見て、アルナはブラッドの
太ももから顔を離し、スッと起き上がる。
「アルナ……?」
ブラッドが消え入るような声でつぶやいた瞬間、アルナはブラッドの人差し指を掴んで、その指を自らの……つまり、アルナのほっぺに向かって運んでいく。
これまたいきなりのことで、ブラッドは呆気に取られて何も出来なかった。そして、されるがままブラッドは……アルナのほっぺをツンツンしていた。
「うーん、やっぱなんか違う……」
「あ、アルナ……?」
「私、全然嫌じゃないよ。ほっぺ触られるの。なんだがくすぐったくて、でもどこか気持ちよくて、懐かしくて……私は好き。それにブランだよっ!嫌がるわけないじゃん!」
「本当に、嫌がってないのか……?」
「もうっ!大丈夫だってっ!」
「でも…………って、うおっ!」
アルナはブラッドの人差し指を離し、その離した指でブラッドのほっぺをツンっと触る。
「じゃあ……これでおあいこってことでどう?」
アルナが屈託のない笑みを浮かべて言う。ブラッドも、顔を少し赤くして、アルナに対して微笑みかける。
「……いやー、しかしアルナのほっぺは柔らかかったな。あったかくて……」
「私のほっぺ、気に入ったの?」
「まあ、そりゃあ……」
「じゃあさ、もう一回ツンツンって触ってよ。やっぱりブランに触ってもらいたい!」
「……こうか……?」
「んー!やっぱこうして触ってもらうのが一番だね!」
「……なあ、俺のほっぺは……どうだった?」
「うーん、ちょっとかたかったかも。ブランって感じだった!」
「……なんじゃそりゃ」
「えへへ……」
アルナが照れた時、二人のお腹からぐぅ~と音がする。そういえば、もうお昼時。ブラッドとアルナは互いに見合って笑って、昼ごはんを食べに行くためにベンチを立ち上がるのだった。