6話 お散歩!①
「ねえっ!見てみて、ほらっ、お日さま!」
「あ、ああ……そうだな……」
……外に出てからというもの、アルナのテンションがちょっとおかしい。まあ、ブラッドと出かけるのが楽しみなんだろう。……しかし、外に出てからずっとこんな調子なので、ブラッドは少し戸惑っている。
「アルナ、そんなに俺と散歩出来るのが嬉しいか……?」
「うん!だってだって……ブランと初めてのお出かけだよ、お散歩だよ!?楽しみにならないわけがなくない!?」
「あ、ああ……そうだな……」
ブラッドはアルナのテンションの高さに押されてさっきと同じ返事しか出来ない。
「えっと、えっとぉ……行きたいところがいっぱいあるの、ブランと一緒に行きたいとこ!公園でしょ、いつも買い物で行ってるお店でしょ、私の通ってる学校でしょ、美味しいレストランでしょ……あと、河川敷も外せないよねっ!」
「別に河川敷とか行かなくてもいいような……」
「んっ、そう?」
「河川敷ってここからちょっと離れてるだろ?……疲れないか?」
「私ならへっちゃらだけど?」
「そういう問題じゃないような……」
「もしかして嫌だった……?」
「いや、別に嫌ってわけじゃあ……」
「じゃあ、大丈夫だよねっ!」
「……も、もちろんっ」
……相変わらずブラッドはアルナの圧に押されている。また、ブラッドは不本意かもしれんが、傍からみれば背の高い黒い姿の男が、背もまだまだ男に及ばないか弱い少女に押されている姿というのはなんかギャップがあって面白い。
……しかし、ブラッドは圧に押されながらも心配していることがあった。それはアルナのテンションが高いがために他の人に迷惑をかけること。
殺人などこれまで散々人に迷惑をかけてきたブラッドが今更なにを考えるかと思うかもしれないが、どうしてもアルナが関わることに対してはこういうことに敏感であった。
事実、これまでのブラッドの会話も立ち止まって聞いているわけではない。歩道いっぱいに左右にゆらゆら〜とふらふら歩きながら話しているのだ。
「アルナ、そんなにふらふらしないほうが……」
「ん、なになに〜」
「だ〜か〜ら〜……」
ブラッドが続きを言おうとした瞬間、前の方からゴツンと少し鈍い音がする。人と人とがぶつかる音。……ブラッドの心配は現実のものになってしまった。
「ほら!アルナ!」
「う……いてて」
ブラッドは強い口調でアルナの名前を呼ぶ。当のアルナは、頭を押さえて涙目になっている。
「あ、あ、あの……ごめんなさい……」
さっきまでのテンションはどこへいったのやら、アルナがちょっとしてから謝るときにはすっかりしょんぼり元気を無くしているようだ。
アルナにいきなりアタックされた女の人の方は、当たった衝撃で少しよろけて、また、お腹の方を押さえている。外から見れば大きなケガは無さそうだが……。
「……おい、大丈夫か……?」
「う、いてて……まったく困っちゃ……」
アルナが謝ってから少しの時間が経ち、ブラッドが心配する言葉をかけた後、女の人が言葉を発する。しかし、アルナの顔を見た瞬間、最後まで言うのをやめてしまった。
「……って、アルナちゃんじゃん」
「えっ、モニカお姉ちゃん……?」
……どうやらアルナと、アルナにぶつけられた女の人ことモニカは知り合い?らしい。アルナにちょっとした注意をしたり、モニカを心配していたブラッドもこれには驚きだ。
「えっ……二人って知り合い……ってか、姉妹!?」
「違う違うっ!違う階に住んでるただ年の近いご近所さん!」
「あっ、近所の……」
モニカがとっさに否定する。ブラッドは近所に住んでいる人と聞いてほっと落ち着いたようだ。……仮に、本当の姉妹だったらどうするつもりだったんだろう。
「……まったく、やたら前の方にテンションの高い子がいると思ったらそれがアルナちゃんだったとは……ちょっぴり意外」
「だから一発で知り合いだって分かんなかったのか」
「そうそう、あんなアルナちゃん初めて……って、あんた誰……?」
「……今更だな」
モニカが今になって"誰?"とか言い出すので、ブラッドは少し困惑している。モニカがブラッドのボロっちい身なりをまじまじと見ているのもブラッドを不安にもさせる。
「な、なんだよ……」
「アルナちゃんのテンションが高い理由……あんたが原因だったりして!」
「…………まあ、否定はしないが……」
「やっぱり!」
ブラッドが"関係ある"といった旨の発言をしたので、モニカのブラッドの見る目はさらに鋭くなる。ブラッドもモニカの見る目が変わったのを感じているが、それがどうしてかはあまりピンときていない様子だ。
「おいおい……どうしてまたそんな目で……」
「……あんた、何者?アルナちゃんとどんな関係なの?……なんか怪しいんだけど」
「……い、いや何者とかどんな関係って言われても……」
「もしかして、人前で言えないような……それにあんた、見るからに……」
「違うっ!」
今まで何も言ってこなかったアルナが勢いよく言うものなので、モニカは呆気にとられている。ブラッドもアルナがいきなり声を張って言うものだからびっくりしている。
「ア、アルナちゃん……」
「ブ、ブランはそんなんじゃないもん。ちょびっと不器用なところもあるけど……ブランは私のわがままを聞いてくれたり……私の作った料理をおいしいって言ってくれたり……」
「アルナ……」
「だ、だ、だからブランをそんな風に……」
アルナの勇気を出した言葉たちの甲斐あってか、モニカのブラッドを見る目も、少し優しいものになってきた。また、モニカは二人に対して微笑みかける。
「……あーあ、私が間違ってたみたい。……ごめん、二人とも」
「い、いや、ちゃんと言わなかった俺も悪いし……」
「まったく……そうよ。アルナちゃんがここまで言うんだから……。怪しい奴にはここまでしないだろうし。それに、アルナちゃんのテンションは"怯えてる"とか"助けてほしくてたまらない"とかじゃなくて、"楽しみ" とかの明るい感じのやつだったじゃない……!」
……どうやら、ブラッドが"怪しい奴"じゃないと分かってくれたようだ。
「……んっ?まあ、この人がアルナちゃんにとって怪しい人じゃないことは分かったけど、結局二人の関係って……」
「……げっ」
「そ、それはぁ……うーんっと」
……結局のところブラッドとアルナの関係はどんなものなのだろうか。一番近いのは"同居人"や"知り合い"、"主従関係"が挙げられるのかもしれないが……。昨日会ったばかりとは思えないほど、二人の関係は、傍からはこれらの言葉では言い表せないものに見えていた。
なにを言っても嘘になりそうなので二人はうーん、うーんと悩んでいる。
「はっ、もしかして……」
「なんだ、今度は」
「二人の関係って……恋人同人だったり!?」
「……ヘっ?こ、こ、こ、こ、こいびとっ!?」
「だってだって、二人ともなんか黙ったままだし、なんかちょっと言うのが恥ずかしそうに見えたというか……今もなんか二人とも顔赤くなったしキョドってるし」
……どうやらモニカは二人の関係を"恋人同人"だと解釈したようだ。
「……い、い、いや俺たちはっ……」
「うん、悪かった。こんなこと聞いた私が悪かった。…………うん、二人とも初々しいねっ!」
「俺の話を聞けーっ!」
「……まっ、彼氏くんならアルナちゃんを任せても大丈夫そうだし……」
「彼氏って言うなっ!」
「まっ、なんでもいいけど……」
モニカがそう言うと、突然すっとブラッドの横まで行く。ブラッドは"恋人同士"やら"彼氏くん"やら言われて呆気にとられてぼーっとしている。
「あの子のこと、よろしくね」
モニカがブラッドの耳元でボソッと言う。……イマイチブラッドには届いて無さそうだが、ちゃんと聞いている……はず。
「じゃっ、初々しい二人の邪魔をするわけにもいかないし……私はもう行くね!」
そう言って、モニカはお別れの言葉を言いながら歩きだす。しかし歩き出したのも束の間、モニカはもう一度、ブラッド達の方を振り返る。
「……あっ、あとアルナちゃん。テンションがあがってもさっきみたいに動き回らないほうがいいよ。私みたいに痛い思いをする人が出てくるから!」
「じゃっ、今度こそまたね〜!」
モニカは最後にアルナに対して言い残し、また歩き始めた。
「行ったな……」
「うん……」
「……俺たちって、傍から見ればこ、こいびと同士に見えるのか……?」
「ど、どうなんだろ……。分かんないよ……」
「…………てか、ちょっと近くないか……?」
「……別に、そんなことないもん」
「そ、そうか……」
「テンションがあがってモニカお姉ちゃんみたいに迷惑かけないように、ブランにくっついてるだけだもん……」
「やっぱ近づいてるじゃねーか!」
どうやらアルナは、モニカの"あんまり動き回らないように"という言葉を、ブラッドにくっつくことで守ろうとしているみたいだ。
モニカが行ったので、二人はモニカとは反対の方向を歩き始める。
「なあ、ちょっと歩きにくいって……」
「……我慢して」
「……はい」
歩きにくいと言いながらも満更でもない様子のブラッド。また、ブラッドにくっついいて歩けて満足そうなアルナ。二人とも顔が赤く、満たされた顔をしている。
二人が行っている方向には、もう少しまっすぐ歩くと横断歩道があり、渡ると肉屋や八百屋、菓子屋などの店が横一列に並ぶところに出る。始めはこういった店に行くことになりそうだ。
始めっからモニカに会ったり、変に疑われたり、恋人同士だと言われたり……まだ二人の散歩は始まったばかりだが、これから行く先々でもまたなにか起こるのだろうか?