5話 散歩の準備!
「うーん、こっちの方が……。いや、あっちも捨てがたい……」
「おーい、アルナぁ!まーだーかー!」
「まだまだ!もうちょっと待ってて!」
「……このやりとり何回目だよ……」
「んっ?なんか言ったー?」
「い、いやなんでもっ!」
ブラッドは今、寝室の外にちょこんと立たされ…………いや、立っている。アルナが散歩で着る服をじっくりと吟味しているからだ。アルナに、"私が着替え終わるまで部屋の外で待ってて!"との言葉があったからで、決して別に強制的に立たされているという訳ではない……はず。
まあ、ブラッドには今着ている黒い少しボロっちい服しか持っていないので、こうして待ってアルナと内容の変わらない会話をするしかないのだが。
こうした会話のやり取りが何回か続き、ブラッドが"早く皿洗いを終わらせた意味って……"などと考え始めた頃、ようやく開かずの寝室の扉がガチャッと開く。
「ごめん、待った〜?」
「い、いや……そんなに」
ブラッドは苦しそうな笑顔で返事をする。自分の本当の気持ちを悟られないように最大限の努力をして。
「……本当かなぁ」
……怪しまれたみたいだ。そりゃあ、アルナの顔を見ずにそっぽを向いて返事をすればねぇ……。アルナがブラッドの横顔を目を細くしてじっと見る。
「ねえ、どうしてこっちを向かないの……?」
「それは……」
ブラッドはアルナの顔を見ることが出来ずにいた。見てしまったらアルナに対する待たされた気持ちが溢れてしまうと思っているからだろうか。ブラッドにとって、それはなによりも避けたいことであった。
「ねーえっ!ブラン!」
なかなかブラッドがアルナを見ようとしないので、アルナの方からブラッドの顔が見えるところに移動する。
「うおっ……いきなり……」
「ねえ、ブランったらどうしたの……?」
「なんでもね……え」
いきなりブラッドの言葉が詰まる。"自分の態度から察しろ"というものなのだろうか。……いや、ブラッドにそんな器用なことは出来ない。良くも悪くもブラッドは正直な奴なんだから。……では、なぜ言葉に詰まっているのだろうか。
「……か、かわいい……」
「……へっ?」
「……い、いや、めちゃくちゃかわいいなって……」
「……」
ブラッドは口元を手で押さえてまたそっぽを向く。"かわいい"と言ったのが今更恥ずかしくなったのだろうか。アルナもフリーズしたかのように一瞬動きが鈍る。二人とも予期していない行動に弱いのか。
「……もうっ!ブランったらいきなり……照れるじゃん……」
「あ、ああ……悪かった……」
「でも、嬉しいな。ブランに"かわいい"って言ってもらえて。頑張ってブランのために選んで良かった……」
アルナは手で顔を押さえて言う。隠しているつもりなのかもしれないが、指の隙間からほっぺが赤くなっているのがバレバレだ。
「でも、ちょっと時間がかかったかも……。ブランも待たせちゃったね」
「いや、俺のためなんだろ!?全然全然っ!大丈夫だって!」
「ブラン……ありがとう」
……さっきまでアルナにいろいろ言ってしまいそうだからとそっぽを向いていたブラッドが、今はアルナのあまりの可愛さに照れてそっぽを向いている。さらには"全然大丈夫!"とかなんとか言っちゃって……。
「さ、さてっ!準備も終わったし、そろそろ……」
「うんっ!……って、言いたいとこなんだけど……」
「な、なんだよ」
「ブラン、本当にその格好でいいの?」
「……俺、この服しかないぞ」
「でも、ちょっと汚れてたり破れてたり……お父さんの服がタンスにあるはずだけど……そっちの方着てく?」
「……いや、せっかくだけどいい。この服、こんなんでも気に入ってんだ」
「……そう、分かった。でも、今度その服ちょっと貸して!」
「な、なんでだよ」
「直すの!こう見えても私、裁縫が得意だったり……」
「まあ、アルナがそう言うなら……」
「えへへ、任せてっ!」
アルナは嬉しそうに張り切って言う。ブラッドもまんざらでもない様子だ。
「じゃあ、今度こそいいか?」
「バッグもあるし、財布もあるし……うん!」
「じゃあ……」
『しゅっぱつ〜!』
二人の威勢のいい声が部屋中に響く。ブラッドは言うと同時に拳を天井に突き上げていて、アルナよりも気合が入っていそうだ。
ブラッドとアルナは玄関に向かって歩き出す。歩くたびに、髪の青い花の髪飾りや膝丈くらいの青いスカートがフワッフワッと揺れる。どうやら楽しみなのはアルナも負けていないようだ。
アルナは、朝ごはんの時にブラッドとどこに行くかの会話をしていた時に、どこに行くか迷っていた。お店や公園、河川敷にレストラン……。始めはどこに行くのだろうか。