4話 朝ごはん!②
「……なによ」
アルナがブラッドに質問をする。ブラッドが、アルナやアルナの持っている皿の方をジロジロと見ているのが気になったのだろうか。
「い、いやなんでも……」
「……嘘。私には分かるよ。……で、なに?」
アルナは少し機嫌でも悪いのか、若干ぶっきらぼうな態度でブラッドに接する。
「……そんなにがっつかないで、もう少しゆっくりしてても良いんじゃないかって思って……」
「それ、ブランが言えること?」
「……すみません」
ブラッドが頭を下げて謝ると、アルナはお皿とスプーンをテーブルの上に置く。お皿にはまだトマトやパプリカなどの具材がまだ残っているようだ。
「だって、だってっ!ブランったら食べるのが早すぎるんだもん!おまけに私は食べるのがとっても遅いし……あんまりブランを待たせたくないから……」
「あのな、アルナ?俺は別にゆっくりでも大丈夫だから……」
「ううん、私が駄目なのっ!ブランと一緒に散歩に行くって約束したのに、出かけるのが遅くなるじゃん!」
「時間と散歩は逃げていかないぞ……」
いつもは諭される側であろうブラッドが珍しく諭そうにもアルナは聞く耳を持たない。
「とにかく、私はブランのように早く食べてみせるから!頑張るから!」
「あんま、そこは頑張らなくてもいいんじゃないか……」
「それに、お互いに寄り添うっていうのは大事だもんね!」
「これは俺の方が寄り添わなきゃいけないし、あと、なんか違う……」
アルナは、早く食べ終わるという目標に向かって気合入れの為か、一回ふふんっと鼻を鳴らすと早速皿を持って食べ始めた。
「……ほどほどにな」
部屋には頻繁に、スプーンが皿に当たる甲高い音がしている。ブラッドはそんな必死そうなアルナを見て心配になりながらもアルナに微笑みかけるのであった。
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……アルナが食べ始めて5分、いや3分くらい経った頃だろうか。3分前にはまだあった食べかけもバケットも、具材のそこそこあったスープも、コップに入った水も全て無くなった。アルナはちょっと疲れているみたいだが、頑張ったのだろう。
「……アルナ、大丈夫か?」
「う、うん。だ、大丈夫……」
「……本当にか?」
「だ、だから大丈夫だってっ!」
ブラッドの心配をよそに、アルナは勢いのある返事をする。傍からみてもどこか疲れているアルナだが、自分がちょっと無理をしたことを隠したがっているようだ。
「……そうか。じゃあ、早速皿洗いをしようと思うのだが……」
ブラッドはそう言い、イスから立ち上がる。アルナもブラッドの様子を見て立ち上がろうとするが、無理をしたからか少し苦しそうだ。
「……ちょっと休むか」
「ご、ごめん……。きゅ、きゅうけい……」
ブラッドはイスに座る。目の前には両手でお腹を押さえ、アップアップと苦しそうなアルナの姿。こんなとき、ブラッドはアルナのことになれば必死になってそうだが、今回は至って冷静だ。
「まったく、無理しやがって……」
「……ごめんなさい。でも……」
「アルナの言いたいことは分かる。"ブランのため"とか、"約束のため"とかって言うんだろ?」
「せ、せいかい……」
「でも、早食いを直さないといけないのは俺だし、それに無茶をして急いでもそんなにいいことはないぞ?」
「……しみじみと言うけど、ブランはそういう経験ってあるの?」
「まあ、経験者は語るってやつだな!」
「……なにそれ」
硬い表情をしていたブラッドが笑って得意げに質問に答えるものなので、その様子を見たアルナもクスッと笑う。
「なあ、皿洗って支度が終わったら散歩に行くんだろ?どこを回るとかって予定はあるのか?」
「うーん。そうだなぁ……」
アルナは腕を組んで首を傾げて悩んでいる。結構真剣に考えているようで、なかなか次の言葉を言う気配がない。
なんとなく聞いたブラッドも、こんなに真剣に、真面目に考えるとは思っていなかったのか、少し戸惑っている様子だ。
しばらく沈黙が続いたが、それを破る音は、アルナのパチンッと手を叩く音だった。静かな分、部屋中に響く。
「あーっ、もうっ!いろいろ考えてもこんがらがる!とりあえず、まずはいつも行ってるお店に行って……ブラッドと初めて会った河川敷にも行って、お昼はどっかのレストランで食べて……」
「……なんか、盛りだくさんだな……」
「いいでしょ!ブランと行きたいところがたっくさんあるの!」
「……じゃあ、早く準備しないとな!」
アルナの様子も普通に戻ったので、早速ブラッドがテーブルに手をつき、よっこらせと立ち上がろうとする。このまま、皿洗いタイムに突入!……かと思いきや、アルナから声がかかる。
「ちょ、ちょっと待って〜!」
「んっ、どうした?散歩のための皿洗い、早く済ませるんだろ?」
「それはそうなんだけどっ!いつも食べ終わった後に言ってる言葉があるのっ!」
「……あれ、なんかデジャヴ……?」
ブラッドにとってこのように止められる経験は初めてではない。朝ごはんを食べ始めるときにも、アルナから"待って!"と言われて泣く泣くバケットをカゴに戻した苦い経験がある。
「……その言葉ってなんだよ……」
ブラッドはそんな苦い経験を思い出しながら、アルナに質問する。
「ごちそうさまでしたっていうんだ〜。これも東洋の言葉で、食べ終わった後に、いろいろなものに感謝する言葉なんだって!」
「いろいろなものって……例えばなんだよ」
「うーん……私とか?」
「……ん、まあ、そうだな」
ブラッドがそう言うとまたイスに座る。アルナは、ブラッドがイスに座ったのを見ると、手を合わせる。ブラッドもそんなアルナの様子を見て真似をする。
「手を合わせて……せーのっ……」
『ごちそうさまでした!』
二人の威勢のいい声と、パチンッと息の合った手を叩く音が部屋中に響く。