【短編版】偽聖女と言われ追放されたので聖なる力を捨てて理想の自分になります
今回は笑いゼロ、どシリアス(作者比)です。
初めて処刑ざまぁモノにチャレンジしてみました。よろしくお願いいたします。
「ジーナ、よくもこの俺を騙したな! 婚約は無効だ!」
王宮にて婚約者であるディラン王子に呼び出された聖女ジーナは、皆の前で突然に言われた言葉と、王子の怒りの表情に目を見張った。痩せて骨ばった指先は自然と組合わさり、いつも行う祈りの形になる。
「だ、ました……?」
彼女は銀の目を見開いたまま、全く心当たりがない言葉に首を傾げる。聖女として日々国中を浄化して周り、忙しく過ごすジーナには王子と会う時間も少ない。その貴重な時間をわざわざ嘘を吐き、騙すことなどに使うだろうか。そもそも聖女に嘘は禁じられているのに。
ディランは憎々しげに彼女を睨み付け、さらに声を荒げる。
「お前は偽物の聖女だろう。ここにいるアリッサがそれを証明した!」
「!」
王子の声に合わせ、その傍らへ進み出る令嬢が居た。豊満な胸を強調するデザインの華やかなドレスとネックレスを身に付け、艶やかな化粧を施し美しく着飾っている。ジーナは確かにそのアリッサという令嬢に見覚えがあった――――
それは先週のこと。ある土地に突如出現し大きくなっていた“穢れ”のひとつを浄化するため、ジーナが聖水を垂らそうとしたその瞬間。無理やりこの令嬢が数名の側仕えと共に割り込んできてジーナの手から瓶を奪い取り、聖水を撒いて辺りを浄化したのだ。
「見たか! ここにおわすアリッサ様が“穢れ”を浄化したぞ!!」
アリッサの従者が遠巻きに見ていた民衆へ向かい声高く宣言する。横暴とも言える行動にジーナの側にいた人達は「抗議をすべきだ」と憤っていたが、ジーナは困り顔で首を横に振った。肝心なのはこの地にあった“穢れ”を浄化し、魔物が寄ってこないようにする事であり、誰が浄化したかなんて話は些細な事だと思ったから。
それにジーナには抗議をするにも、国王や王子にこの状況を上手く説明する言葉を思いつけなかったから――――
「お前に“穢れ”を浄化をする力はない! 教会から貰った聖水を撒いているだけの、ただの平民の女ではないか!」
「私は……偽物の聖女では、ありません」
ジーナはディランに詰め寄られている今でさえ、そうとしか言えなかった。彼女は持ち合わせる語彙がとても少なかったのだ。王子やアリッサのように恵まれた環境に生まれた者とは違い、ジーナは平民の孤児出身。教会の下で厳しく制限された生活を送ってきた。文字を覚え本を読むことが許されなかったのも制限のひとつ。
「本を読もうとすると目が悪くなる。教典は口伝で十分だ」
教会の司祭達はそう言い、ジーナが文字を覚える機会を奪った。彼女の価値は聖女になれる可能性だけ。その可能性を潰せば孤児院に戻され、怒った院長から折檻をされるかもしれない。ジーナは神の祝福を得るために唯々諾々と教会の人間の言うことに従った。
ひとつ、嘘をついてはならない。
ふたつ、肉を食べてはならない。
みっつ、美食や過剰に着飾るなどの贅沢をしてはならない。
よっつ、常に落ち着いた水のような心を持たねばならない。
口伝で伝えられた教え全てを守り、ひたすら神に祈る生活を少女は送った。青白く痩せた弱弱しい身体を拭き、たまに風呂に入ることと茶色の髪を梳る以外の身だしなみを許されず、清く倹しく生きた。その努力を神は認めたのだろう。ジーナに聖なる力を与え、彼女は聖女になれたのだ。
その努力を踏みにじるような王子の発言に、ジーナは組み合わせた手を更に固く握り、必死で訴える。
「私は偽物の聖女では、ありません。きちんと浄化をしています!」
民にとって国外にいる魔物は脅威だ。その魔物は国内に“穢れ”が発生すると引き寄せられ入ってくる。“穢れ”を取り除く聖女と教会に皆感謝し、今や王家よりも民の求心力が高い状況である。教会がこれ以上力を持つことを恐れた国王は、聖女を王子の婚約者に迎え身柄を王家預かりにするよう教会へ言ってきた。
王子の婚約者になったとて、ジーナの生活はさほど変わらなかった。肉や酒や菓子を摂らないため身体は痩せて骨張ったまま。それを包む衣服は未来の王子妃とは思えぬほどみすぼらしく、装飾品も身に付けない。怒りや涙を見せることはおろか、大口を開けて笑うことも、本や音楽や芝居を楽しむこともしない。ただ毎日神に祈る。または国中のあちこちへ出向き、“穢れ”を浄化するだけ。
ジーナはやってみたいことを……欲望を表に出せば、神に与えられた聖なる力を剥奪され、聖女ではなくなるかもしれない、と恐れていたからだ。
そんな聖女ジーナが得た民の信頼を、国王は彼女ごと奪って王家の者にしようとした。そして国王の子ディランは今、彼女に偽物の聖女の烙印を捺して捨てようとしている。ジーナは恐怖に震えた。だが震える唇から出てくる言葉はあまりにもお粗末で。
「私は、偽物ではありません……!」
申し開きをせず同じ言葉をただ繰り返すだけの聖女ジーナ。突然王宮内に呼び出されたため、その場には国王はおろか王太子に逆らってまで彼女を庇う者も居なかった。ディランは勝ち誇って言う。
「聖女と偽り王家を欺くなど大罪だ。勿論婚約は無効。お前は即国外追放だ!」
ジーナはその場で捕らえられた。王子の従者と護衛の兵が彼女を縄で縛り猿轡を噛ませ、目立たない荷馬車に放り込む。秘密裏にことを済ませようとするのは、教会側からの抗議を待たずに追放する為だろうか。または後から大義名分を拵え、辻褄を合わせる気かもしれない。
馬車は城を出、街を抜け、町村を抜けて行った。その目指す方角にジーナは見覚えがあり、すぐに行き先を悟って青くなる。思わず叫ぼうとしたが猿轡の為に声がくぐもり上手く出ない。彼女は目に涙を浮かべ、どうしようもなく震える身体を馬車の荷台に横たえるしかなかった。
国外追放は当然国の外へ追い出すと言う意味だが、向かっている方角は隣国ではなく、よりによってどの国も領地にできない荒野。つまり魔物が最もはびこる場所だったのだ。
国境までくると従者はジーナの縄を解き、一頭の馬に乗せた。
その逞しい黒毛馬は力を持て余して度々問題を起こし、腕利きの馬丁も手を焼いていた暴れ馬だった。彼らは馬ごとジーナを魔物に喰わせ処分しようという腹づもりなのだ。
兵の一人が激しく鞭で黒毛馬の尻を叩く。馬は大きく嘶くと、ジーナを背に乗せ荒野に向かって一気に駆け出した。
一人で馬に乗ったことの無いジーナは振り落とされないよう、必死で鬣にしがみつき震えていた。しかし時間の問題だ。振り落とされなかったとしてもどの道すぐに魔物に出会い喰われてしまうだろう。
「ああ……あ、あああ……!!」
ジーナは馬の背で言葉にならない叫びをあげた。熱いものが彼女の中からこみ上げ、両の眼から透明な液体となってこぼれ落ちる。彼女は毎日神に祈ってきた。誰よりも神と教会に従順で、信仰の見本のような生活を送っていた。その彼女に対する仕打ちがこれなのか。こんな時にも神は助けてくれないのか、と激しい感情がジーナを揺さぶる。
(ああ、この世に神などおわすものか!!)
聖女はこの理不尽さに怒り、神への信仰を捨てた。その瞬間、また神も彼女を見放し、彼女に与えられていた聖なる力は永遠に失われてしまった。
◆◇◆
それから。国は混迷を極めた。
「偽物の聖女を送り込んだ教会に、詫びとして聖水を出させろ! それで皆で浄化をすればいいのだ!」
みすぼらしいジーナよりも派手で艶やかなアリッサを妻にしたかったディラン王子は意気揚々とそう言ってのけた。浅はかなことに教会に聖水を差し出させ、王立騎士団にでも浄化の作業を任せれば良いと考えていたのだ。
ジーナが聖女になる数年前はそうだったし、それでも国内のあちこちに魔物が蔓延っていたというのに。安全な王都でぬくぬくと少年時代を過ごしたからなのか、それとも他でもないジーナがもたらした平和にどっぷりと浸かるうちに忘れていたのだろうか。なんにせよ彼は取り返しのつかない事を仕出かしたことには違いない。
この国が平和を保っていたのはジーナが日々国中を周り、各地に発生した“穢れ”を浄化していたお陰だ。
“穢れ”は魔物を引き寄せ、強化する。“穢れ”が大きくなればなる程、それを求めた強い魔物が周りに現れるようになる。
その“穢れ”を浄化するのが聖水。教会の神殿内で司祭や聖女達が何人も集まって神に祈りを捧げて作られる。この聖水は誰にでも使えたが、貴重なものだから無駄遣いもできないし教会が許した者にしか与えられない。
王子の婚約者として教会を出た後も、ジーナは特例で定期的に聖水を渡されていた。その理由は彼女がわずかな“穢れ”でも見つける事が出来たからだった。
彼女は小さい頃孤児院にいた。
「あの鳥さん、灰色と茶色のしましま」
ジーナが頭上高く飛ぶ鳥を指さし、その羽の色を詳しく当ててみせたのを見た孤児院の院長はにやりと笑んだ。彼女が生まれつき非常に優れた視力の持ち主であると気づいたのだ。院長はすぐに教会に彼女を引き渡す。以降ジーナは聖女となる為に厳しく育てられ、神の祝福を得て聖なる力を手に入れた。
彼女の聖なる力とは、浄化が出来ることではない。“穢れ”の発生源がまだ小さく、誰も気づかない内に見つける眼力だった。その目を使い、的確に聖水で“穢れ”を浄化していたのだ。
ジーナがディラン王子によって一方的に国外追放されたと知った教会の司祭達は憤り、「彼女は本物の聖女だった。その眼に聖なる力が宿っていた」と王家に正式に抗議はしたが、しかしすぐに怒りを鎮めた。
その理由は三つある。一つは、怒ったところでもう彼女は帰ってこないからだ。そしてもう一つ。彼らが激昂すれば神の愛と祝福を得られなくなる恐れがあるから。ジーナほど効率良く浄化をできる者はいなかった……つまりこれから先、浄化には今までよりも多量の聖水が必要になることを指す。今まで聖水を密かに売って金を集め堕落していた者も、ジーナのような孤児達に厳しく当たりつつ自分には甘かった司祭も、皆一斉に清貧に努め、一心不乱に神に祈りだし、聖なる力でより多くの聖水を作り出した。
それでも足りなかった。いくら多くの聖水を作り出したところで、普通の者には“穢れ”がある程度大きくなってからでないと見ることは出来ない。そのある程度の大きさになった頃には魔物も出現しやすくなっている。浄化をしに行った騎士団の兵が魔物と鉢合わせをすることもあった。効率は悪く、犠牲は多かったのだ。国民は再び魔物の脅威に怯えるようになった。
司祭たちが怒りを表に出さなかった理由の最後の一つ。それは彼らにはわかっていたのだ。
「私たちが何か言わずとも、神は見ておられる。公平に裁きを下される」
一人の司祭が口にした言葉は、やがて現実となった。
国王はディラン王子の行動を厳しく叱り謹慎を命じたが、聖女ジーナを失った民の怒りはそれでは収まらなかった。王子の管理能力を疑われ、王の威信をも疑う者が増えた。
民だけではない。王家が持つ騎士団からも不満が噴出した。ジーナがいた頃は平和が保たれ、殆ど危険な目に遭うことはなかったが、今は命がけで“穢れ”の浄化や魔物の討伐にあたらねばならない。自分達の「上」が無能なために起きた事態に、兵達は理不尽さを感じていた。
民衆と兵の不満と怒りが最高潮に達した時、王立騎士団を率いる将軍が王を裏切りクーデターを起こした。武力の長が王に剣を向けたことで、ほぼ無血で革命は成功。国王夫妻は幽閉で済んだが、国を混沌に導いた諸悪の根源として、王子ディランと、彼を唆した令嬢アリッサは民衆の目の前で処刑された。
◆◇◆
無能の烙印を捺された国王を王座から退かせたとて、民衆や兵の溜飲が一時下がるだけで、魔物の脅威が薄れる訳ではない。将軍はそこを弁えていた。革命後、彼はこう宣言したのだ。
「国を導くのは魔物に対抗できる勢力、つまり聖水を作る教会こそが相応しい。我々騎士団は教会の下に入り、民を守る剣と盾になる」
そうは言っても騎士団の扱い方や政治など、教会の司祭達は今まで考えたこともない。ただでさえ聖水を作る事に追われて心身を削っているのに、突然回ってきた大役を上手くこなせる筈もなかった。結局彼らは将軍が折に触れて細かく提示してくる「助言」をそのまま受け入れた。つまり将軍は名を教会へやり、実は自分の手中に納めたのである。
だがしかし、状況は少し好転したと言っていい。王立騎士団は聖騎士団と名を改め、その武器や鎧に聖水を振りかけて魔物との戦いへ赴くようになった。それにより死傷者は減少。魔物討伐の効率は格段に上がった。民は教会と聖騎士団へ、感謝と篤い信奉を捧げた。
……まあ、聖騎士団の魔物討伐の効率が上がったというのは表向きの話だが。
いくら聖水で強化した武具を纏ったからと言って、全ての兵がすぐに魔物を討伐できるようになるわけではない。実際に今まで魔物との戦いを見てきた将軍はそれを嫌と言う程知っていた。
故に聖都に近く、比較的魔物が弱い上に民の目が多い地域は見栄えはするがあまり強くはない兵を配置し、国境に近い危険な地域には歴戦の猛者を充てた。
この「歴戦の猛者」というのは、実は聖騎士団以外の人間が大半だ。将軍は野蛮な傭兵団を雇い、金と聖水を渡した。彼らは元々遊牧の民として生まれ、馬を駆り、弓矢や槍を用いて狩りをする者達だ。
彼らは倒した魔物を捌いて焚き火で焼けば肉の“穢れ”は消えると主張し、魔物の肉をも喰らう。実力は折り紙つきでもそんな蛮族を騎士団の正規兵として迎え入れれば民衆の顰蹙を買いかねない。だから最前線の、民の目の無い地域での戦いのみを彼らの担当とした。
今日も辺境では聖騎士団と魔物とがぶつかっている。兵達は敵の侵攻を食い止めようと必死に抵抗するが、獰猛な魔物の爪はひと振りで凄まじい威力を放ち、当たりどころが悪ければ命を刈り取られてしまう。荒野に近い平原には土煙と叫び声と血の匂いが交じり合う空気がたちこめ、地獄の様相だ。
と、その淀んだ空気を斬り裂くように、兵達の後方から数十羽の白い小鳥がまっすぐに飛んでいく。いいや、小鳥に見えたそれは白い矢羽をつけた矢だった。
複数の射手から放たれた矢は次々に魔物に突き刺さっていく。中でもひとりの女が連射した3本の矢はトットトッという小さな音を立てて見事に3匹の魔物の目をそれぞれ射抜いている。あまりにも見事だったために、射られた魔物は一瞬何が起きたのか理解できずにいた。けれど聖水を塗った鏃は魔物の脳までも射抜いており、それに気づいた時にはもう手遅れだ。
「グ、グア? ……ギィエエアアア!!」
数秒後に魔物は断末魔の叫びをあげる。その叫びに混じってドッドッという重い蹄の音と快活な女の笑い声が辺りに響いた。
「アハハハッ! 皆、死にたくないならそこを退きな!!」
それを聞いた聖騎士団の兵達が射線を開けるために左右に割れる。自然と出来上がった人垣の道を縫って走ってくるのは逞しい黒馬を筆頭に、十数頭の馬とそれらに跨った人間。彼らは皆褐色の肌を持ち、それぞれ弓や槍を手にしている。紛れもなく傭兵団の一味だ。
先頭の黒馬に跨がった女は大きな弓を携えていた。その弓を持つ左手には同時に手綱を握り込んではいるが、それはだらりと弛み役目を果たしていない。馬は手綱を引かれずとも何をすべきかわかっており、まさに人馬一体だった。黒馬は兵達を避けながらも戦場を稲妻のように素早く駆け抜け、ほぼ最前線までくると弓を射やすくするために魔物と垂直に体を向けた。
女は既に馬上で矢を弓につがえている。後ろで一つに結った彼女の茶色い髪が馬の尾と同じリズムで揺れるが、彼女の身体は全くぶれない。日に焼けた小麦色の、しなやかな筋肉を持つ腕がキリリ、と彼女の口元まで弦を引き絞った。女の銀の目が魔物の急所を捉えてギラリと輝いた瞬間、右手から矢が放たれる。
ヒュトッ
その矢が正確に魔物の目を射抜いた時には、既に二の矢がつがえられていた。
ト、ト、ト、トッ。
女の手から五月雨のごとく矢が降る。あっという間に魔物達は次々と倒れていった。だが、一際大きい魔物だけはすぐに絶命せず、怒りの咆哮をあげる。
「グルアアアア!!!」
「!!」
その身を矢に貫かれた魔物は、多くの同胞を倒した彼女に反撃をせんと襲いかかる。すぐさま女も矢を複数本浴びせるが魔物の動きは止まらない。剣山の如く矢を体中に突き立てた魔物は、こと切れる前にせめて爪一本ででも彼女を引き裂こうと考えたのか。腕が一際ぐんと伸びる。
「ジマイマ!」
魔物の爪が彼女と愛馬にあと少しで届こうかというところで、横からの斬撃によってその指先は斬り落とされた。彼女の仲間が槍を振るったのだ。
「アア……ア、アアア……!!」
魔物は悔し気に叫びをあげる。やがてその叫びは徐々に小さくなり、ズン、と音を立て地面に倒れ伏した。一瞬の沈黙の後、全ての魔物が討伐された事に騎士団と傭兵達から歓喜の雄叫びがあがる。その渦の中で女は馬を降り、槍を持つ馬上の戦士に近寄って輝くような笑顔を見せ、礼を言った。
「マルコ、ありがとう。助かったわ!」
だが礼を言われた男は苦虫を嚙み潰したような顔だった。
「ジマイマ! お前、馬鹿野郎! いつも勝手に先に行っちまいやがって。お前は射手だぞ。もう少し後ろに居ろ!!」
雷を落とされ、首をすくめたジマイマは愛馬の黒い首を撫でながら言い訳をする。
「ごめん……でもこの子が行きたがるからさぁ」
「嘘つけ。ロアはそんなに馬鹿じゃない。俺がこいつを躾けたのを忘れたのか」
生まれた時から遊牧の民のマルコが暴れ馬だった黒馬にロアと名付け手懐けて、ジマイマに馬の乗り方を教えたのだ。
ジマイマが教わったのはそれだけではない。弓矢の扱い方、魔物の狩り方や捌き方、文字や言葉。そして素直に笑い、思うままに行動し、ヒリヒリとした狩りの緊張感の中で生きている事を実感し人生を楽しむ事。
マルコに出会った時のジマイマは笑うことも出来ず、人生に絶望し、魔物に喰われるのを待つだけの儚い存在だった。面倒見の良いマルコは彼女を拾い、肉を喰わせ、笑顔を教えた。だからこそ愉しそうに笑うジマイマにマルコが弱いのを彼女は誰よりも知っている。彼女は明るく笑った。
「だからごめんって! 次からは気を付ける!」
眉間に皺を刻んでいた逞しい戦士は「全く……お前ってやつは」と呟いて厳しい顔から呆れたような笑顔になった。浅黒い肌の整った顔立ちがつくる優しい微笑みに見とれたジマイマは、彼が馬から降りるなり抱きつく。
「えへへ、マルコ、大好き!」
傭兵団の仲間が口笛を吹き、二人を囃し立てた。
「よっ、お熱いことで」
「さっさと結婚しちまえよ!」
「ち、違ぇよ! こいつはただ甘えてるだけだ! 兄妹みたいなもんだからな!」
焦るマルコの腕にしがみつきながら、ジマイマは頬を膨らました。
(まだ駄目かあ。もっと肉を食べて胸を育てなくちゃ!)
かつては痩せて平らだった彼女の胸は肉を食べるうちに成長し、女性らしい膨らみを帯びている。だがそれを彼の腕に押しつけてもマルコはジマイマに欲情してくれない。ジマイマはもっと胸を大きくしなければと思っていた。マルコが自制心を必死で働かせていることなど知らず。
(絶対に落としてやるんだから!)
青白くやつれた顔で言いたいことも何一つ言えない聖女ジーナはもう何処にもいない。彼女は傭兵団に所属する凄腕の射手、ジマイマになった。誰かの言うことに唯々諾々と従うのではなく、欲しいものを自らの手で狩り、手に入れる理想の自分になったのだ。
【おまけ】ジマイマの名前について。
この名前に聞き覚えのある方は、おそらくアヒルの淑女を想像する方が殆どでしょう。ジマイマは英語の綴りだと「Jemima」であり、発音的にはジマイマよりもジェマイマ、ジェミーマの方が近い気がします。アヒルの淑女のお話はかなり昔(おそらく100年近く前)に日本語に翻訳されたのでジマイマになったのかも???
ジーナは本名を名乗ると元聖女であることがバレ、既に聖なる力がないのに誰かに利用されてしまう可能性があるとマルコが考え、名前をジマイマと改めたと言う裏話です。
【12/2追記】
12/1、異世界恋愛日間10位、日間総合11位を頂きました。沢山の方にお読みいただけ、大変嬉しいです。誠にありがとうございました。
「途中のシーンと後日談が見たい」とのお声を頂いたので、加筆修正をした連載版を始めます。そちらもよろしくお願いします。
「【連載版】偽聖女と言われ追放されたので聖なる力を捨てて理想の自分になります」
(https://ncode.syosetu.com/n4921in/)
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