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10年の終わり、1年の始まり(1)

 シルクのシーツに天蓋付きのベッドの中、眠れないまま夜が明けた。

 カーテンの隙間から射す朝日が、国王の豪華な寝室を照らす。


「何度見ても美しい」


 隣で目を覚ました王が、そっと私にキスをした。

 さらさらのブロンドに、30歳になっても若々しく端正な顔立ち。

 その細身のわりにがっしりした腕に抱かれ、身動きが取れなくなる。

 こみ上げる吐き気を抑えながら、軽く差し込まれた舌に応える。


「お茶をいれますわ」


 シーツについた自身の血から目を逸らし、彼の腕とベッドから抜け出した私は、ガウンを羽織る。


 ようやくだ。

 ようやくここまで来た。




 ――10年前。


 真冬のある日、10歳の誕生日を迎えた私と、幼馴染のジェレミーは婚約の儀の真っ最中だった。

 厳しい環境におかれたあの村では、10歳で婚約、遅くとも15歳で結婚する風習があった。

 村に同年代は私とジェレミーだけ。

 自然とそうなるだろうと思っていたし、お互いにそれを望んでいた。


 そこへ、当時はまだ王子であったリカルド率いる王国軍がやってきた。

 銀色の髪と金色の瞳を持ち、色白で美しい女性が多いと言われた私の村から、女を攫うためだ。

 後で聞いた噂によると、二十歳の試練と、先代王からの誕生日プレゼントと試練を兼ねた遠征だったらしい。


 いくら普段から狩りをするとはいえ、対人戦に特化した正規軍30人以上に襲われては、お祝いでお酒の入った村人はひとたまりもなかった。

 女は犯され、攫われ、男は殺された。

 村人達は私とジェレミーを逃がそうとしてくれた。

 しかし、私の目の前で両親も、ジェレミーも死んだ。

 真っ白な雪が血の赤に染まっていく光景は、今でも目に焼き付いている。


 村で唯一、私だけが生き残った。

 しかし、幼い私が雪に閉ざされた村を出るには、春まで待たねばならなかった。

 冬越えのために備蓄していた食料は、リカルド達が全て持っていってしまった。


 村に残されたのは、数日分の食料と死体の山。


 かろうじて息のあった父が死に際に言った。


「クレア……生きてくれ……私達と一つになって……」


 それからの10年間は地獄の日々だった。

 仲間の仇を討つと固く心に誓った私は、春になって雪が溶けると、奪われずに済んだ金品をかきあつめ、それを元手に街に出た。

 生きるためになんでもやった。

 もちろん人に言えないこともだ。


 ただ、最後の一線だけは守り切った。

 王に近づくためには、王宮で出世をするか、女として目をつけられるかだ。

 私が選べるのは後者だけ。

 ならば、自分の体はできるだけ高く売った方がいい。


 村の長老が教育に力をさいてくれたことも大きかった。

 中には読み書きなんて必要ないという村人もいたが、この10年間、長老には感謝しかなかった。

 こうして、平民の出身にも関わらず、王妃候補の5人に選ばれたのは、長老の教育あってのものだ。


 もちろんそれだけで、妾ならばともかく、王妃候補となるのは無理だ。

 今の私は、公爵令嬢としての立場も有している。

 ボケはじめた貴族に取り入り、幼女として迎えられることで得た地位だ。

 貴族の親戚達からは何度も殺されそうになったが、全て返り討ちにしてきた。

 中にはこちらから手を下すこともあった。

 彼らが領民を食いものにするクズであったことも、私の背中を押した。

 証拠を残さず、上手く立ち回れたのは、村を出た後も知恵と知識を身につけることに全力を傾けてたからだ。


 これも全て、リカルド王と、あの時村を襲った連中に復讐するためである。


 村から攫われた女性達の行方も調べた。

 しかし、3年もたずに全員亡くなったらしい。

 その中には小さな頃から私の面倒を見てくれたお姉さんもいた。




 ――そして今。


 私のすぐ後ろのベッドには、にはリカルド王が無防備な姿で寝そべっている。

 だけどまだ届かない。

 国王暗殺のため、女性が刺客として送り込まれたのは一度や二度ではない。

 しかし、武術に優れたこの王により、死体となったのは彼女達の方だった。


 だが仮に、私がこの場で彼を殺せたとしてもそうはしない。

 この男にはめいいっぱいの絶望を与えなければ。

 それに、復讐の対象は彼だけではないのだ。


 私はリカルドに背を向けたまま、麻痺して動かない左腕の中に仕込んだ毒の粉を紅茶に混ぜた。

 この毒は無味無臭の遅効性。解毒薬も存在しない。

 ゆっくりしこんでいくことで、一年後に効果が出るものだ。


 毒は2つのカップ、どちらにも入れる。

 彼は女性と二人でいる時、出されたものは必ず相手に毒味をさせるし、カップは自分で選ぶ。

 ならば、どちらにも入れてしまえば、必ず毒を飲ませることができる。


 一年間だ。

 この一年のうちに、仇となる全員に地獄を見せ、リカルドを殺す。

 そのためには、リカルドの信頼を得続け、他の王妃候補とも渡りあわなければならない。

 私の体も同時に毒に蝕まれていくだろうが、かまいはしない。

 もし毒の件が明るみになっても、自分から疑いを逸らすことができるだろう。

 それならば復讐を続けることができる。

 何も悪いことはない。


 私が毒を溶かしていると、突然背後に気配がした。

 心臓がドキリと跳ね上がる。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

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