2 そばかす令嬢
今回は少し時系列がごちゃっとしてややこしいかもしれません、すみません。
ロイが2年生の頃のお話です。
キャスリン編では描かれることのなかった、彼女と出会う前のロイのお話です。
よろしくどうぞ。
時はロイがレイリック学院の2年生になったばかりの頃に遡る。
2年生になって創作クラブの新入部員の勧誘をしていた時、公爵家としての身分に全く恥じることのないセラ・フォン・アーデルハイドは女生徒からの人気を1人でかっさらっていた。
セラのおかげで新入部員が大勢入部してくれるのは助かるが、創作に全く興味のない人材まで入部されても困るというのも本音ではあったが。
半数以上は女生徒ばかりが入部希望者として殺到した為、異例である入部面接というものまでする始末だった。
創作クラブで部長を務めている3年の先輩は入部希望者が殺到して喜んでいたが、ロイとしてはもっと創作に深く関わりたいという思いが強かったので、男目当てで入部されても迷惑なだけだと思っていた。
それは女生徒の入部希望者殺到の原因であるセラも同じ思いだったようだ。
「全く、これだから女性という生物は理解し難い。自分が興味のないことに関わろうとする気が知れないね。私は無関係なのだから好きにしたらいいと思うが、部室で集中して創作語りが出来なくなってしまったのは非常に残念だよ」
「いやいや、大戦犯の君が言うことかい? セラが勧誘したから殺到したんじゃないか。その辺の自覚はおありじゃないようだね」
「部員の仕事だったから勧誘していただけだよ。それで想定以上の希望者が現れたことに関しては、私に何の非があるというのかね」
「部員の人数制限とかあったのかな? まぁこれだけの数の部員が在籍してるなら、創作クラブ存続の危機にはならなさそうだし。少しは安心だと思おうじゃないか」
セラにばかり矛先が向かないよう、ロイは新入部員に関する話題から別の話題に切り替わるように論点をずらす。ギャリーが言うこともセラが言うことも尤もだと思ったが、ロイ自身に至ってはそのどちらでもよかった。
このまま無意味な論争を続けるより、創作に関する話題で盛り上がった方が有意義というものだ。
しかしセラがパタリと本を閉じて2人を見据えると、現実問題を淡々と言って聞かせた。
「そう簡単な話でもないぞ、ロイ。創作クラブは毎年コンクールに参加している。年末コンクールでは人数制限はないので部員全員が参加するのが通例だが、創作に興味のない幽霊部員がいい加減な作品を毎年出品するものだから学校側から注意勧告を受けている、と部長が嘆いていたよ」
「変な話だなぁ。興味がないなら最初から出品しなければ、ゴミ作品で迷惑かけることもないのに。単純に任意参加にすればいいだけの話じゃないか?」
ギャリーは全国の創作クラブで開かれるコンクール以外に、公募されている新人賞や各雑誌社の賞にも個人的に自作小説を応募していた。賞のあるコンクールはそういうものだと思っているので、わざわざやる気のない者が参加する意味がわからないのだ。
「レイリック学院は名門だ。そんなところからそのゴミ作品が大量に排出されてみたまえ。我が校の名誉を汚すことになると思わないかね? 任意参加には私も賛成だが、学校側としてはもしかしたらその中から鬼才が現れるかもしれないという、全く現実味のない希望が込められているそうだよ」
「でも、だからって注意勧告されてもって話だよな」と、ロイ。
「1人でも多く作家としてデビューさせて、知名度を上げたいのだよ。私からしてみれば、それこそ石に灸というものだ。全くもって意味を為さない、無駄な努力でしかないよ」
セラを見ていると自分がいかに平凡で浅い人間か思い知らされる。
彼はいつも冷静に物事を見つめ、的確に判断し、自分が思っていることをはっきりと言葉に出来る。最初の頃はなんて排他的な人間なんだろうと驚いたものだが、交友関係を深めていく内に彼は排他的というわけではなく、ただ自分に正直なだけなのだ。
他人の顔色や機嫌を窺ったりしない、言ってはならない空気だったとしても必要ならばその場ではっきりと意見する度胸。
ロイが真似出来ないことだ。相手の機嫌が悪い時に余計なことを口走って怒らせてしまったら話にならない、だから相手の顔色や機嫌を見るように務めている。
空気が悪くて誰も何も言えない時、自分の意見をはっきりと言う自信がない。その意見は本当に正しいのか、自分の独りよがりではないのか、見当違いな発言をしていないか。そういった不安が先に立ち、言いにくい空気になったら別に無理に言わなくてもいいとロイは判断している。
自分に出来ない行動力をセラが持っている為に、彼に対して尊敬という感情が芽生えたし、ある意味羨望の眼差しで見ている部分も否定出来なかった。今までならプライドの高いロイは、自分より優れている者に対して先に嫉妬心と劣等感を抱いていたはずだ。
芽生えたマイナスの感情をプラスに変える為に、ただひたすら相手を超える為だけに努力し打ち負かそうとする。そういったことに関しては努力を惜しまなかったが、ある一定の期間を超えても相手を負かすことが出来なかった場合には早々に諦めるところもあった。
一気に熱が冷めるのだ。どれだけ努力してもこれ以上は相手を超えることは不可能だと自分の能力に見切りをつけて、さっさと次に行ってしまう。ロイはそのことに関しては決して悪いことだとは思っていない。
こればかりはそういう性格であるし、必要以上の努力をしても無駄だと判断する思考はむしろ堅実だと思っていた。
「でもまぁ今更そんなことを言われても僕達にはどうしようもないからなぁ。僕達は僕達でコンクールで入賞出来るような作品を仕上げて、受賞することだけ考えていればいいだろう。それに……」
それに仮にやる気のない幽霊部員が原因で創作クラブがなくなったとしても、自分達が創作を続けている限りこの関係がなくなることがないなら、それはそれでいいとロイは思った。
***
「なんかすごいのがいるな」
2年生になって新入生歓迎パーティーも終えて数ヶ月が過ぎた頃、学校内でとんでもない出来事が毎日のように起こっていた。
新入生が創作クラブに入部してだいぶ打ち解けてきた頃、ついにセラ目当ての女生徒が次々に行動を起こし始めたのだ。
ある時はラブレター攻撃。セラの靴箱は毎日のようにラブレターがぎゅっと詰め込まれていた。
またある時は手作りお菓子攻撃。だがセラは甘いものが苦手で誰のお菓子も口にしたことはない。それ以前に他人が作った怪しいお菓子を口に入れる気は最初からないのだと本人談。
そしてまたある時は直接告白。これも毎日のように行われ、全員が惨敗している。
そういったことが毎日のように繰り広げられ、セラは少しずつストレスが溜まっている様子だった。ロイはセラを気遣い、女生徒に絡まれそうになったら盾になってセラを逃がそうとするが、その時に一部の女性が押しても引いても釣れないセラからロイに乗り換えるという事案まで発生した。
しかし元からセラ狙いで入部してきた女生徒はセラにはっきりと告白を断られ、傷心のまま退部するということが連続し、着実にその部員数を減らしていた。
そんな中、1人の令嬢がロイ達の前に現れる。
藍色のロングヘア、のっぺりとした顔にそばかすのある令嬢だ。ほとんどの女生徒はおしゃれに気を使う者が多く、誰もが化粧で素顔を隠していたが、その令嬢はほぼすっぴんの状態だが雰囲気は堂々としていた。
質素な顔立ちと表現するのは失礼にあたるかもしれないが、まさにその表現がぴったりだった。彼女の着ているドレスが品性のカケラも感じないものであったなら、田舎から出てきた庶民と思われても仕方ないだろう。
しかしそんな質素な顔立ちをした令嬢は背筋をぴしりと伸ばし、威風堂々とした面立ちで、その立ち姿から品性と気高さが窺えた。
創作クラブの中でも一際目立つそばかす令嬢は、女生徒の部員が数を減らす毎に存在感を増していき、女性部員が3人にまで減った時には部活内のマドンナ的存在にまでなっていた。
なぜ特別美人でもない彼女がここまで大人気の存在にまでのしあがったのか。それは彼女が持つ才能にあった。
まず彼女はどんな話題であろうと、なぜかその全てに精通しており、誰と会話しても盛り上げることが出来た。
彼女は何をやらせても人並み以上に出来る才女だった。創作活動はこのクラブに入部して初めてだと言っていたが、長年執筆している先輩方の作品に引けを取らない作品を仕上げてきたという伝説が出来る程だ。
そして彼女はトークスキルがとにかく高かった。どんな話題でも盛り上げることが出来るとあったが、それは聞く側になっても遺憾無く発揮された。
創作クラブはいわば創作するオタクが集まる部活のようなものだ。そんな彼らはとにかく自分の話を喋りたい欲望が先行して、そしてそれを実践してしまうことが出来る。一般人ならばよくわからないジャンルの話題を弾丸トークされても返答に困り、やがて聞くことにも苦痛を感じてしまうことだろう。
しかしこのそばかす令嬢は不満そうな表情などおくびにも出さず、常に最高の笑顔で、なおかつ特殊なジャンルであろうと持てる知識の全てを絞り出して会話のキャッチボールをやってのけるのだ。
よって彼女の幅広いトークスキルは、今まで一部の人間にしか発揮出来なかったオタクトークを全開に出せる最高の相手として、男女問わず彼女との会話を望むようになったのだ。
それ故そばかす令嬢は創作クラブの中で一番人気のマドンナ令嬢へとランクアップした。
***
ある日のこと、ロイはそばかす令嬢に声をかけられた。ロイは創作クラブの先輩に当たるので、部活動に関して何か話があるものだと思っていた。
「こうして直接会話をするのは初めてですよね。ミレイユ・アストゥリアスです、よろしくお願いします」
「あぁ知ってるよ。創作クラブでは有名な後輩だからね。僕はロイ・オルファウスだよ。よろしく」
「ここではなんですので、申し訳ありませんが授業が終わった後に学院近くのカフェで改めてお話をしたいのですが、構いませんか」
「まぁ別に用事はないからいいけど」
「それじゃまた後で」
それだけ言うとパタパタと走り去ってしまった。一体自分にどんな話があるのだろうとロイには全く見当がつかない。もし部活動に関することなら一部員である自分より、部長や3年生に聞けば早いはずだ。
とにかくミレイユ嬢は授業終わりにカフェで話してくれるんだろう、と呑気に受け止め教室へと戻った。
今日一日の授業は全て終わり、部活動が休みだったのでロイはミレイユ嬢に指定されたカフェへと向かった。このカフェは学校帰りに立ち寄るにはうってつけの場所であり、ほとんどの学生はこのカフェに寄って話をしたり、デートを楽しんだり、手軽に利用していた。
彼女はもう来てるのかなと店内を見渡すと、奥の方のテーブル席にミレイユ嬢がこちらに向かって手を振っていた。何もそんな隅っこに行かなくても、と思いながらロイはにこやかな表情を作ってミレイユ嬢のいるテーブル席に座った。
「突然お誘いしてすみません。他に頼れる方がいなかったので」
「何の用事かわからないけど、僕以外に頼れない用事っていうのはなんだい?」
もじもじしてるかと思ったら急に意を決したように前のめりになると、ミレイユ嬢は必死な形相で話し始めた。
「私、セラ様に一目惚れしたんです! セラ様と仲が良いロイ様にぜひ相談に乗っていただきたくて! もちろん見返りを要求してくれて構いません! でも私の心と体はすでにセラ様の物なので、それ以外の要求でよろしくお願い致しますわ!」
ロイは虚をつかれた。一体どんな用事かと思ったら、まさか自分に恋愛相談を持ちかけられるとは思いも寄らなかったからだ。しかし彼女の必死な様子、そしていつセラの物になったのか知らないが、そこまで言う程度には本気ということも彼女の威圧的な熱心さで十分に伝わった。
しかし普通こういった恋愛相談は女性同士でするものなんじゃないのか、と思った。ロイは誰かに恋愛相談をしたことがないので、あくまで自分がそう思っているだけだが。頭をかき、髪の毛を指先でいじり、それから視線を泳がせ、どう返答したらいいものかと悩んだ。
(正直、面倒臭いな。なんだって僕が親友に片思いをしている後輩の相談に乗らないといけないんだ? いくらセラと僕がよく一緒にいるからって、僕だってセラのことをたくさん知ってるわけじゃない。というかあいつに関しては未だに謎だと思う部分がたくさんあるっていうのに)
要するにセラの趣味とか、好みのタイプとか、好きな食べ物とか、そういった情報が欲しいということだろう。それなら自分はほとんど役に立てないと断言できる。
なぜならセラという男は自分のことをあまり話さない性格だ。というより自分から積極的に話すこと自体あまりない。どちらかと言えば聞き役に徹する側の人間だ。オタクなロイとギャリーの話を隣で聞いて、相槌を打ち、聞かれたことに答える、という会話システムになっている。
つまりロイは、セラとは1年以上の付き合いだというのに、彼の趣味も、好みのタイプも、好きな食べ物も、何も知らない。知っていることと言えば彼が好んで読んでいる小説のジャンルと好きな作家くらいだ。
結論、期待には応えられない。以上だ。
「ロイ様には気になる方や好きな方などはいらっしゃるんですか?」
ミレイユ嬢の申し出を断ろうとした瞬間、突然そんなことを聞かれてドキリとした。そしてロイの脳裏に紫色のドレスを着た女神が浮かんで来る。
想像しただけで顔が真っ赤になり、わかりやすい動揺の仕方をする。
それを見たミレイユ嬢はにっこりと微笑み、細長い指を一本ピシッと突き出して提案した。
「私がロイ様の恋愛の手助けをする代わりに、セラ様に関する情報を提供してくれませんか? お互いがウィンウィンな関係でいられるように」
「いや、しかし。というか君に出来ることは何もないと思うよ? 僕だって手掛かりゼロなんだから」
「ということはロイ様も一目惚れか、間接的な出会い方でその方のことが好きになったんですね」
言い当ててくる。なんだこの娘は。超能力者か何かか?
はいともいいえとも言えない状態でロイはついに固まってしまう。正直、女神に関する情報は喉から手が出るほど欲しい。人探しなんてしたことがないから、運命や偶然に身を任せていた位だ。ここに来て探し人の協力者が名乗り出てくることは非常に心強い、と思ってしまう。
「はっはっはっ、何を言っているのかわからないな。どうして僕に片思いをしている相手がいると思うんだい? 適当なことを言って無理やりセラに関する恋愛相談の相手にさせようと思っても無駄だよ?」
「今さっき手掛かりゼロだと言ったじゃありませんか。自白していることにお気付きでない?」
「……しまった」
「どうしてそんなに嫌がるんです? ちょっとセラ様のお住まいと家族構成と飼っているペットの種類などを聞いているだけじゃないですか」
「そんな個人情報、僕じゃなくても知らないよ! なんなんだい君は、セラの何を調べているんだ!?」
質問内容があまりに危険思想だった。まさかこの令嬢、危ない人物じゃないよな?
「好きな人のことはなんでも知りたいじゃないですか。これでも基本情報だと思うんですけど、ちょっとハードルが高過ぎました? それなら初心者レベルまで質問内容のレベルを下げるので、それなら構わないでしょうか」
「構わないかどうかじゃなくて、そもそもセラは僕達に自分のことを話すなんてほとんどないんだから、知らないことだらけなんだよ! だからウィンウィンの関係にはなれない! 残念ながらね!」
必死に食い下がるロイにミレイユ嬢は渋々とした態度で、バッグの中から一枚の写真を取り出した。それをテーブルの上、ロイの目の前に置いた瞬間だった。ロイは息を呑む。こんなことは有り得ない。
「彼女の名前はキャスリン・ロックハート男爵令嬢です。去年の新入生歓迎パーティーでロイ様と一緒にいたレイリック学院の卒業生の方、ですわ」
「キャスリン……ロックハート……。彼女はキャスリンっていうのか……」
キャスリンの写真に釘付けになっているロイを見て、ミレイユ嬢は小悪魔のようにいたずらっぽく微笑みながら言葉を続ける。
「利害の一致、ですわよね? ロイ・オルファウス子爵令息様?」
現在はここまで投稿出来ましたが、次までもうしばらくお待ちいただけたらと思います、すみません。
ひとまずロイ編はあと2〜3話で完結となり、次は恐らくギャリーかエルヴィンのお話を書こうと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。