1 運命の出会い
ここからは番外編です。
最初はキャスリンのポンコツ彼氏ロイの物語です。
キャスリンと出会った時、そして出会うまで、再開してからロイは一体何を思い、何を考えていたのか。
そんなエピソードを各キャラで書いていきたいと思います。
よろしくお願いします。
「――天使だ。いや、女神様が降臨された」
2年目の新入生歓迎パーティー、僕は早速ドジを踏んだ。
まさかアルコール入りのワインを口にしてしまうなんて、これが風紀委員にバレたらそのまま先生に報告されて僕は停学……いや、もしかしたら退学させられるかもしれない。
そんな時に現れた優しい女性、気分が悪くてはっきりと顔を覚えることは出来なかった。
今にも嘔吐しそうな僕に親切にしてくれた。
水をくれ、背中をさすり、トイレまで連れて行ってくれた。
飲んでしまったアルコール毎、全部トイレに吐き出してようやく気分が落ち着いて出ていくと、女神の姿はどこにもなかった。
もしかしたら本当に女神か幻だったのかと思うほど、僕にとっては衝撃的な出来事だった。
彼女が実在するのなら、せめてお礼をさせて欲しい。
なんなら彼女の望みを叶えて差し上げたい位だ。
ただの子爵家の息子である自分にどれだけのことが出来るのかわからないけれど、僕はそれほど顔もよく覚えていない彼女に夢中になり、彼女のことしか考えられなくなっていた。
願わくば、僕は一生をかけてでも彼女を守れるような男になりたい。
***
名門レイリック学院。
ほとんどの貴族はこの学院に入学し、それぞれ大企業へと就職していく。
中には専門的な技能や才能を開花させて自立し、大成功を収める者も少なくない。
だがしかしその分この学院は規律が厳しく、成績優秀な生徒しか生き残れない過酷な学院でもあった。
彼、オルファウス子爵令息であるロイ・オルファウスも有望な将来を掴む為に入学した貴族の一人だ。彼には姉が一人いるが、姉は自由奔放でワガママかつ勉強嫌いな性格だった為、偏差値が恐ろしく低い、下から数えた方が早い位の女子校へと進学していた。
そんな姉の失敗を踏まえて両親は受験を控えていたロイにたった一言。
「お前だけはレイリック学院へ入学するように! そうでなければ援助はないものと思え」
有能な庶民の中では働きながら学費を稼ぎ、そのお金で入学し、優秀な成績を収め、大企業に就職していく。そんな人間が少なからずいることはわかっている。
だがそれはその人物自身に類い稀なる才能と努力する根性があるからこそ成せる業だ。
貴族とはいえロイは自分が平凡である自覚があった。
特化した能力があるわけではなく、血の滲むような努力をするような努力家でもなければ、労働と勉学の二足のわらじを履こうという根性もない。
レイリック学院も簡単に入れるわけじゃないが、両親の援助がなければどうしようもないと考えているロイは、何の考えも無しに適当な学校に入った姉を憎らしく思った。
ロイにとって人生最大に勉強に励んだ受験生としての1年間は実を結び、レイリック学院への入学が決まった。しかし手放しに喜んでいる場合ではない。
受験問題の難易度が高かった分、学院生活を無事に卒業する為にはさらに成績を上げること、あるいは維持することが必至だった。
それは他の生徒も同じようで、最初の1年は入学を喜び、友人を作る余裕がない位に、皆この学院の難易度に付いていくのに死に物狂いだった。
「勉強ばかりの毎日、さすがに何か楽しいことでもあれば……」
ロイが見つけたのは創作クラブという部活動だ。
元々創作に興味はあったが今まであまりしたことがなく、せいぜい多くの読書をし、イラストを描く程度のものだった。何かを創作するのも悪くはないと思ったロイは早速入部してみた。
創作クラブは多くの部員が在籍していたが、その大半は幽霊部員で実際に活動している部員は数える程度だった。部員達のやる気のなさに「ただの溜まり場になりそうだな」と思ったロイは、いきなり退部の文字が脳裏をよぎっていた。
そんな時に出会ったのがギャリー・ヴィルヘルム、セラ・フォン・アーデルハイドだった。
彼等とは驚く程に気が合い、すぐに打ち解けることが出来た。
「要するにあれだよ、萌えを追求するにはーー」
「だけどそれならあのラストにつながる伏線とするにはあまりにご都合すぎじゃーー」
「私は理解しかねるね。何も同じ結末に辿り着くことが正規というわけでもーー」
3人は小説をよく読み、そして自らも執筆し、自分達で書き上げた小説の感想を言い合ったり、評論したり、議論したり、会話が途切れることなく楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
レイリック学院は勉強ばかりで疲れるだけだと思っていたが、彼等と知り合うことが出来たのは最高にラッキーだとロイは心底感謝している。
もしあの時、父親に逆らって別の学校を選択していたら彼等と知り合うことはなかったのかもしれない。
かけがえのない親友が2人も出来て、ロイの学院生活は苦しみから一変、楽しいものへと変化した。
ロイが2年生になった時、新入生歓迎パーティーが開かれることになった。
1年生の時は自分達が新入生としての主役として出席したことがあったが、その時は顔見知りを一人でも多く増やそうと躍起になっていただけでパーティーを楽しむというより自己紹介ばかりしていた記憶しかない。
出席するか欠席するかは完全に自由で、今思い返せば1年生の時のパーティーにセラは出席していなかった。見目麗しく女性にも人気が高かったであろうセラならば、きっと人だかりが出来ていたことだろう。
それがなかったということはセラは出席していなかった、ということになる。
今年は顔見知りを増やそうと必死に駆け回らずに、ゆっくりとパーティーを満喫しようとしていた時だ。
ギャリーは新入生の女子生徒目当てにどこかへ行ってしまい、セラは今回も欠席していた。
友人2人がいない状態で一旦手持ち無沙汰になったロイは、少し休憩しようとウェイターから飲み物を受け取ってテラスへと出て行った。それから夜風に当たりながら心地よくなったところでクイッとグラスを口に傾ける。瞬間、ロイは今まで味わったことのないキツイ味に驚き、勢い余ってごくんと飲み干す。
それほど大量に飲み込んではいないはずだが、それでも急に全身が熱くなり、足元がおぼつかなくなっていく。ふらふらとテラスにある手すりに寄りかかり、なんとか倒れないようにバランスを保った。
(まずい、頭がぼうっとする。全身が鉛のように重くて立つこともままならない。やばいぞこれは)
そう思っていた時だ。
「あの、大丈夫ですか? ご気分でも悪くされているのでしょうか」
透き通るような声が聞こえてきた。
意識が曖昧な状態になっているロイの耳で聞いた声は、まるでエコーがかかっているかのようだ。
「いや、あの……だいじょ……じゃな……」
「大変! 悪酔いされているのかしら。そこのベンチに腰掛けて、ちょっと待っててください。今すぐお水をもらってきますので」
そう言った彼女はロイに肩を貸してベンチに座らせると、ウェイターに水をもらいに行ったようだ。
考えがまとまらないロイはおぼろげになりながら何とかして自分を介抱してくれようとしている女性の姿をその目に焼き付けようとしていた。
(ここで何の手掛かりもなく彼女が帰ってしまったら、探してお礼を言うことが……。せめてお顔を、そうすれば探して……)
「お水です、どうぞ」
「んぐ、んぐ……」
「どうですか?」
「うぅ……」吐きそうだった。
「アルコールも一緒に全部吐いてしまった方が、少しはマシになるかもしれません。歩けますか」
「あう……」もはやダメンズだ。
自分より小柄な女性の肩を借りてトイレまで付き添ってもらう。
他に誰か助けてくれないのかと思ったが、ムーディーな曲が流れており、照明も落とされて雰囲気重視の演出になっていた。ダンスか……、と察した。
暗くなっていたら気付かれる可能性も低い。
(どこの誰かわからない女神、せめてお顔……、お名前だけでも……)
口を開こうものなら胃の中の物が逆流してきてそのまま嘔吐しかねない。せめてこの吐き気が治まるまではどこにも行かないでと心の中で叫び続けるロイ。
「ここからはさすがに私は入れないので、どうぞお大事に」
お礼を言えない。なんてダメな男なんだろう、と思いつつまずは一刻も早く吐き出してしまいたいとロイは思っていた。走り出しても逆流しそうなので落ち着いて、ゆっくり歩いてトイレを目指す。
おえええっとみっともない声を出しながら強い意思を持って吐き出したロイは、トイレの中でへたり込んでいた。さすがに膝をつくことはなかったが、便器に寄りかかる自分はきっと間違いなく汚らしい。
ほんの一口アルコールを取り込んだだけでこれほど気分が悪くなるとは、もしかしたら自分は全くお酒が飲めない体なのかもしれないと思った。
貴族同士の社交の場や談話の時など、お酒を嗜みながら過ごすことが当たり前だ。この先お酒無しで社交界デビュー出来るのだろうかと将来の心配をする余裕は出てきているロイ。
「そうだ、女神にお礼を!」
そう思い立つが自分の姿を今一度見つめ直す。自分ではわからないが吐瀉物の臭いが染み付いていないだろうか、トイレ臭が付いてないだろうか。
なんなら嘔吐したばかりの男がレディに話しかけるなど、かえって相手に失礼なんじゃないだろうか。
ロイは頭の中で色々と試行錯誤する性格だった。行動する前に常に最悪のパターンをいくつも想定して、結局動き出す前に何も出来なかったことが多い。優柔不断、決断力や判断力に欠ける性格。
それはロイが一番よくわかっていたし、自分がその性格のせいで何度も失敗してきてることもわかっていた。だがこれはもう癖のようなものであり、これから先もずっとそれはやめられないんだろうと諦めている。
散々考え抜いた結果、ロイは彼女に極力近付かないようにという条件を自分の中に設けてお礼を言いにトイレを出た。しかしトイレの前にはもう誰もおらず、パーティーを楽しむ生徒や卒業生などが行き交っているだけだった。
ダンスの時間はとっくに終わっていた。
どんなに見渡しても、探し回っても紫色のドレスを着た女性は見当たらない。
ロイが覚えているのはエコーがかった声と、俯いていた状態で目にすることが出来たドレスの色だけだった。
「そんな……。名前を訊ねるどころか……、お礼すら言えなかった……」
パーティーが終わった後、ロイの落ち込みようを心配したギャリーに何があったのか、恩人の話をする気力すら残っておらず、今日はもうそっとしておいてくれとだけ言い残して帰宅した。
もう会えないのか。
そのことだけがずっと心に引っかかって、ロイは悩み抜いて時間を無駄にした自分に対して怒りすら覚えていた。そうしたところで彼女に関する手掛かりが見つかるわけもない。
姿も何もわからない親切な女性に、ロイは完全に恋に落ちていた。
まずはここまで読んでくださり、ありがとうございます。
執筆に少々時間がかかっているので、ロイ編完結まで投稿出来ていませんが、どうぞよろしくお願いいたします。