6 幸せになろう
キャスリン編の最終話です。
ついに行われる結婚式、すっかり彼に失望したキャスリンはこのまま愛のない結婚をしてしまうのか?
よろしくどうそ!
結婚式はつつがなく行われた。
最後まで反対していたロイの母親と姉は、キャスリンが用意したいわゆる賄賂で口を閉ざしてもらうことに成功する。
キャスリンはこの結婚を何の障害もなく成功させる為に、娘の結婚に大いに賛成していた両親と兄の協力を得ることで簡単に黙らせることが出来たのだ。
ロイの母親は高級品や限定物に非常に弱い。
それは王室御用達の高級スイーツを手渡した時にわかっていた。
キャスリンの母親は元パティシエ職人で、現在も高級ホテルや宮廷料理人の中に専門パティシエとして務めている職人達と繋がりがあった。
オルファウス子爵邸に手土産として持って行った品物も、母親のツテで入手したものだ。
そして今回も、一般のスイーツ店では決して食べることは出来ない宮廷料理人の王室専属パティシエが考案した幻のスイーツを献上したことで、ロイの母親は手のひらを簡単にリバースした。
しかしロイの姉に関する情報はほとんどなく手詰まりだったところに、ロイからの証言で手がかりを得た。
弟の結婚式が迫っている中、姉はまたしてもお見合いに失敗して荒れていたそうだ。姉自身かなり焦っているようで、当然その焦りは弟の結婚が一番の原因であった。
姉の機嫌が悪くなるにつれキャスリンに対しても当たりが強くなり、どうしたものかと考えていたら意外なところで解決策が見つかることになる。
陽キャで交友関係が恐ろしいくらい広く浅いキャスリンの兄エルヴィンは、ロイの姉にたくさんの婿候補を紹介すると約束した。
すると面白い程に食いつきがよく、こちらもまたびっくりする勢いで手のひらリバースした。
これで邪魔する者は何もなく、無事に結婚式を終えることが出来た。
ロイや他の親族、友人達にとっては盛大で華やかな結婚式に見えただろうが、キャスリンの心は相変わらず冷え切っていた。ただ淡々と予行演習の通りにこなしていっただけだ。
自分の気持ちがすっかり冷めていることを実感したのは、彼に結婚指輪を嵌められても、誓いの言葉を交わしても、キャスリンの胸は躍らなかったことだ。
幸せそうな笑顔を作るだけ。作り笑いだけは得意だった。
周囲に溶け込めず、話題の中心になることのないキャスリンはただそこにいて愛想笑いを振り撒くだけのお飾りだ。この結婚でこの才能はまさにうってつけだろうと自分に皮肉を込める。
そして作り笑いをしながら、友人代表でセラがスピーチをしている時も出席者の中にミレイユ・アストゥリアス伯爵令嬢がいないかどうか探さなかったのも自分の成長の賜物だと誇りに思う。
結婚式は、無事に終えたのだ。
ぽっかり空いた心は、ただの気のせい。
***
結婚式の後に2次会とも言える夜会に夫婦揃って出席した。主役だから当然である。
ロイは結婚できる年齢とはいえ、法律的にまだお酒を飲めるわけではないのでノンアルコールのカクテルを飲みながら、友人と楽しく喋っている様子だ。
キャスリンはいつもロイに言い聞かせていた。もし話したい相手がいれば遠慮なくどうぞ、私は全く気にしないので、と。キャスリン自身の了承があるのでロイは軽く平謝りすると、社交辞令も含めて対応しに行っていた。それは彼女自身が取り決めたことでもあるので、全く気にしていない。
むしろそんな場に自分まで招かれる方が息苦しかった。呼ばれない方が彼女には都合が良かった。
キャスリンが一人でカクテルを飲んでいると、知らない女性に声をかけられた。振り向くとそこには花嫁より目立たないように気を使ったことが窺えるドレスを着た、のっぺりとした顔立ちの女性が満面の笑みで立っている。
彼女に心当たりのないキャスリンは戸惑い、ロイの知り合いの女性か誰かなのだろうと挨拶をする。
「どうも、今日は結婚式に参列してくださってありがとうございます」
新郎に愛の冷めた新婦に見えないよう、幸せいっぱいの微笑みを浮かべる。
「初めまして、ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。私、ミレイユ・アストゥリアスと申します。結婚式へご招待いただき誠にありがとうございます」
そう言って会釈する彼女にキャスリンは目が点になった。
今、なんと?
よく聞く名を聞き過ぎて幻聴でも聞こえたのかしら、とキャスリンは今度は目をぱちくりさせた。
「キャスリン様の旦那様にはよく恋愛の相談に乗ってもらって、申し訳なく思っております。でもそのおかげで私達も無事に婚約することが出来ました。これも全て恋愛相談に乗ってもらうことを許可してくださったキャスリン様のおかげです。感謝してもし切れません」
「あの、ミレイユ伯爵令嬢……ですか?」
「はい」
「セラさんとお付き合いなさっていた?」
「そうです。これまで何度も別れては付き合ってを繰り返していましたが、ロイ様の後押しもありやっと正式な婚約をすることが出来ました」
「私が恋愛相談の許可をしてたって、どういうことかしら?」
「あら、ロイ様からお聞きじゃないんですか? キャスリン様は私が恋に悩んでいることを一生懸命聞いてくださってるとロイ様から窺っているのですが。もしかしてまたロイ様が一人で空回りされていたのかしら」
話が見えてこなかったが、初めて会う本物のミレイユ伯爵令嬢の話によるとこうだ。
レイリック学院に入学した時からセラに一目惚れをしたミレイユ嬢は、彼とお付き合いする為に創作クラブに入部し、『独自の調査能力』でセラの学科を調べ上げて共通点や繫がりを持つことに必死になっていた。
ところが変わり者で有名なセラは当然ミレイユ嬢の誘いにも告白にもなびくことなく、じたばたとした1年間を過ごしていたが、そこにセラと特に仲が良かったロイに注目することになった。
創作クラブの和を乱したくなかったロイは恋愛相談に応じることを渋っていたが、新入生歓迎パーティーで出会った女性に心を奪われたロイ。彼の心境にいち早く気付いたミレイユ嬢。
ここでまたミレイユ嬢の『独自の調査能力』で、ロイが一目惚れした相手がキャスリン・ロックハート男爵令嬢だとわかり、この情報を餌にロイに恋愛相談に乗ってもらうように交渉した。
ロイの協力とミレイユ嬢の努力の末にセラと無事に交際することが出来る。そしてロイが3年生の時に開かれた新入生歓迎パーティーでキャスリンと再会することが出来た、というわけである。
その後も紆余曲折と波乱万丈があり過ぎるセラとミレイユ嬢の交際。上手くいかないことがある度にロイに相談を持ち掛けようとしていたが、彼女となったキャスリン以外の女性と二人きりで会うのは裏切り行為に当たると言って、なかなか相談に応じなかったそうだ。
そこでミレイユ嬢は一度自分の話をキャスリンに話してみて欲しいとお願いをしてみた。そこでキャスリンが抵抗を示したのなら、自分はそこで諦めようと言ったそうである。
しかしそこでキャスリンが抵抗の意を示さなかったことで、ロイは勝手に許されたと判断してミレイユ嬢の恋愛相談に事ある毎に乗っていたというのだ。
「そんな。だってそんなこと一言だって言ってなかったわよ? どちらかと言えばミレイユ様の自慢話ばかりだったわ? それで私……、もしかしたらロイはミレイユ様のことが本当は好きだったんじゃないかって」
「それはないですわ。ロイ様、あなたの話ばかりでしたもの。私の恋愛相談に乗ってもらってるはずなのに、キャスリン様を褒め称えることばかり話していらっしゃったわ」
「私のことを? そんなはずないわよ……、だって私の前では一度だって褒めてくれたことなんて……」
「恥ずかしかったんじゃないでしょうか。ロイ様ってものすごくプライドの高い方なんですよ、ご存知でした?」
知らない。
キャスリンの知らないロイが、ミレイユ嬢の口から次々と明かされていく。
ロイは恋愛相談をしてくるミレイユ嬢に対して、いつもキャスリンを比較対象として出していたこと。
キャスリンは年上の女性だからこそ冷静で、落ち着きがあり、物腰柔らかで、とても誠実で繊細な女性だと毎回のように話していたという。
恋愛相談をしているどころかノロケ話を聞かされているようだったと、ミレイユ嬢は語る。
「ロイ様から語られるキャスリン様というご令嬢がどういった方なのか、ずっと興味がありました。そして私の目標でもあったんです。キャスリン嬢のような淑女になれば、私も愛する人と一緒になれるんじゃないかって。ですからダイレクトな恋愛相談から、キャスリン様の自慢話を聞かせてもらうことにしたんですの」
「そう、だったの……。知らなかった……、本当に……」
心の奥底に眠っていた感情が甦りつつあった。
都合がいいと思われても構わないと思った。
すっかり冷めていた愛情が、またふつふつと湧き上がってくる。
キャスリンはずっと誤解していたのかもしれなかった。
ミレイユ嬢の言うことが本当ならば、ロイが本当に愛しているのはキャスリン以外に有り得ない。彼はずっとキャスリンただ一人を見つめており、キャスリンだけを愛し続けていたのだ。
「それでもミレイユ嬢に対する褒め言葉はくどいようでしたけど、あれは一体どういうことなんでしょう!?」
そこだけがどうしても腑に落ちない。まるで見せつけるように、キャスリンの気持ちを煽るように、しつこくミレイユ嬢の話題を持ち掛けていたのはなんだったのか。
するとその心境を察してか、ミレイユ嬢がキャスリンの手を取り、ロイへ突撃するよう促す。
その顔はとても小悪魔的な雰囲気を持っていて、それでいてとても楽しそうだ。
「そう言うことは、ほら。本人に直接聞いた方がよろしくてよ? キャスリン様!」
顔も知らない、情報だけの才女に対して嫉妬に狂っていた自分がとても恥ずかしい。
彼女はこんなにも明け透けで、どこにでもいる普通の令嬢にしか見えなかった。
キャスリンがイメージしていたミレイユ嬢は、眉目秀麗で老若男女全てに愛されるような美しさと朗らかさを兼ね備えた完璧な伯爵令嬢だと思っていた。
今キャスリンの手を引っ張っているのは、快活で行動力のある普通の女の子だった。
「ロイ様、どういうことか私にも説明していただきたいのですが? もちろん答えてもらえますよね!」
力強く言い放つミレイユ嬢の乱入に驚いたロイは、その手を引いてる女性に目をやった。
「キャスリン!? なんで……って、あぁそうか。君の仕業なんだな、ミレイユ嬢」
「……ロイ、話してくれますよね?」
ロイの言い分はこうだった。
ミレイユ嬢にキャスリンのことを教えてもらったロイは、幸せのあまりミレイユ嬢の頼みは何でも聞いた方がいいかもしれないと思っていた。
しかし恋人以外の女性と二人きりで会うのは気が引けたロイは、ミレイユ嬢が自分のことを鬱陶しく思って恋愛相談を持ち掛けないようにすればいいと考え、わざとキャスリンの好きなところや尊敬している部分、そういったノロケ話を続けたのだ。
そうすればもう二度と自分に恋愛相談なんて持ち掛けてこないだろうと思った。
しかしセラのこととなると周りが見えなくなるミレイユ嬢は、セラとの交際中に愛情が強過ぎてセラから別れを告げられ、不幸のどん底に落ちたことを知ってしまう。
なぜそんなことをしたのかミレイユ嬢に訊ねると、キャスリンへのノロケ話を聞いていたら自分とセラとの交際に薄っぺらいものを感じたから、つい暴走してしまったと言うのだ。
ミレイユ嬢は思い立ったら即行動に移す快活過ぎる性格で、その猪突猛進な性格がセラにとって迷惑な行動となっていた。
このままミレイユ嬢の暴走を放っておいたらセラのメンタルと同時に創作クラブの存亡にも関わると思ったロイは『キャスリン嬢のノロケ話をもっと聞かせてほしい』という意味不明なお願いを聞くことになってしまった。
よくわからない関係が成立してしまったことに、ロイの精神もどうにかなりそうだった。
そこでロイが取った行動は『ミレイユ嬢の行なった偉業を皮肉を込めて言いまくる』という、これもよくわからない結論だった。
ロイは他人の悪口は決して言わない、それをモットーにしているところもある。
創作クラブの後輩であり、親友の恋人であり、友人の一人だ。どんなことがあろうと身内の悪口を言うことは許されない。そんな彼が編み出した方法が、皮肉だった。
皮肉を込めてミレイユ嬢のこれまで起こした行動の数々を口に出すことで、どうにか精神を保つことが出来たという。
「だから僕にとってキャスリンとの時間はかけがえのないものだったんだ。本当ならミレイユ嬢の話より君の話をもっと聞きたかった。でも君は自分で言っていただろう、話が上手く出来ないから話のネタがすぐに思いつかないって。それは僕も同じなんだよ。共通の話題でしか盛り上がって喋れない。だからせめて君がミレイユ嬢に興味を持ってくれたらなって思ったんだよ」
「どうしてそうなるの? さっきから何を言ってるのかわからないわ」
戸惑うキャスリン。ロイは至極真面目に答えている様子だった。
「こうしてミレイユ嬢の話を聞かせていれば、君と正反対の彼女に興味を持つんじゃないかと思ったんだよ。ミレイユ嬢が君に興味を持ったようにね。苦手を克服するなら、まずは自分が出来ないことを出来る相手と仲良くなることが一番だと思うから。だからミレイユ嬢のことをそれとなく話題に出して、君が会ってみたいと思ってくれたらって。……ごめん、やっぱり僕の空回りが原因のようだ」
「ロイはたまにポンコツだからな」
急に割って入ってきたのはセラだった。
ロイの支離滅裂な説明に我慢が出来なくなり、口を出した様子だ。
そういえばロイが先ほどから盛り上がって話していた相手は創作クラブの面々だったと、キャスリンは思い返す。
「ミレイユ、君も君だ。僕以外にかき回さないと、あれほど約束をしたんじゃないのかね」
「ごめんなさ〜いセラ様! だってキャスリン様があまりにも寂しそうなお顔をなさっていたので、つい!」
「え、私そんな顔してましたか!?」
「ものすごくつまらなそうにしてましたわよ? ご自分で気付きませんでしたか?」
きっと人の表情を読むことにも長けているのだろう、この令嬢は。
キャスリンはこれまで悩み、抱えてきたもの全てがバカらしく思えてきた。
ロイはキャスリンが思っていたよりずっとポンコツだったということ。
ミレイユ嬢はロイが話していた完璧な伯爵令嬢というより、もっとずっと人懐こい可愛らしい令嬢だったこと。
そして変人だと言われていたセラが、もしかしたら実はこの中で一番苦労をしていたかもしれないということ。
話で聞くより、実際に会って話してみると人はこんなにも印象が変わって見えるものなのだとキャスリンは笑った。
そんなキャスリンの心からの笑顔を見て、ロイはまた見惚れていた様子だ。
そんなロイの状態に気付いているのは彼と長い付き合いがある友人達だけ。つまりキャスリンも自分がこんなにも愛されていることに全く気付いていない鈍感な人間だったということになる。
「ロイ、今まで本当にごめんなさい。私、今までずっと誤解してたわ」
「君が謝る必要なんてどこにもないんだよ。全部君の気持ちを考えないで、僕一人で空回りしていたのが悪いんだ。君のことを無神経に傷付けてきた。ごめんよ、これからはそんな思いは絶対させないから。だから思ったことはなんでも口にしていいんだ。僕も空回りする前に、冷静な君に真っ先に相談するから」
「えぇ、その時は私以外の女性を褒め称えるんじゃなくて、ちゃんと私のことを見ていてくださいね」
「もちろんだ、キャスリン。心から愛している」
今度こそ、――本当に今度こそ心の底から言える。
キャスリンから告白するのは、これが初めてだ。
「ロイ、ずっとずっと愛しています」
キャスリン編、最後まで読んでくださりありがとうございました。
短編でまとめようと思ったのですが、なかなか個性的な脇役が仕上がったと自負しておりますので彼らのエピソードを番外編として書きたくなり、あえて連載という形を取りました。
リクエストありましたら感想欄にて受け付けます。
特になければ作者の気分で書かせてもらいます。
いいね、☆☆☆☆☆、評価などよろしくお願いします。
ありがとうございました!