4 誕生日パーティー
年下彼氏ロイの誕生日パーティーでまた一波乱ありそうです。
個人的にキャスリンのお兄様がバカでとても好きです。
みなさんはどうでしょうか?
よろしくどうぞ!
二人が交際して約半年を迎えようとする頃。キャスリンが20歳の誕生日を迎える前に、ロイの18歳の誕生日が近付いてきた。
2ヶ月前からロイの誕生日プレゼントをどうしようか考えていたキャスリンは、手先だけは器用だったので手作りで何かをプレゼントしてみようかと検討していた。
私室で今の若者に人気の手作りプレゼントに関する内容を雑誌で情報収集しているところに、部屋のドアをノックする音が聞こえて返事をすると兄がにこやかな笑みを浮かべて入って来た。
正直キャスリンはこの兄が苦手であった。人付き合いが苦手で異性に対して苦手意識を持つコミュ症のキャスリンとは正反対の性格で、いわゆる陽キャという種類の人間だ。
なかなか恋人が出来ないキャスリンに対して「もっと積極的に」「たくさん交友関係を広げて」と、キャスリンにとってハードルの高い条件を次々と提示してきたのがこの兄、エルヴィン・ロックハートなのだ。
彼は男爵家の長男として生まれて、両親から絶大な愛情を持って育てられた。
自他ともに認める美貌で周囲からもてはやされて育ってきたせいだろう。彼は他人に対する気遣いがほぼ皆無で、他人が不快に感じていても気付かない程の鈍感な人間として成長してしまっていた。
これも両親の育て方や、使用人達が甘やかしてきた結果なのだが「やってもらって当たり前」が板についてしまい、自分さえ楽しければ後は知ったことではないをモットーにこれまで生きてきた。
そんな兄だからこそキャスリンにとっては理解不能の生物で、出来るだけ自分に関わって欲しくない人間の一人だった。
そんな兄が突然キャスリンの部屋を訪れたものだから、驚きは隠せない。
エルヴィンは決して妹のことを嫌っているわけではない。本人にとってはお節介、面倒を見てやっているという感覚で部屋にやって来ている。
しかしキャスリンにとっては害悪そのもので、また無茶振りをしてくるのだろうとか、余計なアドバイスでもしに来たんだろうと心の中で思っていた。
「彼氏へのプレゼントの相談なら、このお兄様に任せなさい!」
やはり余計なクソバイスをしに来たようだった。自分自身が大好きで仕方のない兄のことだ。どうせ自分がもらって嬉しいものを提示するに違いないと踏んでいた。高級腕時計とか、そういった金目の物を言ってくるに違いない。
「今の若者ならやはり有名ブランドの腕時計か、有名人の間で人気の財布や靴だろう! 高ければ高いほど男の自己顕示欲が満たされるというものだ!」
「あっち行ってて、邪魔だから」
やはりクソバイスだった。
確かに安物で済ませるつもりはなかったが、だからといって高級品で相手が満足するだろうという安易な考えで済ませるつもりもなかった。
即座に却下されて傷心のエルヴィンだったが、彼は立ち直りも早かった。
「オレのアドバイスを聞いた方が身の為だぞキャスリン。なんせオレは若い令嬢とも交際経験が豊富なんだからな。彼女達からもらったプレゼントの数々でその傾向が知れるだろう!」
「でもそれはあくまで女性陣にとっての人気商品であって、それをもらった男性が本当に喜んでいるかどうかなんてわからないんじゃなくて?」
「オレは! 嬉しかった!」
「はいはい、もう出て行ってくれるかしら」
しかしそうなるといよいよ相談相手がいなくなるのも事実だ。何の参考にもならないかもしれないが、一応念のためダメ元で兄の意見を聞くのも悪くはないかもしれないと思い始めるキャスリン。
なかなか出て行かない兄を不信感いっぱいの目で見ながら考え込んでいると、机の上に広げていた女性向けの雑誌や男性向けの雑誌を発見するエルヴィン。
すかさずそれを手に取り「ふんふん」と頷きながら、そして声高らかに宣言する。
「キャスリン! 手作りプレゼントは地雷だからやめておけ!」
手作りのプレゼントにしようとしていることがバレて、なおかつそれを完全否定されショックを受ける。
「どうして? 真心込めて作った物なんだから、これ以上ない愛情を感じられそうじゃないの!?」
「それは全くの逆だ。男から見れば手作りのプレゼントほど重たいものはないね」
「重たい……」
「しかもキャスリン、今回の彼氏は年下でまだ付き合って1年も経っていないんだろう? 更に婚約しているわけでもない! 付き合って間もない一般的な恋人同士の間で、初めての誕生日プレゼントが手作りだったりしてみろ。相手の男はお前に対してドン引きすること必至だ。うわぁ愛が重たい! これ絶対に結婚しなかったらストーカーしてくるやつじゃん! 仮に別れたとして手作りなんて売り物として成立しないし、捨てるのも心苦しいどうするこれ! って思われること請け合いだと思わないか!」
「うっ……」
そう言われてみれば確かにそうかもしれない。
ロイがそんな風に思うような男性かどうかは別として、実際に手作りプレゼントを送ったとしてエルヴィンが言うような反応を恋人のロイにされたら、もう自分は一生立ち直ることは出来ないだろうと思った。
「既製品が無難だぞ、キャスリン」
それだけ言ってエルヴィンは去っていった。
ただひとつ、手作りプレゼントだけは避けた方がいいかもしれないという結論に達することは出来た。
***
ロイの誕生日会当日。
キャスリンは長い間着ることのなかったドレスに袖を通した。地味めの色合いをいつも好んで着ていたが、さすがに恋人の誕生日会に暗いドレスを着るわけには行かないと、普段着ないような赤いドレスを選んだ。
赤いドレスと言っても映えるような色合いはさすがに気が引けたので、ワインレッドの色合いのドレスを選んで、差し色としてキャスリンの12月の誕生石でもあるタンザナイトという青い宝石にした。
タンザナイトの宝石言葉は「神秘、冷静、誇り高い」という意味が含まれており、気持ちを落ち着かせて判断力を与え、成功へと導いてくれる石だという。
更には非常に高い硬度を持つ事から、強い絆を結ぶ石としても有名なので今のキャスリンにはぴったりの宝石だと思った。
手にはロイへの誕生日プレゼントを持っていた。
結局手作りプレゼントは一旦諦めて、無難かどうか不明だがショルダーバッグにしておいた。
(普段ロイはショルダーバッグを好んで使っているようだし、今使っているのは結構愛用してきたのかかなり古くなっていたわ。二人でショッピングを楽しんでる時も新しいバッグが欲しいって言っていたし。欲しがっていた物なら外れることなんて、ないわよね? デザインとか色とか、好みに合っていたらいいんだけど)
そう思っても当然自信は全くなかった。
あくまで自分のセンスで選んだのだから、ショルダーバッグが欲しかったにしろ普段使いの物は特に使い勝手の良さとか機能性を重視することもある。
ロイが使っているようなショルダーバッグをキャスリンは使ったことがないので、本当にこれで喜んでもらえるかどうか。ただそれだけが気がかりだった。
色々と考えあぐねていると友人達に祝われている主役のロイが登場した。
彼もまた派手なことが好きじゃないせいか、シックなスーツに身を包んでいる。見覚えのあるギャリーやセラが彼に挨拶をしていた。
子爵令息の誕生日パーティーにしては少し人数が少なく感じたキャスリンだったが、理由はすぐにわかった。ロイ曰く人間関係は広く浅くではなく、狭く深くをモットーにしていると以前のデートで聞いたことがある。顔見知りはたくさんいるが、そのほとんどは社交辞令的な付き合いであって、本当に仲が良い友人はほんのひと握りだと言っていた。
それでもキャスリンの交友関係に比べたらずっと多いのだが。
「キャスリン! 来てくれてありがとう。とても嬉しいよ」
「ロイ、お誕生日おめでとう。あの、これ、今渡しても良いのかしら」
そう言ってキャスリンは持っていた誕生日プレゼントを彼に手渡す。
するとロイはとても喜んでいる様子で顔が綻んでいた。まだ中身を見たわけじゃないが、彼が喜んでくれて良かったと思う。
「ちょっと息苦しいかもしれないけど、パーティーが終わるまで我慢しててくれるかな。この後、君に大切な話をしたいんだ」
「えっ、えぇ……わかったわ。私のことはいいから存分に楽しんできて」
「ありがとう、キャスリン。愛してるよ」
「……!!」
そう言ってロイはキャスリンの頬にキスをすると、友人達の集団の中へと消えて行った。
一人取り残されても全く苦じゃない。むしろ胸のドキドキが止まらなくて卒倒しそうだった。
(今、なんて? 愛してるなんて初めて言われた。それに大切な話って? キス、キスされちゃった。初めて、お付き合いして半年経つけどまだ手を繋いだことしかないのに、頬にキス……っ!)
また顔が熱くなってくる。
キャスリンは今は緊張というより高揚感で体が熱くなっていた。恋人の誕生日パーティーですることではないが、どこかで涼める場所はないだろうかときょろきょろする。パーティーへ行く度に涼んでいるような気がする。
見ると中庭へと続くテラス窓が開放されていたので、ひとまずそこへ向かうキャスリン。
中庭へ出るとさすが子爵家、綺麗に手入れされた広大な庭が見渡せた。庭師によってガーデニングされた花畑や、動物のシルエットに見立てて刈り取られた植木の数々。
それらを眺めながら一息ついていると、テラス窓の向こう側で女性達の声が聞こえてきた。
ロイの友人か、創作クラブのメンバーか、はたまた親戚か。なんとなしに備え付けられていたベンチに腰掛けると、その声がよく聞こえてきた。なんだか盗み聞きをしているようでゆっくり落ち着けないと思ったキャスリンが腰上げた時、彼女等の会話の中から「ミレイユ」という名前が出て来たものだから、キャスリンは心臓が引っくり返りそうになった。
もはや反射的に拒絶反応を起こしてしまう体になってしまったようである。
「ミレイユはどうなの? セラ様とは上手くいってるの?」
「秘密。ここで話すようなことではないわ」
「またまた〜、羨ましいったらないわ! でも相手がミレイユだったらそうだよね〜って納得しちゃう」
「今日はロイさんのお誕生日会なのよ。彼に話しかけなくていいの?」
「でもなぁ、確かにちょっと前まではセラ様に次ぐ人気でライバルが一杯いたけど。ロイ様ってもう彼女が出来たって噂があって。みんな諦めモードに入ってるのよね」
「恋のライバルと、お誕生日を祝うことと、関係ないんじゃないかしら?」
「それは素敵な恋人がいる幸せ者の思考だわ、ミレイユ! 私達は貴女ほど余裕ないの!」
「そうそう、このままお相手が見つからなかったら彼氏が出来ないまま卒業しちゃって、そのまま行き遅れ令嬢の仲間入りになっちゃうんだから! それってもう女としての地獄よ! 地獄!」
聞いていて本当に耳が痛かった。
キャスリンが学生時代の頃も、周りは彼女達と全く同じような話をしていたことを思い出す。それこそ3年生になって卒業間近になってから、とにかく誰でもいいから付き合うという令嬢も現れた程だ。
それほど卒業後の結婚が確約されていない場合の、行き遅れ令嬢行きの確率は高い。社会人になってからでは遅いのだ。貴族令息はこぞって若い女性を好む。その親もそうだ。
年齢は違えど、考えていることはみんな同じなのだと思った。
(それはそうと、ミレイユ伯爵令嬢!? 本物かしら? 他に同じ名前の令嬢がいるかもしれないけど、さっき確かにセラさんと上手くいってるかどうかの話が少しだけ出ていた。やだ私ったら、他人の会話に耳を傾けてはしたないったらないわ!)
そう自分を叱りつけてその場を去ろうとしたものの、せめて……せめてミレイユ伯爵令嬢のご尊顔だけでも拝むことは出来ないか、という好奇心に駆られてしまうキャスリン。
(ロイさんお気に入りの後輩令嬢。褒めても褒めても褒め足りないくらい優秀な伯爵令嬢。きっとそのお姿も才能に見合った素敵なご令嬢なんでしょうね)
急に自分が浅ましく思えた。こんな風に他人に対して劣等感を抱いたのは初めてだ。いや、劣等感ならどんな時でも抱いていた。自分より優れている者はたくさんいたから。
その度に自分がどれだけ努力しても敵わないのだと思い知らされて、一人で勝手に挫折していた。
今でこそ社会人になってそういったあからさまな劣等感を抱くことは少なくなったが、それでも恋人からたくさん褒めちぎられる女性がいたとしたら、その女性がどんな姿をしているのか気になるのは仕方ないことかもしれない。
(あれ……?)
急に涙が溢れ出した。この涙は一体どういう涙なのだろうとキャスリンは動揺する。
とても胸が苦しくて涙が止まらない。声を抑えてはいるが自分の嗚咽が彼女達に聞こえたらいけないと思い、そそくさと庭へと駆け出す。他人の庭に勝手に入ったらいけないことはわかっていたが、他に隠れられる場所が見つからない。
ひとまず庭の中央にある噴水まで行けば、よほどのことがない限り誰も来ないだろうと思う。
ハンカチで涙を拭おうとするが、そういえば化粧が落ちてしまったらどうしようと考える。普段ガッツリと化粧をしたことがないキャスリンは、持っていた手鏡で顔を確認する。
完全に落ちて目の下が真っ黒になっているわけじゃないが、ひどい顔にはなっている。
この後ロイから大切な話があると聞いていたのに、この顔で会って話を聞くのかと考えるとまた涙が溢れ出す。
(私のバカ! こんな時になんで涙なんか! しかも恋人の誕生日パーティーの最中に何をやっているの)
苦しくて辛い原因は少し前からわかっていた。
キャスリンはロイと交際を続ける内に、彼を愛するようになっていた。最初こそ彼の押しの強さに負けて交際を始めたようなものだが、彼との逢瀬を重ねる度にロイとの相性の良さにどんどん気付いていた。
少しずつではあるが苦手な会話が出来るようになってきたのは、偏にロイのおかげだ。
誠実で、本当に自分を大切にしてくれていると思っている。
そんな中彼の口から突然現れた顔も知らない令嬢の存在を知り、彼の興味がどんどんミレイユ伯爵令嬢に注がれて行くのが嫌でたまらなかった。
ようやく知ることが出来た。これは嫉妬なんだと。嫉妬の感情が芽生える程にキャスリンはロイに対しての好意が強くなっていたのだ。
(これが恋の苦しみ? わからない。ただ私が無能で、何も出来ない行き遅れ令嬢だからミレイユ伯爵令嬢のことが眩しくて、それで劣等感に苛まれてるだけなんじゃないの?)
少なくとも伯爵令嬢にロイを取られたくない。ロイの視線を、興味を、関心を、自分が独占したい。
そんな感情でぐちゃぐちゃになっていた時、背後から音がして慌てて顔を覆う。
相手が誰であろうと、今見られたら醜い顔を晒してしまう。しかし運の悪いことに、そこへ現れたのは一番顔を見られたくない人物だった。
「キャスリン? こんな所にいたのか。随分探したんだぞ」
「ロイ……、今はちょっと……」
恋人の様子がおかしいことに気付いたロイが駆け寄ると、あっという間に涙顔を見られてしまう。こういう時のロイの運動神経と反射神経はバカに出来なかった。
「どうしたの、誰かに何かひどいことをされたのか」
「いいえ違うの、なんでもない。私が勝手に泣いてるだけで。……本当に私って愚かよね。大切な恋人のお誕生日会に一人で勝手にいなくなって、そしてわけもわからず泣かれたりしたら誰だって変に思うわよね。でも私ってそういう女なの。ロイのこと困らせてばかり、きっと面倒くさい女って思うでしょう」
「そんな風に思うわけないだろう。僕が選んだ女性なんだから。それにこの世に完璧な人間なんていないんだよ。ちょっとくらい困らせてくれた方が、僕も張り合いがあって嬉しいよ」
完璧な女性なら、いつもあなたの話題に出てくるじゃない。
思わずそう言いかけた。言いかけてすぐに呑み込んだ意地の悪いセリフ。自分はこんなにも性格の悪い女だったのかと嫌悪した。
「今日はね、正式な婚約のお披露目も兼ねようと思っていたんだ。サプライズとして考えていたんだけど、それはそれで君の気持ちに配慮していなかったかもしれない。だから今日は君にだけ伝えるよ」
「……婚約? 本気で言ってるの?」
「もちろんじゃないか。僕は最初から、初めて君と再会して交際した時から決めていたことだよ。当然君の了承を得てから、だけど。君は自分がもうすぐ20歳を迎えることにひどく怯えている様子だった。世間では行き遅れ令嬢なんて酷い言葉もある。そりゃあ女性なら気にするだろう。本当なら一刻も早く君を娶りたいけれど、僕はまだ未熟な学生だ。だから僕がレイリック学院を卒業したら、君とすぐに結婚しようと思っている」
「ロイ……」
「僕と結婚してくれますか、キャスリン・ロックハート男爵令嬢」
彼は本気だった。その真っ直ぐな瞳がそう言っている。行き遅れ令嬢になることを恐れて、早く誰かと結婚したくて、最終的にはお見合い結婚にまで考えを巡らせていた。
そんな風に自分のことしか考えていなかったキャスリンのことを彼は真剣に考え、そして時間をかけ過ぎないように決断してくれた。
男性にとってはまだまだ結婚までに時間の猶予があるにも関わらず、彼はこの先一生の時間をキャスリンに捧げると言っているのだ。
そんな彼に対するキャスリンの返事は、もう決まっている。
「喜んで、お受けいたします」