2 デート
2歳差で年上彼女として交際をスタートさせた二人。
ここから波乱となる原因が彼女を散々悩ませることに……。
よろしくどうぞ。
二人が交際を始めて3ヶ月が過ぎた頃、お互いにすっかり緊張も解れて毎週末にデートをすることが恒例となっていた。
たまに平日の仕事終わりに待ち合わせをして一緒に食事をして過ごすが、夜11時になる前に帰宅するよう努めている。
これは全て「学生相手と交際している為」だ。
一線を越えてはならないので、清い交際を続ける為に二人で決めた約束事だった。
しかしこれにはキャスリンの両親は手放しに喜んでいる。
行き遅れ令嬢の人生に片足を突っ込んでいる娘が、ようやく結婚できるかもしれないと思っているからだ。
もちろんまだ婚約しているわけではないが、両親はキャスリンを嫁がせる為に非常に協力的だった。
逆にロイの両親は、息子が年上の社会人と交際していることをあまり良く思っていない様子だ。
当然と言えば当然の話だが、特に荒れ狂っているのは母親らしい。
息子を可愛く思っているならこれも当然の反応だと思う。
だがロイの中ではキャスリンを妻として迎える気でいるようだ。
***
週末デートで植物園を堪能した帰りのレストランで夕食を食べる二人は、今後のことを話していた。キャスリンは年齢的にも早く結婚したいのが本音だが、ここまでとんとん拍子に決めていいのかどうかわからなかった。彼の母親が反対していることも理由のひとつである。
「母のことは無視したらいい。子爵家当主は父なんだから。最終決定権は父にある」
「そのお父様が反対されたら?」
「むしろ大賛成だって言ってたよ、安心していい」
「え、なぜ? まだ顔合わせに一度しか会っていないのに」
正式に交際することになってすぐ、キャスリンはオルファウス家に挨拶に行っていた。
手土産に貴族の間で人気のスイーツを渡すと母親は喜んでいたが、嬉しかったのは手土産だけのようだ。
キャスリンが年上であること、そして爵位は当然子爵家より下の男爵家であること、勤めている場所も大手ではなく庶民も勤める一般企業であること。
庶民も勤めているが彼らも優秀な人材だ。決して悪評のある企業ではない。
しかし自分の息子には出来れば身分が同等かそれ以上のご令嬢であるか、あるいは大手企業に勤めるエリートであるか、そして息子と同い年か年下という条件が揃っていなければならないらしい。
そんな母親の意見がある中で、父親が二人の交際に賛成しているというのは不思議な話だと思った。
「父は浅慮な女性がお嫌いでね。最近の令嬢はろくに勉強も出来ないくせに、自分を着飾ることにしか興味がなく、礼節も常識もないくせに自分より身分の高い男ばかりを値踏みしては言い寄ろうとするハイエナみたいだって。世の女性に聞かれたら叩かれそうなことを、よく家でぼやいていたんだよ。そんな時に社会人としてマナーは完璧、過剰に着飾ったりしない君のような女性が現れて満足そうだった」
恋人の父親がお気に召してくれるのは大変喜ばしいことだが、それなら婚約を進めてもいいのだろうか?
「ロイは本当に私でいいの? だって私なんて……」
「何言ってるんだよ、君だから結婚しようって気持ちになってるんだから。もっと自信を持って欲しいね」
自己肯定感が低いキャスリンにとって、自分に自信を持つということがどれだけ難しいことか。自嘲気味に微笑みながら食後のお茶を飲んでいると、不意にロイが話題を切り替えてきた。
「そういえば君と交際して3ヶ月経つんだよね。もうそろそろ僕の友人達に紹介したいと思っているんだけど、構わないかな?」
「えぇ、私は構わないけれど」
すぐに了承出来たのは、下手なことさえしなければ話題の中心にならずに済むかもしれないと思ったからだ。紹介されるのだから話題の中心になるはずだが、キャスリンは話題から外れる天才だった。
学生時代にも自分の誕生日会に複数人の友人達を招待したはずだったが、皆それぞれで盛り上がり、パーティーの主役であるはずのキャスリンが一人寂しくケーキを食べていたことは今も忘れることが出来ない思い出のひとつだ。
相手と長く会話を続けられない能力、才能とも言うべきか。キャスリンはグループの中にいても必ずいつの間にか一人になっていることが多かった。もちろん友人達はキャスリンの存在を忘れたわけじゃないのだが、彼女があまりにも会話に対して相槌しか打たないので、段々と彼女の存在が希薄になっていくような感覚になるという証言があった。
だからロイの友人に紹介されたとしても、その内彼らだけで盛り上がり、キャスリンはただ相槌を打っていればそれでいいという展開になることは目に見えていたのだ。
「よかった、キャスリンは人見知りなところがあるから断られるかと思ったけど。大丈夫、みんな気さくでいい奴ばかりだから」
「楽しみにしているわ」
「僕の一番の親友にセラって奴がいるんだけど」
「うんうん」
デートをしている時、話は大体ロイが話題を提供してくれ、それにキャスリンが相槌を打つというのがお決まりになっていた。
3ヶ月付き合ってわかったことだが、ロイはとてもお喋りで話が絶えない。
初対面の時のロイが嘘のように彼はよく喋った。
口下手なキャスリンには相性の良い相手だと思った。話したい内容がすぐに頭に浮かんでこないキャスリンは、えーっとえーっとと言ってる間に時間が過ぎていくことがしばしばあったが、ロイ相手ならそんなことは全くなく、話題を提供されたらそれに関して自分が思ったこと、感じたことなどを話せばいいのだ。
今まで会話は苦痛以外の何物でもなかったキャスリンだったが、ロイのおかげで楽に会話をする方法もあるのだと教えられた。
「そこでね、噂には聞いたことがあるかもしれないと思うけど。アストゥリアス伯爵家のご令嬢を知ってる?」
「いえ、初耳ですけど。有名なんですか?」
「有名というか、さっき話したセラの彼女だよ。同じレイリック学院の2年生なんだけど、僕達が所属してる創作クラブで知り合ってさ。彼女がまたすごいんだよ」
「すごいというのは、どういう風に?」
「なんていうか彼女は才能の神に愛されてるんじゃないかってくらい、色んなことが出来る女性でさ」
それからアストゥリアス伯爵令嬢の話で持ちきりとなった。
この数十分という時間でキャスリンは伯爵令嬢の全てを語られたと言っても過言ではないほど、彼女の話で埋め尽くされていた。
「あらゆるジャンルの本に詳しく、誰とでも会話が出来る話術がすごい」
「令嬢として必要なスキルや資格をたくさん持っていて、成績も優秀」
「初対面とも気さくに話せるから友人が多い」
「女性の少ない創作クラブでは人気が高く、マドンナとなっている」
「男性からの評判が非常に良いのに、女性から疎まれることはなく、男女から愛されている」
聞けば聞くほど、自分とは真逆の存在なんだということがよくわかった。
世の中にはそれほどまでに恵まれた人間が本当にいるんだなと感心するほどだった。
しかしロイの話はそれだけでは止まることを知らなかった。
「僕からしたらミレイユ嬢は努力の人だと思ってる。セラは変わった男でね、そんなセラを振り向かせる為にミレイユ嬢はあらゆる努力をしたって聞いたんだ。料理の腕を磨いたり、セラと同じ学科を選択したり、共通点を増やす為にセラが好きな作家の本を読み漁ったり」
「それは噂で、ですか?」
「本人から聞いたんだよ、セラが仲良くしてる相手って僕しかいないからか。セラが好きな食べ物は何、とか。セラの好きな女性のタイプを教えて欲しいってしつこく聞かれてさ。その時の話題に出てきた内容だよ」
「恋の相談だから、二人で会って話をしてたってことです?」
「創作クラブの後輩だし。後輩の頼みなら断れないだろ?」
そこからキャスリンの相槌は完全自動式になった。
あっけらかんと話すロイに、一瞬だけめまいがして目の前が真っ暗になっていた。
(二人で会っているということは、どういうことかしら? 恋愛相談なのだから、そりゃ当然大衆の前で出来るような話題じゃないのはわかっているけれど。え? 男女二人きりで会って話をするのは、今の学生にとっては普通のことなの? それとも私の考えが古くさいだけ? え?)
これまでは楽しい時間だった彼との会話に暗雲が立ちこめてきた。
結局この日は別れる寸前まで伯爵令嬢の話しかしていないように思える。
聞き流すようになってから確かではないが、最後の最後まで「ミレイユ・アストゥリアス伯爵令嬢」の名前しか出てきていないように思える。
一人の人間に関する話題だけで、こんなにも長く話せるものなのか?
今日のデートはいつにも増して疲労が溜まったように感じるキャスリン。
その日は帰ってからシャワーを浴びて、それからすぐにベッドに入った。
眠りに落ちる寸前に「ミレイユ・アストゥリアス伯爵令嬢」の名が蘇る。
夢の中でも顔を知らない「ミレイユ・アストゥリアス伯爵令嬢」が出てきた。
寝ても覚めても「ミレイユ・アストゥリアス伯爵令嬢」の名前が耳について離れない。
ミレイユ・アストゥリアス伯爵令嬢……。
ミレイユ・アストゥリアス伯爵令嬢……。
ミレイユ・アストゥリアス伯爵令嬢……。
私はあと何回、彼女の名前を聞いたらいいのかしら?