1 努力の少女
ミレイユの両親は、若くして勢いのままに子を作り、生み、育てられずに捨てた無責任な子供だった。
唯一幸いだったことは、母親の親戚が伯爵家の者であったこと。そして長年子宝に恵まれず、いよいよ養子を取ろうとしていた矢先のことだった。
本来は男の子を養子にと考えていたが、身内の恥を隠す為に。そして何より「養子を取る」という行動自体、貴族の間ではあまり公にすべきではなかったから。
アストゥリアス伯爵の妻にとって、ミレイユは姪にあたる。それ故か血の繋がりを感じさせる相貌のおかげで、ミレイユが養女だと疑う者は現れなかった。あとはただその事実を知る者の口を封じればいいだけのことだ。そして幸いにも、アストゥリアス伯爵にはそれを実行することは容易かった。
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ミレイユには徹底的な英才教育が施された。
全ては伯爵家の名に恥じぬよう、汚さぬよう、その為だ。そしてミレイユは知識欲の塊だった。持って生まれた才能とでもいおうか、触れるもの全てに興味を持ち、それを吸収するまで飽くなき探求心がミレイユを急激に成長させた。
伯爵夫妻は彼女を、天賦の才をもった寵児だと褒め称える。そしてミレイユが望むまま、あらゆるものを与えていった。
やがて貴族学院の幼稚部の頃、ミレイユの実の父親と名乗る男が彼女を唆した。何も知らされていないミレイユは彼を不審者扱いしたが、その事件を耳にした伯爵夫妻はひどく動揺する。
ミレイユの実の両親へは、毎月高額な口止め料が支払われていた。にも関わらずミレイユが幼稚部の間だけとはいえ、それなりに知名度が上がると「逃がした魚は大きい」と悟った父親が起こした今回の出来事。
これを看過するわけにいかなくなったアストゥリアス伯爵は、その地位と広い人脈を使って彼の口を本当の意味で封じることとした。何も知らないミレイユであったが、その数年後に自分が何者であるかを自分で知ることとなる。
私はお母様似の娘だと思っていた。でも厳密には違う……。
お父様に似ている部分と言えば、口の巧さだけだと思っていた。でも違う。そんなものは知識と度胸でどうとでもなるから。
ミレイユは探ることが得意だった。
タイミングが良かったこともあるが、初等部へ進級する際に必要な戸籍謄本。それを父親が不在の時に盗み見た。そこには両親との間に「養女 ミレイユ」と記されていた。
母親の欄を見ると母には妹が、そして一人娘がいるようだ。今まで会ったことが一度もない叔母。叔母の娘の名はミレイユと、そしてその名の上に大きくバツ印が書かれていたのだ。
ピアノのレッスンの時間になったので全てに目を通すことは出来なかったが、それだけ見れば十分だった。鍵盤を小さな手で、指で叩きながらミレイユはぼんやりと思考する。
自分は両親の実の娘ではなかった。それどころか、会ったこともない人の娘だった。
ばらばらに欠けていたピースが、これまで気にも留めなかった出来事が、まるで順々にぴったりと当てはまっていくように。
それじゃあ、あの時の不審者が本当のお父様?
思い出してみれば確かに、私の目の色はあの人と同じだったかもしれない。
ミレイユは読書家であると同時に活字中毒であった。まだ幼いというのに、中高生が読んでいてもおかしくない小説なども何百冊と読み漁っていたので、あらゆる推測が成されていく。
私はきっと捨てられたんだわ。理由は、そうね……。身分違いの恋かしら?
それとも大恋愛の末の駆け落ち?
赤ちゃんが生まれたけど、お金がなかった両親はその赤ちゃんを捨てた。
それを拾ったのが、今の私の両親……といったところかしら。
当たらずも遠からず、ミレイユはだんだんと自分の境遇を思い知っていく。
ミレイユが実の両親に望まれて生を受けたわけではないことを。
両親に愛されていなかったこと。
そしてその両親に捨てられたこと。
不幸中の幸いだったことに、伯爵家の養女として育てられ何不自由なく生活出来ていること。
生まれながらにして持っていたものは、親の愛ではなく……欲望だけだった。
あらゆることを知りたいと思う、知識欲。
他人の関心を集めたいと思う、顕示欲。
誰よりも優れていたいと思う、優越欲。
困難を乗り越えて達成感を味わいたいと思う、達成欲。
新しいことや珍しいことに触れたいと思う、好奇欲。
ミレイユを形作るものは、それら欲望達だ。
そしてそれらを満たした時、両親が、周囲の人間が褒め称える。
自らの意識や地位を高め、誰よりも優位な立ち位置で安心感が得られる。
実の両親に愛されて生まれてこなかったという過去があったとしても、ミレイユは現状を満喫出来た。それでいいと思っていたし、むしろ実の両親の元で育っていたら最底辺の環境を強いられていたのかもしれないと思うとぞっとする。
私はきっと誰よりも恵まれているんだわ。
生まれながらにして、持って生まれた幸運の……強運の持ち主として。
もちろんそれら欲望を満たす為の努力は惜しまないつもりだった。
努力無くして得られたものなど、両親の財力位のものだろう。
その自覚はある。だからこれからも全ての欲を満たす為ならミレイユは何でもした。
優秀な伯爵令嬢、ミレイユ・アストゥリアスはこうして誕生したのだ。




