5 空回りの結婚
ロイは心に決めた。
もうあれこれと理由を付けることはやめにして、キャスリンとの幸せを掴む為にありとあらゆる努力をしていくと。
学業に関してはほぼ問題はないはずであったが、ロイはそのさらに上を目指した。これまでは「平均以上の成績を修めていれば良いだろう」という、保身的な考えを持っていた。
だがどうだろう。これから自分が生涯を捧げたいと思っている女性は、かつて成績最優秀として学院の歴代生徒として名を連ねるような人物だ。そんな女性の伴侶が、平均的な、平凡な人物であっていいはずがない。
どんなに背伸びをしたところで人間の限界、自分の限界などわかっている。だからこそ少しでも、学年トップとはいかなくても。せめてクラスでトップの成績だけは残したい。自己満足であることも承知だが、キャスリンの結婚相手として相応しい人物となる為に。相手のご両親に対して、手持ちのカードは少しでも強いものを揃えておきたかった。
もちろん週に一度のデートは欠かさない。これだけは絶対におろそかにしてはならない条件だ。
自分の身の回りを強固にする行動を優先し、最も大切な相手をないがしろにするわけにはいかない。キャスリンと過ごす時間は何よりもかけがえのない時間として、ロイの人生においてこれだけは反故にしてはいけないという自覚はあった。
そして次に就職先の問題だった。爵位持ちの家柄とはいえ、それに甘えてはならない。むしろそういった肩書はかえってマイナスイメージを与えかねなかった。
「偉大な親を持つ子は無能」という言葉がある。これは婚期を逃した女性が「行き遅れ令嬢」と言われる言葉と同じものだ。
特に男に対して使われることが多い。親が貴族である場合や大企業のトップである場合、特に注意が必要だった。甘やかされて努力を怠った愚息というレッテルを貼られないように、自分は無能ではないことを証明する為、世間に周知させる必要性がある。
五大貴族のオルファウス子爵として、様々なパーティーに参加する機会の多い父親に同行し、自分の存在をアピールさせる。そういったパーティーには、各種の大企業の人間が参加している確率が高い。
そこで挨拶し、会話し、自身が爵位持ちの家柄であることに驕らず、しっかりとした人間関係を築こうとしている人間であることを知ってもらう。
当然ロイと同じような考えを持つ無能はいる。だがそういった者は大体が勉強不足だ。一方的な自慢話、社会情勢を把握していないが故の無知。そういった人間は大概の場合、数分で人の輪から外れていくことになる。
やがてただのパーティー感覚で来ている連中同士でつるむようになるのがオチというわけだ。企業のトップや政治家は、自分と同レベルの者としか会話が弾まない。そういった目的で参加し、彼等も情報交換や名前を売る為に来ているわけなのだから。
ロイはいきなり上級レベルの人間の輪へ入ろうだなんて思っていない。まずは身近なところから。そう、例えば若手のベンチャー企業を起ち上げようとしている者や、これから成長していくような……まだまだ名が売れていない企業の社長など。
そこから少しずつステップアップしていく為に、自分のトークスキルを上げる為に、将来役立つ人脈を広げる為に。ロイはキャスリンと過ごす時間以外は、そういった地盤固めに心血を注いだ。
***
卒業、そして成績発表。
結果としては、成績優秀者に選ばれたのは親友であるセラだった。彼は人間関係の構築にさほど興味がなく、元々頭脳明晰なこともあり、彼がトップになることは明白だった。ロイも初めからそれはわかっていたし、多少の悔しさはあれど納得のいく結果だったと思っている。
何より成績優秀者トップ3に入れただけでも、ロイは良しとしなければならない。貴族学院は優秀な生徒揃いだ。もちろん親が貴族、金持ちだというだけで入学したお気楽な人種も存在するが。
それでも3位となれたことはロイにとって誇らしいことでもあるし、満足のいく結果だった。あのまま努力を怠っていたのなら、トップ10にすら入れなかったことだろう。
就職先も大企業に内定が決まって、滑り出しは順調過ぎる程だった。家族への顔合わせ、婚約の取り決めなど。これもキャスリンとの連携もあり、何とか母と姉を屈服させることが出来た。
父に至ってはこれまでのロイの努力が、キャスリンの存在あってのことだとわかっていたようだ。安穏とした息子の尻を叩き、将来の為に働きかけるきっかけを与えてくれた恩人として。結婚に対する反対は考えていなかったらしい。
ロイとしては「別に尻を叩かれて動いたわけじゃない」と反論したが、しっかり者の年上彼女が上手く手の平で転がしてくれたおかげだと。全く取り合ってもらえなかった。
それでもキャスリンとの結婚を無事に進めることが出来るので、ロイはこれ以上の不満はなかった。疲労とストレスの連続ではあったが、自分の手で幸せを掴めたのだという満足感の方が大きい。
憧れだった、一目惚れだった女神と一生を添い遂げる夢が叶う。これ以上の幸せはないと、ロイは自分が世界一幸せな男だと噛みしめた。
***
結婚式――。
交際を始めたばかりの頃のような、柔らかく照れくさそうに微笑む彼女の笑顔に変化があったことに、ロイは気付いてはいた。しかしそれは彼女が交際相手であるロイに、だんだん慣れていったからだと信じて疑わない。きっとこれが素のキャスリンなのだと、ロイは気にも留めなかった。
つつがなく行われ、2次会での一悶着。
まさか愛する妻がこれまでずっと、自分の言動に心を痛めていたなんて初めて知った。彼女との距離を縮める為に、女性のことを知る為にミレイユに相談したことがバレてしまった。
アドバイス通りに、あるいはキャスリンがミレイユと仲良くなって友人関係になれればと、そういったロイの一方的な思い込みが招いた誤解。
言われれば確かに、話題に詰まったロイは事ある毎にミレイユの名を出し過ぎていたのかもしれないと心から反省をする。そして今後一切、ロイが聞き入れる人物は愛する妻以外にいないのだと。
心から、きちんと言葉にして彼女に告げた。
それを聞き入れてくれたキャスリンは、またあの頃のように微笑んでくれたかのように見えた。
はにかむように、照れくさそうに、恥ずかしそうに。
そこに高慢な態度も、あざとい仕草も何もない。穢れない純白を思わせる美しさ。
ロイは至高の女神を、一生添い遂げる伴侶として迎えられた喜びに打ちひしがれる。
世界一の果報者。
この幸せは一生、死ぬまで続くように。
ロイは努力を惜しまない。
愛する妻が、キャスリンがロイの全てだ。
それは未来永劫、死が二人を分かつまで……絶対に離さない。




