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4 婚約に向けて

長らく更新が止まっていて申し訳ありません。

特に希望などもないようですので、ロイ編を早々に切り上げ、次の章で完結とさせていただきます。

 愛しいキャスリンとの交際が叶ってロイは舞い上がっていた。初めて出会った日から約1年もの間、ロイはうろ覚えとはいえ優しく親切な彼女に恋をして、まさかその翌年には再会して交際することが出来るとは当時の自分は想像もしていなかった。

 いつか再会できたらいいな、という程度だったのが自分の彼女としてお付き合いをしていることを実感するまで数日かかるほどだ。それまでのロイは彼女と週末にデートするまでの間、もしかしたら夢だったのではと思ったり、これは自分の妄想で実際にはキャスリンに再会すら出来ていなかったのではないかと疑うほどだ。

 しかし週末に彼女と再会してデートをする度に、これは夢ではない……現実に交際をしていると再確認できた。


 キャスリンと交際を始めてからしばらくの間、ロイは家族には内緒にしていた。話すことが恥ずかしいとかそういうわけではない。かといって彼女のことをずっと秘密にしていようというわけでもない。ロイはタイミングを見計らっていた。

 ロイ自身は重く深く受け止めていないことではあるが、世間では20歳までに結婚が出来ていない女性のことを蔑視する傾向がある。もちろん子爵家当主である父親、そして母親もそういったことにこだわる側の人間だ。

 そして実際に行き遅れ令嬢に片足を突っ込んでいる実の姉も例外ではない。キャスリンとの交際に賛同を得るには相当ハードな状況と言える。

 父親は厳格な人間だ。特に最近ではその傾向が強く、その原因は確実に姉の存在にあった。姉は昔から長女として可愛がられて育てられた為にわがままに成長し、勉学に励むことなく自分の楽しいことを最優先にした結果がこれだ。特に学歴を身に付けるわけではなく、それ故に大企業に就職することも敵わず、極めつけが未婚という点だ。

 姉自身が礼節なく、知能も高くなく、性格も悪く、浪費家というところで父親は姉の自分勝手な振る舞いを目にする度に『育て方を間違えた』とぼやいている。

 姉の存在を身近で見ている為に、ロイが選ぶ女性はその正反対な女性でなくてはならなかった。しかしそれはほぼ全てクリアしているとロイは思っている。贔屓目に見ている部分もあるかもしれないが、キャスリンは社会人として当然ながら礼儀正しく、レイリック学院に在籍していた頃には優秀な成績を修める生徒だったと聞いたことがあった。その証拠に学院の図書室にある卒業アルバムには、優秀生徒の集合写真に彼女の姿があったのを見たことがある。成績だけではなく、紳士淑女として恥ずかしくない者だけが選ばれ、アルバムに記載されることを許可されるという一種の伝統だ。キャスリンはそれに選ばれるほど優秀な生徒だったということが窺える。

 そしてこれはロイの主観であるが彼女は非常に性格も良く、特に金遣いが荒いという点も見当たらない。そして当然わがままな素振りも、高圧的な態度を取ることもない。

 父親に紹介しても決して反対されるような人柄ではない完璧な令嬢だ。しかしたったひとつだけ、キャスリンがロイより2つ年上であるという点のみ気掛かりだった。体裁を気にする両親のことだ。キャスリンの人柄が攻撃対象にならないと知れば、必ず年齢差を攻撃してくることだろう。

 母親に至っては恐らくその一点にのみ集中砲火してくるような気がしていた。姉は数に入れていない。

 ロイが懸念している問題が解決しない限り、今はまだキャスリンとの交際を伏せておくべきだろうと考えているのだ。もちろんロイだけが結婚する気満々では駄目なのはわかっている。

 キャスリン自身の気持ちを最優先にするべきだ。

 もしかしたらキャスリンはその優しすぎる性格故にロイに同情し、交際の申し込みを断れなかったのかも知れない、という可能性も考慮しなければいけなかった。

 その場で交際を受けてくれたからといって、それを全面的に信じるのは早計だと思った。彼女にとってはほとんど初めて会った相手に等しい。そんな男相手にいきなり結婚前提で前向きに交際を受けてくれたと思うのは、ロイにとって都合の良すぎる考えだ。

 ロイと一定期間きちんと付き合って、お互いをよく知って、それから改めて彼女の気持ちを聞く必要がある。

 しかしあまり時間をかけていられない、という現実もあった。

 行き遅れ令嬢になってしまうことを、キャスリンのきっと懸念しているに違いない。ならばきっとゆっくり時間をかけていることも出来ないだろう。そうしている間にも、キャスリンには刻一刻と期限が迫ってきている。

 そしてこれも容易に想像出来ることだが、彼女の両親だって自分の娘が行き遅れ令嬢になってしまうことを心配しているに違いない。もしかしたら今まさに現在進行形で、お見合い相手を探しているのかもしれなかった。先を越されるわけにはいかない。

 ロイに焦りの色が見え始める。彼女との時間をゆっくり大切に、愛を育んでいきたいと思う反面。行き遅れ令嬢という時限式爆弾がある以上、悠長に過ごすことすら許されない。それはきっと彼女も一緒だ。

 ならば彼女と会っている時、会っていない時ですら、ロイがキャスリンのことだけを真剣に想っているというアピールをしなければ。

 短期間で彼女の心を安心させる為には、ロイがキャスリン一筋であることを証明しなければいけなかった。


 でも、どうやって……?


 ***


「それなら簡単ですわ! 部内に私という存在がありながら、一切目もくれずロックハート男爵令嬢とお付き合いしているという事実を、これでもかとアピールすればいいんですわ」


 ついこの間、偉そうなことを言っていた自分を……ロイは恥じている。悩んだ末に、真っ先に相談した相手がミレイユ・アストゥリアス伯爵令嬢だなんて、と。

 しかし彼女は実に活き活きと、ロイの相談に乗り、提案をしてみせた。もちろん誰の目にも……特にキャスリに目撃されないように、例のカフェへ。一番奥の、外からは死角となるいつもの座席で……。


「しかし、彼女とのデート中に他の女性の話題なんて……。それはさすがに場の空気を悪くさせるのでは?」


 ロイの懸念をよそに、ミレイユは人差し指を一本突き出し、チッチッチッと舌を打つ。自信に満ち溢れた彼女の笑み、何をさせても完璧にこなすミレイユだからこそ、変に説得力があるように感じてしまう。


「ロイ様、甘いです。女という生き物はですね、自分が一番でなければいけないんですのよ。外見も、才能も他の女性より自分が一番だと、優れていると思いたいものなんです。そして何より、彼氏が他のどんな女性より彼女である自分を最も大切にしているんだと。そんな優越感を与えてあげないと、女という生き物は絶対に満足なんてしませんから」


 それは地位や能力、果ては収入面において他の者より上でありたいと思う男のプライドと似たようなものなのだろうか、とロイは考えた。だからといって、それをアピールするには。キャスリン自身に「彼女がこの世で最も大切な存在」なのだと、これ以上どうやって表現すればいいのかロイには答えがわからない。

 なぜならロイにとってもうすでに、キャスリンは至高の女性であると認識しているからだ。彼女以外に考えられない、彼女以外に欲しい女性なんてこの世に存在しない。ロイが心の中でそう思っていても、相手に伝わるわけがないことはわかっていた。

 仮にそれを口にしたところで、口下手なロイのことだ。それが上手くキャスリンに伝わる自信がない。きっと歯の浮くセリフを吐くナンパな男なのだと、余計な誤解を与えるかもしれなかった。情熱は変わらないが、それ以上の熱い思いは面に出すまいと……ロイは心に誓っていた。

 キャスリンに引かれたくなかったから。

 考えあぐねる様子のロイに、ここぞとばかりに含み笑いを浮かべるミレイユ。


「自慢のように聞こえてしまうかもしれませんけど、これでも一応……私もそれなりの努力をしてここまで来ました。当然、運が良かっただけ……という事実も否めません。ですので、ロイ様の身近には私のような女がいることをさりげなく話題に出しつつ、それでもロイ様の選んだ女性はロックハート男爵令嬢だけなんだと……。そう促してみてはいかがです?」


 ロイは他に方法がなかった。女性の気持ちは、男であるロイにはわからない。

 ならば、同じ女性であるミレイユの話を信じて……。ミレイユに言われるがまま、デート中に話題に困った時には彼女のことを話してみることを実践した。


 ロイの与り知らないところで、親友のセラとミレイユの交際が始まったことを話題の皮切りに。

 ミレイユが才能の神に愛されていること。

 あらゆるジャンルの本に詳しく、誰とでも会話が出来る話術があること。

 令嬢として必要なスキルや資格をたくさん持っており、成績も優秀であること。

 友人が多く、創作クラブの中で人気者のマドンナであること。


 そんな内容を話のネタに、ロイはミレイユに言われたことを行動に移した。キャスリンの反応はとても微妙なものだった。最初こそ、唐突な話題返還に戸惑いつつも最後まで相槌を打ちながら話を聞いてくれいていたが。

 だんだんと彼女の態度が余所余所しく、どこか不機嫌にすら感じてくる様子にロイは溜まりかねてミレイユに助け舟を求めてしまう。

 一連の流れを聞いたミレイユは、余裕の表情でうんうんと話を聞きつつ、目の前のロイに向かって事も無げに答えた。


「それはロイ様、完全にロイ様の愛情を疑っていますわ」

「えぇっ!? 君に言われた通りにしたのに、どういうことだよ! 困るなんてものじゃない!」


 勝手な言い分だと自分でもわかっているが、こうなってしまってはどうしようもない。同じ女性ならばどうすれば機嫌を直してくれるのか。恋愛が全く上手くいってない姉なんかより、よほど信用出来るとでも言うように。ロイは真っ先にミレイユの女性としての意見を求めたのだ。


「はぁ、ロイ様……。私だってこれでも恋愛にはとても悩んでおりますのよ? ロイ様とキャスリン様は両想い。だけど私の場合はどうあがいても、私の一方的な片想い。どっちの方が有利で、順調だとお思いです?」

「え、君の片想い? 交際というのは、お互いの気持ちが通じ合ってからするものだろう? 好き同士だから交際まで発展するんじゃないのか?」


 素直な意見を述べた。これが恋愛経験皆無の男の思考である。ミレイユは勢いよくロイに向かって指をさし、きっぱり言い放った。


「それです!」

「は?」

「お互いの気持ちが通じ合っているから、好き同士だから、交際するものなんでしょう? つまりキャスリン様は少なからずロイ様に対して好感を持っているから、交際することを了承したのではなくて?」

「うっ、そう言われると……。そんな当たり前なこと……だけども」


 大きなため息と共に、ミレイユはカモミールティーを上品に口にしてからのどを潤す。そうしてにっこりと微笑み、最後のアドバイスをロイに送った。


「ロイ様、キャスリン様は確かな愛を求めておいでです。確実な、誠実な、正真正銘本物の愛を。それが何だか、さすがのロイ様でもおわかりですわよね?」


 そんなことはわかっている。むしろそれ前提で交際を申し込んだようなものだ。その決意をしていないわけがない。交際の後には、キャスリンさえよければプロポーズしようと思っていた。

 だがそれをいくら恋愛相談に乗ってもらった相手とはいえ、なぜ赤の他人に指摘されなければならないのか。少々不満はある。まるで自分がそういったことを考えないで、キャスリンの貴重な時間を奪ったような言い方に感じて仕方がなかった。


「ロイ様は慎重すぎるのです。せめて就職先が決まるまで、せめて独り立ち出来る程の地盤を固めるまで、キャスリン様に苦労させないようにと色々考え過ぎなのですよ。そりゃあ将来的に見込みがないような人と添い遂げるなんてギャンブル思考、ほとんどの女性は考えていないですけど。でもキャスリン様ならすでに独立出来る程のキャリア、生活力を持っているわけですから。もしかしたら養う余裕がおありかも」

「男が女性に養われるわけにいかないだろう! これでも僕は子爵家の人間だ! そんなみっともないこと出来るわけがない!」

「だったら! 今すぐに地盤を固めたらよろしいですわ! 地に足付けて、安心して迎えられる環境を自分の力で整えて! 一刻も早く準備を進めることが、今のロイ様に課せられた使命ですわ! 卒業後に無事、キャスリン様を迎え入れられるように! いつまで腰を重くなさるつもりなのかしら!?」


 ぐうの音も出なかった。やはり女性に、ミレイユに口で勝てるわけがなかったのだ。

 はっきりと自分のダメな部分を指摘されて、文句を言うどころか返り討ちに遭ってしまったロイ。そしてミレイユの言うことはもっともすぎて、彼女の言いなりになっているようではあるが。そうすることでしか、キャスリンを安心させる手段がロイには思いつかなかった。


「……本気を出す時だ。彼女を幸せにする為に。彼女に見限られない為に」


 ロイはキャスリンとの婚約に向けて、本格的に動き出す決意を固めた。

 そうしている間も、キャスリンの心は……ロイへの愛情は……、じわじわと冷めていってることも知らずに。

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