1 告白
どうも初めまして。
ファンタジーな学園恋愛物を書くのは初めてなので、どうかお手柔らかにお願いします。
「キャスリン、あなたまだ恋人はいないの?」
「お前ももうすぐ20歳だろう、行き遅れ令嬢と蔑まされてもいいのか」
「いい人なんて待っててもダメだぞ、自分から積極的に探さないと」
両親や兄からそう言われ続けて数年、貴族学校を卒業して就職し、男性との出会いが全くないままキャスリン・ロックハートはもうすぐ20歳を迎えようとしていた。
私も恋人が欲しくなかったわけじゃないけれど、どうにも男性と話をするとなると過度に緊張してしまうこの性格が疎ましかった。
別に相手は私のことなんてなんとも思っていないってわかっているつもりなのに、身だしなみは変じゃないかしら、とか。慣れないメイクはちゃんと綺麗に出来ているだろうか、とか。ドレスとアクセサリーの組み合わせは大丈夫かしら、とか。
そういったことで先に頭の中が一杯になってしまうせいで、男性との会話が疎かになり、喋ってもつまらない女認定をされて別の女性のところへ行ってしまう。
そんなことが何度もあった為、自分から行くのはダメだと思って待ち続けていたらあらまぁどうでしょう。
あっという間に貴族学校を卒業していたじゃありませんか。
時の流れの残酷さにまたまた焦るけれど、今度は就職先の仕事の内容を覚えるのに精一杯で恋人探しなんてしている余裕は全くなかった。
家族との食事の度に「いい人は見つからないのか」「自分からちゃんと探しているのか」「この歳だからお見合い結婚にでもする?」などと、結婚の話題しか出て来なくて息苦しくて仕方がない。
私だって早く結婚したいと思っているけれど、やっぱり普通に知り合って、普通に恋人としてお付き合いをして、普通に婚約をして、それからめでたく結婚という順序にこだわってしまう。
お見合い結婚が嫌というわけじゃないけれど、自然の成り行きで出会いたい。何より着飾っていないありのままの自分を、自然な形で見つけてもらいたいと思っている。
まぁだから未だに出会いがないんでしょうけど。
今日は母校で行われるダンスパーティーがある。そこでお相手を探したいのはやまやまだけれど、私は卒業生だから相手はみんな年下になってしまう。
行き遅れ令嬢に比べたらまだマシだけれど、年上の彼女というのもまた体裁が悪いのよね。
***
毎年、新入生歓迎パーティーも兼ねて全校生徒でダンスパーティーが開かれる。
そのパーティーには爵位を持つ家の卒業生も招かれることが多い。卒業生の令息は主に未来の花嫁探しに、令嬢は結婚生活の華やかさを後輩に伝える目的で。ごく稀に行き遅れた令嬢が花婿探しに出席することもある。
そしてその花婿探し目的で出席したキャスリンは、出かける前以上に気が重かった。
どうせこのまま何事もなく飲食して、相手の時間潰しでダンスに誘われて、パーティーを終えるんだろうなと思っていた。それは去年もそうだったからだ。そして一昨年も。卒業した翌年から毎年パーティーに参加して、自分は一体何をしているんだろうという気になってくる。
「はぁ……」
大きなため息をつきながら、緊張で少し火照った顔を冷やす為にテラスへ出た。
春とはいえまだまだ冷える。ちょうどいい冷たい風に吹かれているととても落ち着く。
「あの、ロックハート男爵令嬢ですよね」
「えっ、あっ、はい! そうですけど??」
突然男性から声をかけられて反射的に返事をする。
そこには黒髪をオールバックにした青年が立っていた。若い。明らかに母校の生徒だろう。
慌てて身なりを整えようとする。顔は緩んでいないか、イヤリングやネックレスは変に曲がっていないか、ドレスの裾が捲れていたりしていないだろうか。
バタバタと慌てふためくキャスリンを見てくすりと笑む男性に、またやってしまったと顔が真っ赤になる。
「突然声をかけて失礼しました。初めまして、僕はレイリック学院3年のロイ・オルファウスです」
「初めまして、私はキャスリン・ロックハートです。よろしくどうぞ」
それから彼、ロイは少し笑顔が苦手なのか。それとも相手も緊張しているのか。ぎこちない微笑みを浮かべながら手に持っていたワイン入りのグラスを手渡した。
「少し僕とお話ししてくれませんか、ここで構わないなら、ですけど」
「えぇ、大丈夫です。私ももう少しここで涼みたいので」
「それはよかった。それより突然声をかけられて驚いたでしょう。すみません、僕もこういったのは初めてで手順がよくわからなくて」
(初めてとは? 女性に声をかけることが? ナンパすることが? え、ナンパなのこれ?)
「だからあれこれと回りくどいのは苦手で何を話したらいいものか」
「はぁ……」
「ロックハート男爵令嬢は去年もこのダンスパーティーに出席してましたよね」
「あの、そちらさえ良ければキャスリンで結構です。えと、去年も、はい……そうです、ね。来ました」
二人のぎこちない会話が場の空気をどんどん悪くしていく。そんなことはわかっているが、キャスリンも男性と面と向かって会話をすることなど職場と家族以外皆無に等しいので、どう会話を円滑にリードしたらいいのか検討もつかなかった。
ロイはロイで視線はきょろきょろと落ち着きがなく、何度も髪をいじってはやめてを繰り返し、なかなか声をかけてきた理由を話し出そうとはしない。
さすがにキャスリンの方が限界を迎えたせいか、思い切って話を切り出した。この突然相手の話を切ってまで割り込んでしまうところが、キャスリンのトークスキル皆無の証拠といえよう。
「あの! ロイ……さん? ロイさんって呼びますね。私に何か用事があって声をかけてくれたのでしょうか? それとも何か、その、誰かと話がしたくて私を選んだのなら他を当たった方がいいと思いますよ。もうお気付きと思いますが、私はこの通り会話があまりうまくはありません。なので楽しい会話をお望みなら、あちらにいる女性達の方へ行かれた方が……」
これもキャスリンの悪い癖だった。
相手のことを気遣い、別の方法を提示しているように聞こえるが実際にはキャスリンがプレッシャーに耐えられず、相手にはさっさと別のところへ行って欲しいという逃げの策だった。
こうすれば「悪いのは私で、あなたは何も悪くない」と相手に思わせることが出来るだろう、というキャスリンなりの精一杯の手段だった。
これを繰り返しているから、今も男性とはまともに会話のひとつ出来ない。
(わかってるの、こうやって楽しく会話を弾ませればそれがきっかけになって交際に発展するかもしれないってことは。でもダメなのよ、どうしてもこの重苦しい空気に耐えられなくなって逃げてしまうの)
言ってからがっかり肩を落とすキャスリンだったが、相手は引き下がらなかった。
「いえ、あなただから話しかけたんです! 僕は、ずっとあなたに会いたかったんですから」
「え?」
「去年のダンスパーティーで、間違ってワインを飲んでしまった僕がこのテラスでぐったりしているところに、キャスリンさん! あなたが来て介抱してくれた。覚えてますか? それ以来僕はあなたのことが忘れられなくて、今年も来てくれるかどうかわからなかったけれど出席してくれてた。お礼が言いたくて声をかけたんです!」
記憶を探ってみる。去年のダンスパーティー、テラス、体調を崩した男性、……確かにいた。
キャスリンが今回のように熱を冷ます為にテラスで風に吹かれようと出ていった時、手すりに寄りかかって気分の悪そうな男性がいて大丈夫かと声をかけたことがあった。
その後ベンチに座らせ、ウェイターから水をもらい、それから気分が落ち着かないようなら一度吐いてしまった方がいいかもしれないと、男性トイレの前まで付き添ったことがあった。
結局彼が出てくるのを待っている間に同じ卒業生の令嬢に話しかけられ、そのままズルズルとどこかへ連れて行かれて、2次会と言いながらパーティー会場を後にすることになったのだ。
「あの時の、グロッキーな方?」
「グロ……、あっ……はい、そうです」
まさかこんな形で再会するとは思ってもみなかった。それからキャスリンは共通の話題が出来たことにより、さっきまでとはまるで別人のように話しかけた。
「いきなりいなくなってごめんなさい」
「あれから大丈夫でしたか」
「吐いたことで少しは落ち着けましたか」
「またこうやって会えるとは思いませんでした」など、水を得た魚のように生き生きと話し出したキャスリンにロイはドン引きすることなく、彼もまた緊張が解けたのか自然な笑顔を見せられるようになって会話する。
「もうこんな時間ですか。会話をしていると時間なんてあっという間ですね」
「本当に。私も男性とこんな風に楽しく会話が出来たことなんて初めてだから、なんだか嬉しいです」
本当に初めての体験だった。緊張の解けた彼もたくさん話題を提供してくれ、沈黙が訪れることがなく、そして会話が途中で途切れることもなく、最後まで楽しく会話が出来たのは初めてだった。
あまりに楽しかったので、相手が苦手な男性だったことも忘れてキャスリンは本音を口にしてしまう。
普通ならこの歳にもなって「男性と楽しく会話が出来たのは初めて」なんて言葉、あざとい令嬢が使うようなセリフである。
しかしキャスリンは本音で、偽りなく、そしてトークスキルが低いからこそ、こういったセリフが素直に口に出せたのだ。
そんな屈託のないキャスリンを見て、ロイは決意する。
「キャスリンさん、よかったら僕と付き合ってください!」
彼と打ち解けてから初めての沈黙が流れた。
脳の処理が追いつかなくてフリーズしてしまうキャスリン。
しかしロイは諦めることなく言葉を続けた。
「さっきも言ったけど、あなたに再会する為に今日はこのダンスパーティーに出席しました。こんな年下が何を言ってるんだと思われるかもしれませんが、僕は去年あなたに初めて会った時からずっと想いを寄せていました。もし今日再会できたら告白しようと思ってたんです。そしたらこのテラスにあなたがいた。他にお付き合いしている男性がいないのなら、友達からでも構いません。お願いします!」
情熱的な彼の言葉に、キャスリンはまたしても顔が真っ赤になって緊張してきた。
思わず二つ返事でオッケーするところだった。
「私はもうすぐ20歳になるんですよ、あなたより年上です。もし私なんかとお付き合いでもしたら、年上の恋人がいるとあなたまで後ろ指を指されてしまうかもしれないわ」
「あなたがこの学校の卒業生で、僕より年上なのは承知の上です。わかった上でこうして告白しています」
「でも」
「友達になるのも嫌なくらい、僕との時間はつまらないものでしたか」
「そんな、とても楽しい時間でした。安心してお話しできたのなんて初めてで」
そうだ、これほど楽しい時間はなかった。
もしかしたら自分のこれからの人生において、苦手な男性とこれほど楽しい会話を交わせることなど二度と訪れないかもしれない。
「好きなんです。今日再会して改めて好きになりました」
なんて強引な人なんだろう、と思う。
人はこれほど情熱的に想いをぶつけることが出来るものなのだろうか。
恋を知らないキャスリンは、ロイの想いの強さにたじろいだ。
押しに弱く、こんな風に男性から告白をされたことがない恋愛経験皆無の令嬢は、彼の告白を無下に断ることが出来なかった。
「あの、それじゃあ……私で良ければ、よろしくお願いします」
「ありがとうございます。ロイ、と呼んでください」
もうすぐ20歳を迎える男爵令嬢は、2歳も年下の子爵令息と交際することになった。
その日の内にお互いの連絡先を交換し、早速次に会う日を決める。
キャスリンがすでに社会人として仕事をしている為、会えるのは週末しかない。
初めての恋愛相手が年下の、さらにまだ学生ということもあり、キャスリンはどう付き合っていったらいいのかさっぱりわからなかったが、自分に初めての恋人が出来たという喜びの方が強い。
初めて尽くしのその夜は、全く眠ることが出来なかった。
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