流星の覇者たち(りゅうせいのはしゃたち)
夜空に沢山の星たちが輝いています。
私たちが見る星の光は、遠い昔の星の光。
星たちは、『ここに自分がいるよ!』と、私たちに伝えているようです。
ある日のこと、大陸の草原は、西に夕焼けの赤をまとい、空は満天の星たちが輝いていました。
その光が、突然動いたのです。
動物たちは、この異変に気づくと、一斉に唸るような鳴き声を響かせました。
マリー「父上、今の光の異変をご覧になりましたか!?」
父「いや!一瞬で、わしには見えなかった。だが、動物たちの様子が普通ではない。何か大変なことがあったに違いない。」
マリー「街までは、まだ3日はかかります。このまま、羊たちを引き連れて行くことは危険かと。群れを束ねることが出来なくなれば、大変なことになります。」
父「犬たちの様子はどうじゃ?」
マリー「それが、遠吠えをしたり、辺りをグルグル回ったり。いつもと全く違います。」
父「羊たちは大丈夫か?」
マリー「今のところは。ただ、夜になってどうなっているかは、よく分かりません!」
父「そうか、お前と二人だけではやむを得まい。兄たちを待つとするか。それと、焚き火をなるべく大きくして、絶対にたやさぬようにな!」
マリー「分かりました。直ぐに!」
・マリーは羊飼いの家族の一番下の男の子。他に兄が3人います。いつもは兄たちと羊を連れて、市場のある街まで行くのですが、その日、兄たちはいませんでした。
でも、マリーはとても賢く、その働きぶりは兄たちと同じくらいに成長し、父も兄たちが留守であっても、少しの間は大丈夫だと思っていました。
マリーの父は、羊飼いの長として、周りから慕われ、様々な知恵や歴史を、他の羊飼いに教えていました。
マリー「父上!、焚き火を大きくし、馬車に積んでいた薪と、今日集めた焚き木を、四方に配置しました。何かあれば直ぐに火を着けられます。ご確認下さい。」
父「分かった。今行く!」
マリー「それと、犬たちも少し戻ってきました。これから食事を与えます。」
父「出来るだけ火の周りに集めて、犬の様子を確認してくれ。何かあったら、わしを直ぐに呼ぶんだぞ!」
マリー「はい、父上!」
・父は馬に乗り、松明を手に、辺りを確認しに行きました。そして、暫くしてマリーのところに戻って来ました。
父「焚き木の配置はあれでよい。しかし、狼どもがどうも気になる。わしは、反対側の焚き木に、火を着け見張ることにする。お前はここで見張っていてくれ。犬たちの動きをしっかり見てな!」
マリー「はい、分かりました!」
・マリーたちが夜を過ごす場所は、草原と岩山の間にできた谷間です。羊たちが群れからはぐれないよう、ちょうど岩でできた壁がある、いつもの場所でした。
星の光を、雲が少し遮って行きます。月が隠れると、辺りは急に暗くなります。
・マリーはだんだん緊張して、近くにあった焚き木を、全て火の中に焚べてしまいました。火は勢いを増し、周りの犬や羊たちが、よく見えるようになりました。
ときおり、夜の草原から、谷に草の香りのする風が吹いてきます。火の影になる背中が少し寒いので、マリーは毛布をはおりました。
パチパチと薪が燃える音が、暗い闇の中に吸い込まれていくようです。マリーは、眠らないように、尻にバランスの悪い小箱を敷き、先程の光の異変のことを思い出していました。
そしていつしか、目を閉じてしまっていたのでした。
〜焚き火の崩れる音と、狼の動きに、犬たちが警戒しています。でも、マリーは眠気で気づきませんでした。
なぜか夢の中から、馬の興奮した声と、ヒヅメの乱れた音が入り混じって、聞こえてきたと思った、そのときです。
父「マリー気をつけろ!!、狼たちに囲まれたぞ!」
・マリーは驚いて、周りを見回しました。狼たちの唸り声が聞こえてきます。焚き火の勢いが落ちて、狼たちが近づいて来たのでした。
父「マリー!、早く焚き火の真ん中を持ち上げるんだ。火の勢いが増す。そこに薪を早くぶち込め!」
・マリーは体が固まって、思うように動けません。
父は馬に乗り、鞭を振り回し、狼たちを追い払おうとしています。
すると、父の鞭に狼が噛みつき、バランスを失った父が、馬から落ちてしまいました。
父の馬は、狼たちを追い払おうと、蹴りを飛ばしています。父は馬の下から動こうとしません。
マリー「父上!!」
マリーはやっと、火の勢いを戻す意味を理解しましたが、狼たちを追い払うまでには、時間がかかります。
馬から落ちた父は、ケガを負って動けません。このままだと、狼たちにおそわれてしまいます。
マリーは、無我夢中で父を助けようと、狼の輪の中に飛び込んで行きました。
そのときです。
何か光ったと思った瞬間、『バリバリバリ!』という音がして、空から隕石が落ちてきました。
地面が揺れ、地鳴りが耳を切り裂き、一面砂煙で覆わて、何も見えなくなりました。
狼たちは驚いて、鳴き声をあげながら、逃げて行きます。
マリーは、そのスキに父を抱きかかえると、自分の失敗を泣きながら謝りました。
父「もういい。もう大丈夫だ。膝を打ちつけただけだ!…お前のせいだけではない。お前が一人で頑張って、いつもより疲れていることを、わしが考え切れなかった。泣くではない。鼻水が砂で固まっておる!」
マリー「はい、父上!…うえ〜ん!」
・徐々に辺りが、明るくなってきました。
草原に朝が訪れます。
兄たち「おーい。おーい。今行くぞ!」
・馬に乗った3人の兄たちが、こちらに向かって来ています。マリーも手を振って応えます。
一番上の兄のヤクーが馬から下りて、父に挨拶するやいなや、マリーを抱きしめました。
・他の兄たちは、羊たちを見廻っています。
犬たちの動きは、いつもの様にキビキビしていました。
ヤクー「マリー、父上を馬に乗せるのを手伝ってくれ。テントに運んだら、直ぐに食事の支度だ!」
マリー「はい!」
・テントでは、二番目の兄のサビーが既にお湯を沸かしていました。三番目の兄のガルーが、間もなく戻って来ました。
みんなで、手早く準備をします。
父「食事の準備が済んだようじゃな。食べる前に、少し話をしておく。わしが馬から落ちて、狼におそわれようとしたときのことじゃ。そのとき『流星の覇者』が現れた。お前たちも、その言い伝えを知っていると思う。詳しくは、食べながらじゃ!」
兄弟たち「はい、いただきます!」
ヤクー「あっ父上、大事なことを忘れておりました。母上が妹をお生みになられました。お手紙を預かっております。」
父「そうであった。わしもうっかり聞くのを忘れていた。無事に生まれたか(笑)」
ヤクー「はい。とても可愛くて、抱きましたら優しい匂いがいたしました。」
サビー「私が抱くと泣きました。仔羊よりも難しくて!」
ガルー「そうだ。父上とマリーに、母上がセーターを作られました。米の袋と一緒に、持ってまいりましたので、後で着てみて下さい。」
父「分かった。そういたす。ところでマリー、食べないのか?」
マリー「いえ、食べます。父上、わたしは流星の覇者のことはよく分かりません。前に、おじい様から聞いたような…忘れております。」
父「そうか、他の者は知っておるか?」
サビー「わたくしは、星読みが仕事ゆえ、流星の覇者の伝えは知っております。」
ヤクー「わたくしも、前に草原で隕石が落ちるのを見たときに、父上から教えていただきました。」
ガルー「わたくしは、ヤクーから隕石が落ちたと聞き、そのときに…、」
父「それでは、今一度伝えおく!」
・遊牧の民は、長い間、星を読み、位置を知り、季節の流れを思うて行く先を選び、暮らしてきた。
我らは、それを受け継いでいる。その教えの中に『流星の覇者』いや正確には『流星の覇者たち』が現れるというものだ。
我らが災いに合うと、流星の覇者が現れるが、常に現れるとは限らぬ。現れる際には、何かを信じ抜き、自分を捨てでも救おうと思って、愛する人のために力を尽くす。それが条件じゃ。
マリー「父上、あのとき、馬は父上を誤って蹴りはしないかと思いました。あんなに暴れて、狼たちを蹴散らしておりましたので。」
父「わしも一瞬、そう思った。だが、馬はわしの足も同然、生まれたときから一緒に暮らしておる。わしは信じた。そして、お前が素手で狼たちに立ち向かおうとしたら、そしたら、流れ星が、流星の覇者が現れて、命を救われた。」
マリー「でも、わたしは何も出来ませんでした。ただ、夢中で、慌てふためいていただけです。」
ヤクー「父上、じつは妹をサビーに抱かせたとき、大泣きしました。その際、嫌な予感がして、妹が『抱きたがるのは分かるけれど、早く戻って!』と言ったような気がしたのです。」
ガルー「ああー、それで急いで支度を始めたのか。あっと言う間だったから、母上が驚かれて、セーターを俺に渡すと言われたんだ。な〜んだ(笑)」
サビー「あのときは、急に皆んながいなくなって、それで妹が泣き止まなくて困っていた。妹のやつ、ヤクーが『直ぐに出発するぞ!』と言ったら、泣き止んで、今度はニコリと笑ったんだ。そういうことか!」
ヤクー「サビー!あの時間で出発したら、夜中に移動することになると分かっていた。でも、お前が星読みをやってくれれば、絶対に大丈夫だと思っていた。俺は、覚えるのが苦手だからな。頼りにしてる!」
サビー「兄貴は、勘が鋭い。いつも助けられているよ(笑)」
マリー「また俺だけ、話について行けなーい!」
父「お前たちも、ひとり立ちする日が、また一歩近づいたようだな。
…さて!、直ちにここを動くとする。西の井戸のある場所まで、日暮れ前までにはたどり着くぞ。狼たちも腹をすかせておれば、このままではいかぬからな。急ぐぞ!!」
兄弟たち「はい!」
〜〜おわり〜〜
作者 Kazu. Nagasawa