ショート 電車内
朝からツイてないな、なんて思うのはいつもの事だった。
スマホの充電が出来てなくってアラームが鳴らない、こういう時に限ってお母さんが起こしてくれない。朝食のたまご焼きに殻が入ってたけど文句を言う相手が居ない。顔を洗って髪をまとめようとしたらスプレー缶がぷすぷす音を鳴らすだけで。
ソックタッチも切らしてるの忘れてて、何度も上げ直してる。こういう時に限って電車が揺れて、となりの人にぶつかりながら「ごめんなさい」って謝る。
あーもう、学校に着いたら誰かに喋ろう。吐き出さないとずっとストレス溜めっぱなしになりそうだし。
ドアが開いて外から人が乗ってくる。この時間帯は汗臭いスーツのおっさんとか香水のかけ方を知らないおばさんが山程来るし、出来ればいつもの椅子に座っていたかった。
つり革をギュッと掴み直して、人の波に耐える。となりにパンツスーツのお姉さんが来た。メガネのカッコイイ女の人って憧れるけど、そんなに目も悪くないしもう少し先の話だし。今のうちに良さそうなデザインでも探しておこうかな、なんて考えている時だった。
こん、とお姉さんの肘が当たる。謝りもせずにスマホをいじってるし、当たった事に気付いていないのかもしれない。でも、朝から嫌な事だらけのアタシにとってはその一撃が引き金となってしまう。最近の若者は、なんて言うけど結局はオトナがちゃんとした態度を見せてないからで、それを見て「やってもいいんだ」って真似してる子も居るだろうし。こういうタイミングでしっかり「ごめんなさい」を言えた方がお互いにスッキリするだろうし。
また、肘をぶつけられた。今度は視線が合ったから間違いなくわざとやってる。少し迷惑そうな、眉を寄せるような顔で。
何? 車内が混んできたからもっとスペースを寄越せってこと? 私のほうが先に乗ってるんだから我慢してよ。それに何かあるなら言ってくれた方が伝わりやすいし。
三度目。もういい加減頭に来た。キッと睨みつけてやると、持っていたスマホの画面をこちらに見せて、「ヒジ、ごめんね」と小さく呟いた。
『スカートめくれてる』
つり革を手放して両手で直す。うそ、いつから……触った感触では半分くらい上がってたから、端っこを巻き込んだまま履いてたのかも知れない。中までは見えてないと思うけど、誰も教えてくれなかった……。
真っ赤になってる顔のままで、お姉さんに「ありがとうございます」と周りに聞こえないくらいの声でお礼を言ったけど、短く頷いてくれただけでその後は特に何のアクションも無かった。
網棚に載せた鞄の取っ手を掴んで、開いたドアから外に出る。降りていく人の波から外れてスカートをもう一度確認する。
気付かせようとしてくれていたのに睨みつけちゃった、という罪悪感を載せたままの電車が発車していく。
きっと見えていないけれど、ホームから電車へ向かって頭を下げた。
あんなカッコイイ女の人になれたらいいのに。
お題 電車・憎悪・格好良さ