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はじめての街

「つかささん、起きてください」

「もうごはん?」

「何を寝ぼけてるんですか。もうすぐ着きますよ」


 馬車の外には田畑が広がり、その奥には大きな塀で囲まれた街が見えてきた。

 あの小さな村を出て、馬車に揺られること約1日。

 俺たちはこの世界初めての、それなりに大きな街へとやってきた。


 あの巨大な怪鳥事件から一週間が経っていた。

 あれからどうなったのかと言うと、事はすんなりと終わってしまったのだ。

 俺たちはあの後、村に戻って村長に見てきたことを報告した。

 怪鳥によって村が襲われる可能性があると彼らはかなり怯えていた。

 とりあえず耳長グマが死んだことで村から街への往来が出来るようになったので、街に軍隊ないしは自警団的なモノがあるのなら、相談しようと持ちかけた。

 そしてあの怪鳥は子供を守ることを優先すると考えられるので、きっと腹が膨れれば襲われないだろうと考え、食料を彼らの巣へと運ぶことにしたのだ。

 それが正解で、あの怪鳥親子は食事を与えれば、巣から動くことはなかった。

 そして村の若者が街の自警団に怪鳥退治を要請し、自警団が準備をしている間に、その怪鳥親子は、子供の成長と同時にどこかへ飛び去ってしまった。

 

 結局何もしないまま平穏を取り戻した形となったが、俺たち|(ほぼつかささんの案)によって上手くいった為、村人たちからはかなり感謝されることになった。

 村長からお礼がしたいと言われた俺たちは、彼らに二つのお願いをした。

飛び去った怪鳥が残していった羽や耳長グマの骨を加工して貰い、装飾品にしてもらった。つかささん曰く、街でこれを売ってお金にしようとのことだった。

あと一つは、街道で助けたオッサンの馬車を修理してもらうことだ。

街はすぐ近くらしいので、歩いて行くことも可能らしいのだが、大きな街になると怪しいよそ者は入れてもらえない可能性があると。なのでオッサンの馬車に乗せてもらい一緒に着いていけば、怪しまれずに入れるのではないかということだった。


そしてこの作戦も、あっさりと成功した。

街にたどり着いた俺たちは、門番をあっさりとスルーし、街の中に入ることが出来たのだ。



「1000ゴルカでどうじゃ?」

「1000? 2000よ」

「2000じゃと? 良いとこ1200じゃろ」

「いいえ、最低でも1500ね」

「わかった。ヌシらの着ている服もかなり珍しいな。それとセットで2000でどうじゃ?」

「この服を売れって言うの? まぁ仕方ないわね。この世界じゃ目立つし、あまりすぐに破けそうだしね。それで手を打つわ」

「決まりじゃな」

「でも、ここで着替えられないわ。替えの服を持っていないもの。それに服を買うお金も今はないの」

「なら向かいの服屋にゆきなされ。とりあえずその民芸品と1000ゴルカを交換じゃ。着替えが済んだら、あとの1000ゴルカを渡そう」

「わかったわ」


 そう言って俺たちは、謎の怪しい商店を出た。

 怪鳥の羽と耳長グマの骨で作った装飾品を売っていたのだ。

 街道で助けたオッサンは、やはり行商人だった。

 街から街へと移動し、その街での需要のあるものを見極めて仕入れて、となりの街で高く売る。そうやって生計を立てているそうだ。

 そのオッサンが積んでいた武器を、この街の武器屋に売りに行った時に、その武器屋のオヤジから、この装飾品を買ってくれそうな店主を紹介してもらったのだ。

 ここの店主、かなり怪しい感じだったのだが、この街の金持ち連中と繋がりがあるそうで、こういう装飾品を高く買ってくれそうな人を知っているそうだ。

 やはりどこの世界でも、金の余っている奴ってのはいるそうで、そういう人は、謎の置物とか壁飾りとかを欲しがるらしい。

 そこまで考えて村人に作らせていたと思うと、ホントにつかささんは凄い。

 ちなみに今、値段交渉をしていたのもつかささんだ。この一週間そこらでこの世界の言葉をあっさりと覚えてしまった。

 そういやこの人、めちゃくちゃ頭が良くて、確か日本語以外に三ヶ国語くらい話せると言っていた気がする。

 ちなみに俺も「あなたも覚えなさい。今後ずっと一緒にいられるとも限らないんだから」と言われ、少し勉強したのだがまだまだだ。

 さらに言うと、オッサンが武器屋に武器を卸しに行ったとき、武器屋のオヤジから、俺たちがこの剣とクロスボウで耳長グマと怪鳥を撃退したということを売り文句にしたいと提案された。

 そこでつかささんは、広場でPRイベントを開き、そこで宣伝する。さらに宣伝ポスターを作り、旅人の集まりやすい宿屋に一ヶ月いくらとかのお金を払って貼らせてもらいなさいと助言していた。つまりCMとポスターという販売促進事業である。そして俺たちはその出演料として500ゴルカを受け取っていた。

 出演料の先払いという概念のない彼らはかなり驚いてはいたが、イベントは盛況ですぐに効果があったため、かなり喜んでいた。

 俺たちもこちらの世界での資金をなんとかある程度、手に入れることが出来てほっとしている。


 そして服屋に入った俺たちは、それぞれ服を物色し始めた。

 といってもこの世界の服屋は、俺たちの世界のファストブランドなんかとは違い、それほどに種類はない。サイズが合って着られればいいといった感じだ。

 おそらく派手目の服は、仕立て屋が貴族の家に行って直接作るのだろう。

 これからこちらの世界でどんな冒険が待っているのかわからない。

 とりあえず丈夫そうなモノを適当に選ぶ。


「まぁこれでいいだろ」


 店主のところへと持っていく。


「チュニックにズボン。外套で200ゴルカね」

「高くないですか?」

「そりゃこれは旅人用の丈夫なやつだからね。普段着用のものならもっと安いのもあるよ」

「いや、丈夫な方がいいや。ところで、この世界には魔王とかいるのか」

「マオウ? なんだそれは? 聞いたことないな」


 この世界には魔王がいるわけじゃないのか。

 じゃあ魔王退治のために異世界転生したわけでもないのかな。何かしらのチート能力もあるわけじゃないし。

 それか実はいるけど、テレビもネットもないから伝わってないだけとか。まぁわからんよなぁ。


「戦争とかもないのか?」

「戦争もないね。昔はあったみたいだけど。俺が生まれる前の話だよ」


 そっか。結構平和な世界に飛ばされたんだな。

 これはラッキーなのかどうなのか。冒険の目的がないとなると、ホントにこの街で職を見つけて、家を買って、つかささんと暮らすことになる。

 つかささんと結婚か。それはそれでもアリな気もするが。

 

「そういや、つかささんはずいぶん時間がかかってるな。やはり女の子ってことか? ってえ? なにそれ!?」

「ん? 何が?」

「何が? じゃないですよ。なんでそんなに服を抱えてるんですか!?」

「だって洗濯すること考えたら、最低三枚づつはいるでしょう」

「そんなに要らないでしょ。てかそんなに頻繁に洗濯できないし」

「洗濯できないならもっといるじゃない」

「いりませんよ。一枚で十分です!」


 俺は彼女の抱えた服の中から、一番似合いそうなモノを選ぶと彼女に渡した。


「これでいいですね? 早く着替えてきて下さい。あのじいさんにスーツ売らないといけないんですから」


 そう言ってつかささんを試着室へと押し込んだ。


「聞いたことないですよ。RPGで持ち物欄が布の服だらけなの。普通たくさん持つなら薬草でしょ。ゲームの後半になってやたら敵から布の服ドロップして、でも売ってもたいした金にもならないからずっと持ってたら知らん間に溜まってるってことはありますけど」


 ブツブツと独り言を言いながら試着室の前で待つ。なかなか出てこない。

 

「つかささん。まだですか? 大丈夫ですか? 開けますよ? なんだ似合ってるじゃないですか、、、? 大丈夫ですか? 泣いてるんですか?」

「だって。毎日仕事に追われて。しかもクライアントとかにカッコ悪いとこ見せられないからってオシャレして化粧もして。気をつかって。本当はいい男にモテるためにオシャレしたり、自分に自信を持つためにオシャレしたいのに、いつの間にかオシャレも仕事の一環みたいになってて。別に経費も出ないし、休みの日に化粧の勉強しても休日出勤にならないし。それで、気がついたら異世界とか飛ばされて、いきなり変なクマに襲われるし、山の中に入っていったらデカイ鳥はいるし。やっと街で少しは文化的なことできるかと思ったら、服は一着しかダメだって」


 泣きじゃくりながら一気にまくし立てられる。

 確かに。

 こちらの世界で生き残ることばかり考えていて、彼女の気持ちまで考えていなかった。

 それを俺は、つかささんとの結婚生活とか妄想して、勝手にテンション上がって。何を考えているのか。

 俺は彼女に近寄ると、そっと抱きしめる。


「すみません、つかささん。つかささんの気持ち、何も考えてなくて。じゃあ服、二着まで買いましょう」

「もういいもん!」


 そう言って突き飛ばされる。そしてつかささんは店を飛び出していった。


「あー、ダメか」


 俺は、仕方なく服の会計を済ませると、さっきのじいさんのところへ行ってスーツを売った。

 そしてつかささんを探して、街の中を少し歩き回る。

 

「あっ、見つけた」


 これまた怪しい露天商のところに座り込み、首飾りを眺めていた。

 

「いいですよ買っても」

「いいの?」

「だってつかささんのおかげでこんなにお金儲け出来たんですよ? そのくらい大丈夫です」


 俺はそう言ってゴルカの入った袋を見せた。


「ありがとう。大切にするね」

「なんなら3つ買いますか?」

「もう意地悪ね。いらないわよ」

「ん、この本なんですか?」


 俺は隅っこにあった本を手に取った。

 こんな世界では本は貴重だと思うんだが。そもそも紙の精製技術があることに驚く。


「それは伝説の勇者の冒険の書だよ」

「伝説の勇者!? 伝説の勇者がいたんですか?」

「おう、いたとも。伝説の勇者が、この世に混沌をもたらした魔王を倒した冒険が記録されておる」

「やっぱり勇者と魔王がいたんだ」

「違うわよ」

「えっ、つかささん? 違うんですか?」

「よくある小説でしょ? この世界には情報ってのがほとんどないから、適当に書いた冒険小説を間に受ける人がいるのよ。きっとそれもその類でしょ」

「あー、そういうことか。オジサン。ちょっと見ていいですか?」

「ちょっとだけだぞ?」


 そう言われ、中をペラペラとめくる。

 

「ん、温泉○? 食事△? アクセス×? こっちもだ。温泉なし、食事○、アクセス△。これ、冒険記って魔王退治の冒険記じゃなくて、旅した先々の宿屋のレビュー本じゃないですか」

「ホントに? 見せて。ホントだ。かつてこの世界中を旅した誰かが、宿屋の満足度を記したのね。魔王なんて出てこないじゃない」

「はっはっはっ。バレたか。そんなもの、誰も買ってくれんからの。冒険小説とでも言えば、騙されて買ってくれる人がいると思ったんだが。失敗だったか」

「このオヤジ、、、」

「、、、温泉かぁ。あの村の温泉良かったなぁ」

 

 つかささんが遠い目をしている。


「つかささん。温泉旅行しませんか?」

「温泉旅行?」

「だって、もといた世界では忙しくて温泉旅行出来てなかったでしょ? どうせこっちの世界ではやることないんだ。この本見ながら一緒に旅しませんか?」

「、、、それもいいかもね」

「オジサン。これ下さい」

「まさか。こんな本が売れるとはの」


 そして俺たちの冒険の旅、もとい温泉旅行が始まった。


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