小さな村
「うひー、気持ちいぃぃぃ。まさか異世界で風呂に入れるとは」
いつも不思議に思うのだが、なぜ風呂に入ると普段使わない思いもしない言葉が自然と出てくるのか。この風呂に入る気持ちよさというのは先祖代々感じていて、俺が風呂に入ることによって、遺伝子記憶から呼び起こされているのではないかと思ったりもする。
風呂はまさかの露天風呂。源泉かけ流しの温泉だ。少々お湯がぬる目なのが気にはなるが、風呂に入れるだけで満足だ。
少し離れたところで、俺が助けたオッサンも入っている。
何語かわからん言語を話すオッサン。馬車に様々な荷物を積んでいたところからもしかしたら行商人かそれとも運送屋なのか。
なぞの耳長グマを追っ払ったあと、オッサンは地図を俺たちに見せ、自分たちの現在地とある場所を指差していた。そしてついてこいとジェスチャーで言うのでついていくと、近くに小さな村があった。
結局その村人たちも何を言っているのかわからなかったが、オッサンは会話ができるようだった。
やはりこのオッサンがおかしいのではなく、俺たちがイレギュラーな存在のようだ。
オッサンのススメで村にあった宿屋へと泊めてもらう。そして今、その宿屋にあった温泉に入っているというわけだ。
まさか異世界にも温泉があるとは思わなかったが、あるもんは仕方がない。ありがたく入らせてもらう。
「そろそろ上がるか」
オッサンに軽く手を上げ挨拶をすると、俺は風呂を出て部屋へと戻った。
さすがに石鹸やシャンプーの類がないので少し気持ちは悪いが、そこまで贅沢は言えない。
部屋に戻ると髪をとかすつかささんの姿があった。
「あら、おかえりなさい」
「つかささんの方が早かったんですね」
「私、長風呂すると湯あたりするから」
「そうなんですね」
そんなことを言いながら、ベッドに腰を落ち着かせる。
風呂上りで部屋へと戻ったらつかささんがいる、というのはあのホテル以来だ。
しかも今回はシラフだし彼女も起きている。
そういう雰囲気ではないが、少し緊張する。
「ん、どうしたの?」
彼女のことをチラチラ見すぎたか。彼女の疑問に少し戸惑う。
ここで女の扱いに長けた色男とかなら「色っぽいな」とか言えるのだろうが、俺にそんな度胸はない。
「いや、風呂気持ちよかったですね」
「そうね。でもシャンプーもトリートメントもないから髪がゴワゴワで。せめて櫛でもあればいいんだけど」
なるほどそれで。彼女は先程から髪を触っているのか。
身体を拭くのも、バスタオルのような性能のいいものはなく、擦ると肌が痛くなるようななぞの布切れだけだ。それで濡れた肌を押さえて、水分を吸わせるので精一杯だった。
遥かに文明が発達した世界から、これほど原始的な世界にやってくるとこれほどまで不便なのかと、いかに今までの俺たちの生活が恵まれていたのかとつくづく思う。
今は外が少し明るいが、電灯もないので夜になれば真っ暗だろう。明かりは、机の上に置かれた燭台くらいなものだ。
まぁテレビもなければゲームもない。やることないから暗くなれば寝るしかないのだが。
スマホゲーもできないので、ログボ回収をしなくて良いと思うと少し気が楽なようなさみしいような。
「しかし、こんな世界にも温泉ってあるんですね」
「そうね。近くに火山でもあるのかしら。でも、その温泉をちゃんと宿屋がお風呂として利用しているのは偉いわね。でも、最近仕事仕事で温泉旅行なんて行けてなかったから、ちょうど良かったわ」
「確かに。有給休暇って何? って感じでしたしね。たとえ取れたとしても、旅行なんて行かず家で寝かせてくれって気持ちでした」
「それはあるわね。休みの日に友達にランチに誘われても、食事中に寝ちゃって友達に心配されたこともあったし」
「それはかなりやばいですね」
連日の激務でヘロヘロだった俺に対し、いつもバリバリ仕事をこなすつかささんをカッコいいなと思っていたが、やはりかなり疲れがたまっていたんだなと思う。
普通こんな訳わかんない世界にくると、ストレスを感じて精神的に参ると思うんだが、逆にリフレッシュできるってのは皮肉なものである。
「それにしてもこれからどうするか、ですよね。住むところなければお金もない。当然仕事もない。今日はあのオッサンをたまたま助けた形になって、好意で宿に泊めて貰えましたけど、いつまでもそうってわけにも行きませんし」
「確かにね。でもあのおじさん。馬車に結構な荷物を積んでたわよね。もちろん武器も積んでいた。あれ護身用じゃなくて商品みたいだった。きっとどこかへ運んでいる途中だったんでしょう」
「といいますと?」
「あの剣、柄の部分に装飾が施されていた。ただ剣を作って戦うだけならあんなものは必要ない。装飾するってことは、商品を魅力的に見せるってこと。商売が成り立っているのよ。農家が、たまに襲ってくる動物相手に武器を使うのに装飾なんて必要ないでしょ? 何かしらの理由で大量の武器が必要で、その需要目当てに武器職人が何人もいて、競合した結果、ちょっとでも自分の作った武器を良く魅せたい。そういう理由でもないと武器に装飾なんて施さないのよ。つまり武器工房や武器屋がいくつもあるような、そういう需要のあるような大きな街が存在するってこと。大きな街にさえ行けば、何かしら仕事はあるはずよ」
「なるほど。じゃああのオッサンについていけば街にたどり着いて、仕事にありつける可能性があるってことですね」
「それか戦場かのどちらかだけどね」
「戦場、ですか、、、」
「そう武器が必要になる最もわかりやすい理由が戦争だからね。どこかで戦争があって、その戦場にあのオジサンは武器を売りつけに行こうとしている可能性はある。剣なんてちょっと使えばすぐに刃こぼれして使えなくなる消耗品みたいなところあるから」
「戦場は嫌ですね」
「そう願うしかないわね。まぁざっと見た感じ雑貨的なものも積んでいたから、おそらくは街でしょうね」
「そう願います」
「さぁそろそろ食事にしましょうか。下の食堂で食事ができるみたいだから」
「そうですね。ここに来てから何も食べてないのでさすがに腹が減りましたよ」
そう言いながら、つかささんについて部屋を出ようとして、急に立ち止まった彼女にぶつかりそうになる。
「どうしたんですか?」
「そうだ。今のうちに言っておくけど、、、」
「はい?」
「オジサンがツインの部屋にはしてくれたけど、ひと部屋しか取ってくれなかったから仕方なく一緒にいるけど、襲ったりしないでね。ホテルでの件は、あれはホントに一時の気の迷いなんだから」
「わっ、わかってますって」
「それに、こんな状況で子供でも出来たら本当に詰みなんだからね、私たち。お願いよ」
念を押されてしまった。
俺も、さすがにないよなと思いながらも心の片隅によぎってはいたのだが。こう念を押されると諦めるしかない。
ってか、子供が出来たら詰みって出来ないようにすればいいのか?
いや、やめておこう。
とりあえず腹ごしらえをしながら、もし自分がどうにかなりそうになった時の自制の方法を考えようと思った。