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のようなもの

「あー」

 

 その光景を見て思ったのは、来るんじゃなかった、だった。

 馬車が倒され、馬のような生き物が血を流して横たわっている。

 そのそばでは涙を流し這いつくばっているオッサンと、今にもそのオッサンを襲おうとしているクマのような生き物がいる。

 先ほどから「ようなもの」と言っているのは、実際に俺が知っている馬やクマではないからだ。どこか微妙に違う。馬にしては首がそれほど長くなく、全体的に毛で覆われているし、クマも、シルエット的にはクマのようではあるが、耳がうさぎのように長い。

 オッサンに関しては、どこからどう見てもオッサンである。


「つかささん、どうしましょう」

「どうしましょうって言われたって、、、」


 仕事で困った時は上司に相談するっていうのが社会人の基本なのだが、今回ばかりはつかささんもわからないでいる。まぁ当たり前か。

 

「出来れば今すぐ逃げたいところだけど、あの男性を放っておくわけにもいかないでしょう?」


 そうは言っても、見ず知らずのオッサンを助けに行って命を落としたんじゃ割に合わないんだが。

 するとオッサンがこちらに気づいたようで、何かを叫んでいる。

 それにクマのような生き物もつられてこちらに目を向ける。

 耳長グマはこちらを向くと、立ち上がり大声を上げて威嚇してくる。

 完全にやる気だ。

 そう思ったのも束の間、こちらへと走り込んでくる。

 俺はつかささんを抱きしめ、倒れこむように右横へと逃れた。

 先ほどまで自分達のいた空間を大きな爪が切り裂く。

 ブンッという空気を切る音に背筋がゾッとする。

 俺は、なんてことをしてくれたんだと言わんばかりにオッサンの方を睨みつける。

 しかしその睨みは空振りに終わる。オッサンがこちらを見ていなかったのだ。

 馬車の裏へと逃げ隠れていたのだ。

 マジあのオッサン終わってる。

 また耳長グマがこちらへとゆっくりと向き直る。そしてゆっくりとこちらへと近づいてきた。

 一気に来ないのは、次は外さないぞという意思にもとれる。

 

「ちょっとやしろくん、こっち来るわよ」

「わっ、わかってますけど。せめてつかささんだけでも逃げて、、、」


 そう言うものの、つかささんは俺の服の袖を握り締めて震えている。

 ちょっと可愛いとか思う余裕はない。

 そこでカランカランと、喫茶店の入口のような音がする。

 側には抜き身の両刃剣が転がっていた。その剣の先には、オッサンが耳長グマを指差している。

 これでやれってか。

 どうやらオッサンは馬車に隠れていたのではなく、戦える武器を探してくれていたようだ。

 いやお前が戦えよ。という文句が出そうになるが、それをグッとこらえて剣を握りしめる。

 ほとんど運動もしたことのない、デスクワークメインのサラリーマンが剣握りしめてクマと戦えとか、むちゃぶりにも程がある。これが業務命令なら最上級のパワハラだ。

 そこで耳長グマの右前足が振り下ろされるが、それをなんとか剣で受け止めようとするが、簡単に弾かれる。そりゃそうだ。どんだけパワーが違うと思ってるんだ。剣を落とさなかったのがやっとである。

 しかし、すぐに追撃が来る。

 さすがに終わったと目をつむる。が、何も起こらない。

 痛みも衝撃もない。即死ってこういうものなのか?

 いや違う。

 うめき声にそっと目を開けると、耳長グマの腕に矢のようなものが刺さっている。

 耳長グマは、それに驚いたのか一目散に森の中へと逃げていった。

 なんとか一息つく。

 しかしあの矢、どこから?

 後ろを見るとつかささんの姿がない。

 辺りを見回すと、オッサンの側で肩で息をしながらクロスボウを構えているつかささんの姿があった。

 どうやらいつの間にかオッサンのところへと移動していたつかささんが、おそらくオッサンの持っていたクロスボウを放ってくれたようだ。

 俺は立ち上がり、つかささんとオッサンの下へと向かう。


「ありがとうございます、つかささん。助かりました」

「ううん。当たって良かった。こんなの使うの初めてだから」


 つかささんはやっと緊張が解かれたのか笑が溢れる。


「それにしてもオッサン。そんなの持ってるならもっと早く撃ってよ」


 そうオッサンに悪態をつくが、キョトンとした表情を浮かべている。

 そして笑顔で何かを言いながら俺たちの肩をバンバンと叩く。


「言葉が通じてない? この人、日本人じゃないのか」

「どうやらそうみたいね。英語でも中国語でもないみたい」

「確かに。それにさっきの耳の長いクマも初めて見ましたし、ここに横たわってる全身毛むくじゃらの馬もあまり見かけませんね」

「というか今時、馬車に剣にクロスボウって日本で見ないわよ。外国でもどこかのテーマパークくらいじゃない、あるとしても」

「じゃあ、、、」

「アナタの言っていた冗談が現実だったみたいね」

「異世界に飛ばされたって奴ですか」

「そう」


 はぁ、と落ち込むようにつかささんはため息をつく。


「どんなオカルトでも、地球上ならなんとか帰る手段もありそうだけど、異世界ってどうなのよ。スマホは使えない。コンビニもない。それどころかお金もないわよ」

「あぁそうか。それはかなりヤバイ状況ですね」


 そんなことを言いながら、毎週録画していたアニメの続きやマンガの続きがもう見れないのかと、そんなことを俺は考えていた。


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