大樹の村④
つかささんは俺の下へと駆け寄ると俺の頬を触る。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
つかささんに心配されるのは何だか嬉しい。
「たぶん、大丈夫です」
「そう、よかった。血だらけだからやしろくんの血なのかどうかわからないわね」
「なるほど。そうですね」
「それにしてもヒドイ顔、、、」
「それはつかささんもですよ」
そこで真顔になり、そしてお互いに吹き出す。
緊張が解けたからなのかもしれない。
「さぁ降りましょうか。つかささん」
「ねぇ、、、」
階段へと向かおうとする俺をつかささんが引き止める。
「お風呂、入っていかない?」
「風呂、ですか」
「せっかくここまで来たんだしさ。それにお互いに血だらけで何だか気持ちも悪いしさ」
「まぁそうですね。血を洗い流すだけでも」
そう言って、俺たちは温泉の方へと向かった。
そこは本当に不思議だった。
「大樹のてっぺんが凹んでそこに水が溜まっているんですね」
「いえ、たぶんこれ雨水ではないわ」
「じゃあスタッフの人が水を入れてるってことですかね?」
「わからないけど、なんだか違う気がする。この木から溢れてきているような。そんな気がする」
「樹液ってことですか?」
「樹液とも違う。何かこの木の持つ生命エネルギーのような物が溢れているような。そんな感じがするの」
つかささんはお湯をすくいながらそう答える。
「温かくてキレイ。不思議な水」
「そうですね」
「さぁ入りましょうか」
はい、と言って俺は服を脱ぐとお湯の中に身体を沈める。
お湯に浸っているだけではない、木の温もりに包まれているかのように感じる。
命のエネルギーというものがあるのであれば、全身にそれが満たされていくような感覚がある。
「つかささん、このお湯、最高ですよって、つかささん!?」
「なに?」
「なにって、なんで裸なんですか?」
「だって水着、宿に置いてきちゃったし。それに、私たち以外誰もいないんだからいいじゃない」
「いや、俺はいいですけど」
「なら何の問題もないわね」
そう言うと、大事な部分だけ手で隠しながらお湯の中へと入る。
「はぁ、確かに気持ちいいわね」
気持ちよさそうに笑みを浮かべるつかささんの表情より、お湯の中にあるつかささんの身体が気になって仕方がない。
しかし、光が反射してお湯の中はよく見えなかった。
そしてつかささんは俺へと身を預けてくる。
「つかささん?」
「何か疲れちゃって。ごめん、しばらくこうさせて、、、」
肩と肩が触れる。肘と肘が当たる。つま先とつま先が少し絡む。
その心地よさに、俺も脱力しつかささんへと身を任せ、お互いに支え合う形になる。
まぁ唯一残念と言えば、つかささんの美肌が見れなかったというところだが。
なぜ見られなかった?
お湯は透明なはずなのに。
光に反射していたから。
その光はどこから。
上を見上げると、そこには金色に輝く大きな月が迫っていた。
近ぁ! デカァ! 何これ!
思わず声も出ない。
これは俺の知っている月ではない。星ではない、魔力に満ちたエネルギーの塊だ。
そう言えば、村の人が言っていた。創世樹に月が最も近づく時、頂上にいると神隠しに会う。
その月のようなものの光によって、水面がどんどんと明るくなる。
月から放たれるエネルギーと、大樹のお湯に満ちたエネルギーが混ざり合い、その場に不思議な力場が生まれるのを感じる。
お湯が反射する光はさらに強さを増し、すぐ隣にいるつかささんの顔すら眩しくて見えなくなる。
俺は急に不安になり、つかささんを抱きしめた。
「やしろくん!?」
「つかささん!」
そして俺の意識は薄れていった。




