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大樹の村③

「ちょっと待ってぇ!」

「大丈夫ですか? つかささん」


 振り返ると階段の下の方で、息を切らしているつかささんの姿があった。

 まさか大樹の中に通路や階段があるとは思わなかった。

 大きなビルくらいはありそうな木なので、多少くり抜いても問題はないのだろうか。ただ少し息苦しさはあるように感じる。

 途中に窓があったり、一旦外に出て、太い枝づたいに登っていく箇所もあった。

 普通に登っていたら、景色も綺麗で気持ちも良かったのかもしれないが、今はそんな余裕はなかった。

 

 大樹の頂上には温泉があるらしい。有名な観光地だそうだ。

 しかし、月が大樹に最も近づく頃に温泉のそばにいると神隠しに会う。その為、その期間は温泉が閉鎖になる。

 そんな話を聞いて、俺たちは諦めて宿に戻ろうとした。そんな時だった。

 大樹から数人の人が慌てて飛び出してきた。

 どうやら頂上にモンスターが現れて、閉鎖作業をしていた温泉のスタッフを襲っているとのことだった。

 何人かは何とか逃れられたが、まだ数人取り残されているらしい。

 俺たちの姿を見て冒険者だと思った彼らは、俺たちに助けを求めてきた。

 俺とつかささんは、仕方なく頂上へと向かうことにしたのだった。


「ごめん。もう大丈夫。行こう」

「はい」


 俺たちは行動を再開する。

 大樹はかなりの高さだ。

 エスカレーターやエレベーターなんて物もない。自力で上がっていくしかない。

 俺もつかささんも、すでに疲労困憊である。

 こんな状態で頂上にたどり着いたとして、果たしてモンスターと戦えるのだろうか。

 そんな心配を胸に、階段を登っていく。




「なんとか頂上ですかね?」

「着いた?」


 これ以上、上がる階段が見当たらないのでどうやら頂上へとたどり着いたようだ。

 頂上は広間のようになっていた。

 小さな小屋のようなものもいくつか見える。

 頂上は大樹の枝葉によって周りを覆われてはいるが、隙間からは水平線が見える。

 下を覗いても、高すぎて村の様子は伺えなかった。


「モンスターはどこに?」

「あれかも?」


 つかささんの指差す先に、それはいた。

 それは見覚えがあった。


「アレってひょっとして、、、」

「ひょっとするわね」

「俺たちがこっちにやってきて初めての村の近くで遭遇した怪鳥ですよね?」

「きっとそうね」


 そう目の前にいらっしゃるのは、あの時の怪鳥だった。

 その怪鳥は、売店のような物を潰し、そこにある食料を貪っている。


「まさかこんなところで再会するとはね」

「でもあの時より一回り小さいような」

「もしかしたら、あの時かえったヒナの方かもね」

「短期間で立派に育ちましたね」

「観賞に浸っている場合じゃないでしょ」

「そうでした。取り残されたスタッフというのはどこでしょうか」

「見て、あの小屋の中にいるわ。窓から様子を見てる」

「行ってみましょうか」

「怪鳥に気づかれないように、慎重にね」


 俺たちは背を低くして、静かに小屋へと向かう。

 なんか、あの時もこうしてコソコソやっていた気がする。

 怪鳥は成長しても、俺たちはやっていることが変わらないなと思う。

 小屋のそばまでやってきたが入り口が見えない。もしかしたら怪鳥のいる方なのかもしれない。開ければ気づかれるのだろう。

 少し空いた窓の下までやってくる。

 

「大丈夫ですか?」

「アナタたちはいったい?」

「ただの冒険者です。モンスターが現れて、スタッフの人たちが取り残されていると聞いたのでやってきました」

「なんて無茶な、、、」


 顔はよく見えない。窓と言っても、ガラスではなく木製の板がはまっているタイプの物だ。中の様子も伺えない。

しかし聞こえる声はキレイな女性の声だ。

 勝手に美人なのだろうなと想像してしまう。


「そこには何人いるのですか?」

「二人です」

「他には?」

「他の人たちはみんな逃げたと思います。私たちだけ逃げ遅れてしまって、、、」

「どうにか逃げられませんか?」

「さっき、入り口の木戸を開けようとしたらキィーという音が鳴ってしまって。それであのモンスターがこっちを見たのですぐ閉じてしまいました」

「なるほど。つかささん、どうしましょう?」

「このまま待っていてもラチがあかないわ。あそこにある物を食べ終えて、そのまま飛び去ってくれればいいけど、まだ食べ物を探して小屋を破壊して回る可能性もある」

「そうなると完全に逃げられませんね」

「何とかこの小屋から出て、あの階段まで逃げられたら怪鳥は身体の大きさから入ってこられないはず。窓からでも外に出られない?」

「でもこの窓も木で出来ていて、これ以上開けると音がするんです」

「油はある?」

「油ですか? 出店で使う物のストックが中にあります」

「それを渡してくれる?」

「どうするんですか?」

「外から、蝶番にかけて出来るだけ音がならないようにしましょう。やしろくんはそっちを」

「わかりました」


 すると窓の隙間から女性の細い手が伸びてくる。その手には油の入ったコップが握られている。

 窓の隙間から渡せるようにと、俺たちが塗りやすいように移し替えてくれたようだ。

 俺たちはその油を蝶番になじませると、少しづつ木製の窓を開けていく。

 怪鳥にはまだ気づかれていない。しかし、もうすぐ食事は終わりそうである。

 窓を開けたところで美しい女性が二人、姿を見せる。

 思わず見とれて固まってしまう俺の脇腹をつかささんが突く。

 俺は我に返ると、窓から身を乗り出す女性を抱きかかえ、外へと引っ張り出す。

 柔らかい女性の身体を抱きとめるが、逆に心の中から「こんにちは」しようとする煩悩君を心の小部屋へと押し戻す。

 当然、つかささんの方は怖くて見れない。今は、怪鳥よりつかささんの方が怖いくらいだ。

 二人目を出そうとしたところで、スカートの裾が窓に引っかかり彼女がバランスを崩して俺の方へと落ちてくる。

 さすがに俺も支えきれず二人もつれるように倒れこむ。


「あっ!」


 当然、今の衝撃音で怪鳥はこちらへと顔を向けた。


「走って!」


 つかささんが二人のお尻を叩く。

 

「「はい!」」


 二人は、必死に階段へと向かって走り出した。

 俺はそれを確認すると、立ち上がり剣を引き抜く。


「結局こうなるんですね」

「まぁ仕方ないわよ」


 つかささんも剣を引き抜いた。

 俺の剣は先日、イエッタが作った奴だ。あの後、イエッタがくれたのだ。

 そして実はつかささんの剣もイエッタ製である。

 イエッタが以前作った商品なのだが、つかささんがイエッタから買い取ったのだ。

 良い物はお金を出して買う。それがつかささんの流儀だ。

 

「……」

「つかささんそれは、、、?」


 つかささんが何かを口ずさむ。

 怪鳥が大きな羽を広げてフワリと浮かび上がる。

 そしてこちらへと向かってくる。


「つかささん危ない!」

「……巻き起これ風よ!」

 

 その瞬間、突風が怪鳥を煽る。

 怪鳥はバランスを崩して地面に落ちる。


「つかささん今のはいったい、、、」

「エルに教えてもらったの、魔法。私にも出来るかなって」

「出来ちゃうんだ、、、」

「でもせいぜいこんなもんか。さぁ今がチャンスよ」

「はい!」

 

 俺は駆け寄ると、剣を振るう。

 怪鳥のモモの辺りを切りつけ、血しぶきを浴びる。

 さらに怪鳥が羽や足を使ってこちらを襲うが、何とかかわしながらダメージを入れていく。

 つかささんも、要所で魔法を駆使しながら剣撃を浴びせていた。

 俺たちもどうやらこの冒険の中で多少はレベルアップしていたようだ。


「血を流させて。血が流れれば、動きが鈍るはず」

「わかりました!」

「あと、クチバシだけは気をつけて。一撃で頭を持っていかれるわよ」

「はい!」


 こいつは俺たちのことを覚えているのだろうか。おそらくは知らないだろう。

 しかしあの時、結果的に誕生を見守ることになったこの怪鳥の命を奪うことになるということに、抵抗が無いわけではない。

 でも襲ってくる以上、戦うしかないのだ。

 本来この世界に俺たちは存在しないはずだ。そしてこの怪鳥はこの世界の住人。もしかしたら、俺たちこそがここでやられるべきではないのか。そうも思う。


「何考えてるの?」

「えっ?」

「考え事なんてしながら戦ってたら死ぬわよ!」

「はい、でも、、、」

「でもじゃない! 私はアナタに死んで欲しくないのよ。わかって」

「すみません、、、」


 俺は身を低くして怪鳥の横振りの翼をかわすと、翼の付け根を切り裂く。

 怪鳥の動きが、かなり鈍る。

 すると俺はその身体に潜り込むと喉元に剣を突き刺した。

 怪鳥は大きな奇声を上げると、動かなくなりそのまま倒れ込んてきた。

 なんとか這い出ようとすると、つかささんによって俺の手を掴まれ引き出される。


「お疲れさま」

「、、、はい」


 今の俺にはそれしか言葉が出なかった。


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