幽谷の村③
人狼たちの村、シエロの村よりさらに山奥へとやってくると、その温泉はあった。
「お二人さん、あいつらです。クソッ、あいつらノンキに風呂に入りやがって」
温泉まで連れてきてくれたジョニィは、温泉に浸かるモンスターたちを見て悪態をつく。
しかし彼らの言うモンスターって、、、
「サル、ですよね?」
「そうね。サルね」
そう、そこには気持ち良さそうに温泉に浸かるサルの群れがいた。
しかしモンスターだけあって普通の動物園にいるサルとは違う。1頭? と言っていいのか、それらのサイズが普通のサルより圧倒的に大きい。2m弱はあるだろうか。直接戦って勝てるとは到底思えない。
「つかささん、どうしましょうか」
「そうね。話し、通じるかしら」
そう逡巡していると、横で一緒に潜んでいたジョニィがおもむろに立ち上がる。
「すみません。もうガマンできねぇ」
「えっ、ちょっと待って!」
「やいテメェら! 俺たちの温泉に、のんびり浸かってんじゃねぇ!」
「おっ!? なんだ!?」
ジョニィは勢いよく飛び出すと、牙と爪を出しサル軍団へと襲いかかる。
それに反応しサルたちも立ち上がる。
「えっ、ちょっと!」
つかささんが慌てて目を背ける。が、全身の毛量が多く、女性が見て恥ずかしがるようなモノは見えなかった。
「つかささん、大丈夫ですよ」
「ホント? あっホントだ。良かった」
つかささんはホッとして、手で目を覆うのをやめる。
しかし、ジョニィの方は大丈夫ではなさそうだ。
ジョニィ自身、腕っ節には自信はあるのかもしれないが、さすがに多勢に無勢。すぐに防戦一方になる。
だが、温泉の中で戦っているというのもあって、お湯に足が取られサルたちも上手く立ち回れず、ジョニィのことを捉えられないでいる。
「ちょっと、落ち着け! ジョニィ!」
仕方なく俺も草むらを出る。
「うるさい!」
ジョニィは完全に頭に血がのぼっている。なぜこうもイラついているのか。自分たちの縄張りを取られたから? それとも犬とサルだからだろうか。
「ジョニィ! いい加減にしなさい!」
今度はつかささんが大声を上げる。しかしジョニィは全く言うことを聞かない。
「ジョニィ! ハウス!」
えっ、そんな飼い犬を躾けるみたいな言い方で?
「ちっ! なんだよ人間の女ぁ」
「いいから、こっちに来なさい!」
「、、、わかったよ」
言うことを聞いた!?
ジョニィがしぶしぶこちらへとやってくる。
ジョニィがこちらに戻ってきたことで、サルたちも手を止めたようだ。もしかしたら、俺たちが後から出てきたことで、混乱しているのかもしれないが。
「なんなんだお前たちは、、、なんなんだいったい、、、」
やはりコイツらも喋れるのか。だが、知性があるのなら交渉の余地はあるかもしれない。しかし、すでにジョニィがケンカをふっかけたことで、うまくいくのかもわからない。
「すみません、入浴中に。俺たちは人間の旅人です。やしろとつかさと言います」
それを聞いてか、奥にいた1頭の猿人がこちらへとやってくる。
「ほう、人間か。人間がなぜこんなところにおる。なぜ人狼なんぞと馴れ合っている?」
「それは、、、成り行きで」
「その人間が、俺たちに何の用だ? 人狼絡みか?」
「そうなんです。実は、、、えーと、どうしましょう? つかささん」
「ちょっと、もう終わり? 仕方ないわね」
つかささんに助けを求めると、呆れたように肩をすくめながら俺の前へと出た。
「そうよ、話しっていうのは彼ら人狼絡みよ。彼らの話では、ここの温泉は元々人狼たちのものだったと聞いたわ。でもアナタたちに奪われて占拠されているって。それは本当なの?」
そんな直球で?
つかささんの交渉に驚くが、速攻でドロップアウトした俺には何も言えない。
「なるほどな。人間の女よ、お前の言う通りだ。この温泉は俺たちが奪った。だから何だというのだ」
「なら、返しなさい」
「嫌だと言ったら? それに、いきなり攻撃を仕掛けてきたのに返せとは。返して欲しくば、力づくで奪い取れば良いだろう。そこの若者のように。ここを奪った我々のように。なんならキサマらの仲間を連れてくればいい」
チラリとジョニィのことを見る。ジョニィは牙を剥き、怒りに震えている。
「好戦的なのね」
「我々は長年こうやって生きてきた。そしてそれは人狼どもも同じ」
「話し合いをする気はないのね」
「そこの若者が頭を下げるなら考えてやらんでもない」
「誰が!」
ジョニィが叫ぶ。
「ダメね」
「でも、ジョニィが頭を下げれば考えるって」
「そんな気ないわよ」
猿人はニヤニヤと笑っている。
その通りのようだ。
「出直しね。帰るわよ。ほら行くよ、ジョニィ」
そして俺たちは猿人たちとの対面を終え、シエロの村へと戻った。




