渓谷の街③
街から徒歩で2時間ほど行ったところにそれはあった。
「あぁここです。やっと着いた」
彼女、レィカさんは少女のようにはしゃぐ。
そう彼女に連れてこられた場所は、俺たちが目的にしていた温泉だった。
「前の夫が生きていた時、よく着ていたんですよ。でも時々モンスターも出るから、最近ではまったく来られなくって。やしろさんについて来てもらえて本当に良かった」
「モンスターは出ませんでしたけどね」
そう言いながら、一応周辺を警戒してみるがモンスターの気配はない。
「じゃあ入りましょうか」
「はい。どうぞゆっくりしてきて下さい。その間、この辺を見張ってますので」
「えっ?」
「大丈夫ですよ。けして覗いたりしないので」
「違います。一緒に入りましょうよ」
「はい?」
「せっかく一緒に来たんだから、入らないと勿体無いじゃないですか。さぁ服を脱いで」
「ちょっ、ちょっと待って下さい。そんな急に」
「待ちませんよぉ」
そんなことを言いながらレィカさんは俺の服を脱がし始める。
「恥かしいですって」
「恥ずかしがることないですよ。私には夫もいますし息子だっているんです。男性の裸は見慣れてますから」
「そういう問題ですか!?」
あっという間に服を脱がされると、腰にタオルを巻かれ温泉に突き落とされるように入れられた。
文句を言おうと振り返ると、レィカさんも服を脱ぎ始めていたので慌てて視線を外す。
そして彼女は大きなタオルで胸元から隠すと温泉に入り、俺の横へと座った。
「ふぅ。気持ちいいですねぇ」
「そっ、そうですね」
正直緊張であまり考えられない。
彼女の方をチラッと見ると、お湯に髪の毛が浸からないように後ろで束ねていた。そのため色っぽいうなじが見え、さらに緊張してしまう。
「思い出すなぁ。前の夫とここに入っていた時のこと。彼もアナタのように恥ずかしがって私のことを見てくれなかったんですよ」
「そうなんですか」
「だからそういう時はこうしたんです」
そう言うと彼女は俺の腕に自分の腕を回し頭を俺の肩に預けてきた。
「うふふっ、どうですか?」
「どうって、、、」
すごくいい匂いがするが、そんなことは言えない。
「実はね。今の夫、すごく良い人なんだけど、仕事が忙しくてほとんど家に帰ってこないの」
「へっ、へぇ」
「息子もね。大きくなっちゃって。同じ年頃の友達とずっと遊んでいて夜にならないと帰ってこないし。ママ友もね、みんなあの街生まれの人ばかりだから私みたいなよそ者は馴染めなくって」
「そうなんですね」
「そうなの。いっつも朝、誰よりも早く起きて、朝ごはん作って食べさせて、二人が出かけたら家の掃除して夕飯作って、二人はそれ食べたら寝ちゃって。毎日それの繰り返しで。なんか冒険していた頃とは全然違うなって」
「それは、なんとも、、、」
「ごしゅうしょうさまって奴?」
「そういう時はあまり使いませんけどね」
「なーんだ。難しいのね」
「じゃあ、やっぱりまた旅に出たいんですか?」
「ううん。そうじゃないの。別にいいの。今のままでも幸せだから。でも、ちょっとグチを誰かに聞いて欲しかったのかも」
「そうですか」
「ごめんね。お連れの人のこと心配よね?」
「いっ、いえ、、、」
正直心配です。ってかこの状況を知られたら絶対に殺される。
「でも本当にごめん。もう少しだけ、このままでいさせて」
それからしばらく俺は彼女、レィカさんを支える木の役を演じると、二人でダンクゥの街に戻ってきた。
そして次の日。
「ここが温泉ね。いいところじゃない」
「そっそうですね」
レィカさんの薬を飲んで、すっかり元気になったつかささんと温泉へとやってきた。
「じゃあ入ろっかな。ちょっと、あっち向いててよ。モンスターがいないか見張ってて」
「あっ、ごめんなさい」
服を脱ごうとするつかささんに慌てて背を向ける。
「いいわよ。こっち向いても」
「えっ?」
恐る恐る振り向くと、胸元と下の部分を布で隠したつかささんが立っていた。
「どうしたんですか? それ」
「この間のエルフの村の近くの温泉では一緒に入れなかったでしょ? だから作ったのよ水着。これなら一緒に入れるでしょ? ほら、アンタの分も作ったから」
「つっ、つかささぁん」
涙が出そうなほど嬉しい。
急いで服を脱ぐ。
「ばっバカ。なんで目の前で着替えるのよ。先に温泉に入ってるから着替えたらおいでよね」
「はい、すみません」
俺はつかささんお手製の水着に着替えるとつかささんの待つ温泉へと向かった。
「気持ちいいわね」
「そうですねぇ」
なんかやっと温泉を堪能出来た気がする。
そこで俺は昨日のレィカさんのことを思い出し、つかささんの隣へと移動してみる。
しかしそれは彼女の足で止められてしまった。
「ちょっとなんでこっちに来るのよ」
「いや、せっかくだし側に行こうかと」
「イヤよ。それこそせっかくの温泉なのに広々と浸かりたいじゃない。側に人がいて、狭いのイヤなのよ」
「はい、すみません」
落ち込んで、距離を取る。
「ねぇ?」
「なんですか?」
「昨日、なんかあった?」
「べっ、別に何もないですよ? なんですか急に」
「いや、なんかちょっと様子がいつもと違う気がして」
「そんなことないですよ」
「えぇ、ホントにぃ」
つかささんは、さっきは離れろと言ったくせに、今度は俺の方へと近寄ってくる。そして下から俺の顔を覗き込むように見つめてくる。
女の人ってなんでこんなに察しがいいんだ。
「なんですか。何もないですって」
「ちょっと顔、赤いじゃない」
「それは温泉で火照って。それに、そんな近づかれたら、その、胸元とかが、、、」
「はぁ!? どこ見てんのよ変態!」
頬をひっぱたかれた。なぜこんな目に遭うのか。マジでわからん。




