渓谷の街②
「つかささん、大丈夫ですか?」
「うーん、ちょっとムリそう」
つかささんは俺の問いかけにしんどそうに答える。
長旅の疲れが出たのか。かなりつらそうである。
「あれだったら、一人で行ってきてもいいよ、温泉」
どうすればいいかわからず、ベッドに座り途方に暮れていた俺を見かねたのだろう。つかささんはベッドに横になったまま、顔だけをこちらに向けて言ってきた。
でもそんなこと言われても行きづらいし、たとえ行ったとしてもつかささんのことが気になって温泉にいても落ち着かないだろう。
「さすがに置いては行けないですよ。とりあえず何かないか、ちょっとお店にでも行ってみます」
そう言うと俺は立ち上がると、寝ている彼女に近づき触れそうになって、ちょっと調子に乗りすぎかと手を引っ込めると、部屋を出た。
昨日、謎の女性に案内してもらったお店にやってくる。旅に必要なアイテムを少し買ったのだが、もしかしたら薬もあるかもしれない。なければ店主に他の店を聞くのもありだ。医者を紹介してもらえると、より助かる。
「あら、昨日の、、、」
店の前で昨日の女性に会った。
そういえば家が近くだと言っていたか。そりゃ会うよなと思う。
「今日も買い出しですか?」
「あっ、いえ。いやそうなんですけど」
なんで俺は緊張しているのか。意味がわからない。
「えーと、実は連れが調子を崩しまして。何かいい薬はないかと」
「まぁそれは大変!」
「あっ、いえ。病気ではなさそうなんですけどね。たぶん疲れが溜まってただけだと。医者じゃないんでわからないですけど」
「そうなの。だったら家に薬があったはず。よければ差し上げますよ」
「えぇいいんですか?」
「昨日も言いましたけど、この街には冒険者もあまり来ないので、そういう薬を置いている店もあまりないと思いますよ」
そう言われ、俺は彼女に付いて彼女の家へと向かった。
「えーと、確かこの辺に、、、」
そして俺はなぜ彼女の部屋に通されているのか。
俺は家の中に通されると、リビングの椅子に座らされお茶と茶菓子を差し出された。
俺はそれを口にし「美味しいです」と言うと、それに満足したのか、戸棚やらクローゼットの中を探し始めた。
「ごめんなさいね。どこに仕舞ったのかしら」
「いえ、お構いなく。むしろありがとうございます」
「いいのよ。きっともう使わないから」
頭をクローゼットに突っ込み、お尻だけがこちらを向いている。
女性のお尻を見ながら飲むお茶ってのは、なかなか人生で遭遇しない状況だ。
「実はね。私の前の夫が冒険者だったの」
「えっ? そうだったんですか?」
唐突な告白に少し驚く。
「私が生まれ育った村に彼はやってきたの。その村もあまり冒険者の訪れるような村じゃなかったから、初めて見る村以外の人に私は衝撃を受けたの。まだ若かった私は一目惚れしてしまった。それで彼に付いて旅に出ることにしたの」
「へっ、へぇ、、、」
とりあえずの相槌を打つ。
「いろんなところに行ったわ。楽しかった。彼に憧れていたってのもあるけど、きっと村の外が見たかったのね。そして旅の末、この街にたどり着いた時に私の妊娠が発覚したの。私は言ったわ。私を置いて旅に出てって。でも彼は一緒にこの街に住もうと言ってくれた。子供が大きくなったとき、良かったら三人で旅の続きをしようって」
「良い人ですね」
「そうね。でも、息子が生まれてすぐの頃にこの街がモンスターに襲われて、夫はモンスターと戦って、死んでしまったの」
「それは、、、ご愁傷様です」
「ごしゅうしょうさま?」
「あぁ俺の国では、こういう時そう言うんです」
「そうなのね。ごめんなさい」
「じゃあ今は?」
「再婚したのよ。この町の人と。今は3人で暮らしてるの。息子のことも気に入ってくれてよく面倒を見てくれるわ。でも、、、」
「でも?」
「ごめんなさい。昨日今日会った人にこんな話をするのも変だったわね。それにしてもどこに仕舞ったのかしら」
彼女は椅子を持ち出すと、その上に乗りクローゼットの上の方を探し始める。
「危ないですよ」
俺は彼女の方へと向かう。
「あったわ。これよこれ。前の夫と旅をしていた時に使ってたの。あっ!」
そう言って振り返った瞬間、彼女はバランスを崩して倒れる。俺はすかさず彼女のことを受け止め、抱き抱えた。
「あっ、ごめんなさい、、、」
「大丈夫ですか?」
「ダメね。私、昔っからこんな感じで。前の夫の足ばかり引っ張って」
「いえ、そんなこと、たぶん思ってないですよ」
「ねぇ、一つお願いしていい?」
彼女は俺の腕の中で、潤む瞳でこちらを見つめてきた。




