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残業、そして、、、

「やしろくん、そっちはどう?」

「頑張ってはいますけど、厳しいっスよ」


 彼女、上司の女上めがみつかさの問いに答える。

 彼女のことは尊敬しているし、女性としても魅力的だと思っているが、どうしても怒りの感情が言葉に乗っかってしまう。

 俺、平八代たいらやしろは都内某社の平社員だ。そして彼女、女上つかささんは俺の直の上司に当たる。

 今は夜の11時。俺たち二人は会社に残って残業をしていた。

 

「ホントに課長、何を考えているんでしょうね」

「何も考えてないわよ。そんなことより無駄口叩いてないで手を動かして。終電乗れないわよ」


 つかささんに俺は急かされ、黙ってパソコンへと集中する。しかし、自然とタイピングには力が入り、カタカタと大きな音が出てしまう。

 まあいい、今日は金曜日。明日は休みなのだ。正直終電で必ずしも帰る必要はない。かといって理不尽な理由で残業させられるのも腹は立つ。

 俺たちの残業が決定したのは午後5時のことだ。

 上司の同島課長が、明日の土曜日にクライアントと打ち合わせがあることを忘れていたのだ。しかもその資料をまったく用意していなかったらしい。

 当然俺たちには関係のない、課長が勝手に残業するなり打ち合わせで恥をかくなりすればいいだけの話しなのだが、その資料作りを俺とつかささんに押し付けてきたのだ。

 しかも本人は用事があるとか言ってすでに帰宅している。

 俺たちは俺たちで仕事はあるのだ。だがそんなことはお構いなし。押し付けられた俺たちはやるしかなかった。

 これをやって俺たちの評価が上がるわけではない。逆にやらなければ課長が人事評価を下げてくる。

 まぁ完全なパワハラなのだが、もし呪うのならこんな会社に入ってしまった自分を呪うしかない。

 

「ごめんね、やしろくん。付き合わせちゃって」

「いいですよ別に。特に予定もないですから」


 俺はつかささんに小さくそう返した。



 

資料や見積書が完成し、クソ上司の机の上にそれを置いて会社を出たころには、日付はとっくに変わっていた。

 もちろん終電ももうない。


「ホントにごめんね。終電間に合わなくて。タクシー代出すから」


 やしろさんは両手を合わせて、俺に頭を下げてくる。


「いいですよ、大丈夫です。気にしないでください。それに明日はどうせ休みなんで、ネカフェでも行きますよ」

「えっ、そうなの? そっか、ごめんね」

「つかささんはタクシーで帰りますよね? タク捕まるまで付き合いますよ」


 そう言って、俺たちは大通りの方へと向かう。大通りに出て捕まるかどうかはわからないが、サイテーでも駅まで行けば捕まるだろう。どうせネカフェも駅前にしかないのだ。

 

「ねぇやしろくん」

「どうしたんですか?」

「もし良かったら1杯付き合わない?」

「えっ、いいですけど。どうしたんですか?」

「いや、さ。残業付き合ってもらったお礼もしたいし、なんかウサも晴らしたいし」

「そうっすね。じゃあ行きますか」


 内心少し喜んでいる自分がいる。

 会社の忘年会とかで飲みにいったことはあるが、つかささんと二人で飲みに行ったことはない。

 少しウキウキ気分で、俺たちは飲み屋へと向かった。


 

 

「やしろくぅーん」

「わかりましたから、ちゃんと立って下さいよ」


 ベロベロに酔って俺にもたれ掛かってくるつかささんを俺は必死に支える。

 ワンチャン彼女が酔えば、彼女のやわ肌に触れられるとか考えていた約2時間前。目的は達成できたが、そんなレベルではなかった。

 彼女はビールと酎ハイ二杯であっという間に酔っ払ってしまい、ガンガン俺に絡んできたのだ。まさかこんなに絡みぐせがあるとは思いもしなかった。

 大声を上げ、机をバンバンと叩き、まだ酒の入っているグラスを倒す。

 さすがに見かねた店員さんから声をかけられ、俺は彼女を抱えて店を出た。

 取り敢えずタクシーに乗せなくては。でもこの状態で家に帰れるのか? ちゃんと運転手に家の場所を伝えられるのか。そこの問題がある。が、その前にタクシー乗り場までだとりつけるのかも問題ではある。

 彼女を支えるのに必死で、彼女のやわらかい肌や、開いたブラウスから見える胸元を楽しむ余裕は全くない。

 

「つかささん、ほらちゃんと歩いて」

「もう歩けなーい。帰れなーい」

「そんなこと言わない。大人なんだからちゃんとして下さい」

「だったら私は今から子供になります。頑張れ大人、負けるな大人、あとは任せた!」

「任せるなよ」


 ビシっと敬礼するつかささんにツッコミを入れるのも虚しい。


「ねぇやしろくん、アソコ行きたい」


 急につかささんが指差す方には電飾光る建物があった。


「ラブホじゃないですか。何言ってんですか」

「いいじゃん。フカフカのベッドで寝たいのだ私は」

「家に帰ればあるでしょうベッド」

「いいじゃん。やしろくん私のこと好きにしていいからさぁ」

「どういう交換条件ですか。まったく等価じゃないですけど」

「なんだぁ、私に興味がないってか。男だろお前は」

「興味はありますけど、そういうことじゃないでしょう」

「あれか、行ったことないんだろ。だからお前はダメなんだ。ほら行くぞ、お前を大人にしてやる」

 

 さっきまで支えないと立ってもくれなかった彼女がグイグイと俺を引っ張っていく。でも千鳥足で倒れそうになるので結局支えることになるのだが。

 半ば強引にホテルに入る。正直、彼女の言うようにホテルに来るのは始めてた。

 どうすればいいのかまったくわからず戸惑っているが、彼女は何もない壁を指差して笑っているだけで何の役にも立たない。

 仕方ないのでスマホでどうすべきかを検索していると、他のカップルが入ってきて、操作をしていく。

 それを横目で見ながら、真似して部屋へと入った。

 取り敢えずつかささんをベッドへと寝かせる。

 

「どうするんですか? 部屋には入りましたよ?」

「いいからてめーはさっさとシャワーを浴びて来い」

「わかりましたよ」


 そう言って俺は言われるがままシャワーを浴びる。

 正直、ちょっと興奮している。

 やべー、どうしよ。ホテルきちゃったよ。

 ドキドキが止まらない。

 これって髪の毛は洗った方がいいのかな。洗わない方がいいのかな。でも汗臭いよな。取り敢えず洗っとくか。

 そんなことを考えながら頭からシャワーを浴びる。完全に酔いは醒めている。

 さすがに服は着ないよな。

 バスタオルを腰に巻くと、頭をもう一枚のタオルで拭きながらベッドへと戻る。

 だがつかささんは大の字で寝息を立てていた。

 まぁさすがにそうだよね。

 俺はため息をつきながらベッドの端に座る。

 寝ているところを襲うか?

 そう考えながら彼女の乱れた髪を整える。

 可愛いな。

 率直な感想だった。

 なんか愛おしく感じはじめ、仕事のことも課長のこともエッチなこともどうでも良くなってきた。

 寝るか。俺はそのまま彼女の隣に横たわり、そっと目を閉じる。

 ん、なんか裸だと寝づらい。

 俺は起き上がると、さっき風呂場で丁寧に畳んだスーツをもう一度着て、ベッドへと潜り込んだ。



 

 警報が鳴り響く。

 それにびっくりして飛び起きる。

 なんだいったい、、、

 部屋の中が煙たい。火事か!?

 

「つかささん、起きてください!」


 肩をゆさぶるが、目を覚ます気配はない。

 仕方ない。彼女をだき抱えて部屋を出ようとする。しかし廊下は煙で充満し前も見えない。扉を閉めつかささんを抱きしめる。

 なんとか彼女を守らないと。

 そこでだんだんと意識が遠のく。

 ごめんなさい、つかささん。

 俺は、彼女を抱きしめながら意識を失った。


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