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渓谷の街①

「あ゛ぁぁぁ~ もうやだ! 疲れた!」


 そう言うと、つかささんは上着や靴を放り出すとベッドにダイブした。

 ちなみに彼女の荷物は、ここにたどり着くずいぶん前から俺が持たされている。

 その荷物と自分の荷物を部屋の隅に置くと、俺も椅子へと腰掛けた。

 

「けっこう険しい道のりでしたね」

「ボフ。ボフ、ボボフボフボフボボフ。ボッフボボフボッ!」


強めの語気で放たれるその文句は枕へ向かっているため、よく聞き取れない。どうやら「そうよ。ホント、なんてところに街を作ったのよ。アッタマおかしいんじゃないの!」と言っているらしい。


前の世界でも、仕事で疲れて帰った日はこんな感じだったのだろうかと、その背中を見ながら想像する。

 俺は水筒に入れていた水を飲もうとするが、蓋を開け逆さにしたところで空であったことを思い出す。

 道中でけっこう飲んだからだ。


「つかささん。水がなくなったので探してきますね。あとついでに街の散策もしてきます」


 そう言うと、つかささんはうつぶせのまま軽く一回手を振った。

 それを確認して俺は部屋を出た。


 部屋を出ると急に壁が目の前に現れる。と言っても壁までの距離は100メートルほどはあるが。

 ここダンクゥの街は大きな谷に作らている。

 谷と言っても、ほぼ岩の壁だ。というか、大地が真っ二つに裂け、その間に街を作った感じだ。

 なので家はすべて岩肌をくり抜いて作られている。そして壁には通路と階段がありそこを行き来して暮らしている感じだ。ここで生まれて育った人は相当足腰が鍛えられそうである。崖と崖の間はいくつかの橋で繋がっている。崖下までは数百メートルあり、落ちたら確実に死ぬ。下には川が流れている。流れは緩やかに見える。

 橋の中央に立って街を見渡すが、両サイドから迫り来る壁は日本にいればなかなか見られるものではない。

 宿屋も面白かった。受付の部屋があり部屋の鍵を渡されるが、部屋には受付の部屋を一旦出て、渡された地図を頼りに部屋まで行かなければならない。俺たちの部屋は受付から上の位置にあったため、やっと宿屋にたどり着いたと喜んでいたつかささんだったが、まだ階段を登らせるのかと憤慨していた。

 商店も住居もすべて壁面にある。どれが家でどれが商店かわかりづらいが、看板が出ているのがきっと商店だろう。

 俺は橋の真ん中から、買い出しに向かう商店をどこにするか考える。店を巡って階段を上り下りするのはできるだけ避けたい。正直俺の足も十分にパンパンなのだ。

 

「あら。旅人さん?」

「えっ?」


 そこで急に声をかけられる。

 振り向くと、そこには美麗の女性が立っていた。長身で線は細く、出るとこは出ている。黒髪ロングが谷を抜ける風にたなびいている。

 

「ごめんなさい。旅人の方を見かけるのは久しぶりで」

「久しぶり? 旅人はあまりいないのですか?」

「ここはたどり着くにもけっこう大変ですし。街の中の移動だけでも疲れますから。旅人はあまり来ないんですよ」


 なるほど。確かに言われてみれば、温泉に入りたいなんて言う動機でもなければこの街に立ち寄る冒険者は少ないのかもしれない。

 

「ところで、どうしてこの街に? ごめんなさい。無粋な質問だったかしら」

「いえ。実は温泉巡りってのをしてまして。この街の近くに温泉があると聞いてきたものですから。でも、こんな谷の街に温泉なんてあるんですかね?」

「ありますよ。少し離れてはいますが、往復しても半日で行って帰ってこれる場所にあります。そうなのですね。あの温泉に。どうぞ楽しんで下さいね。でもこれからだと夜になってしまうかしら」

「あぁいえ、温泉には明日行くつもりで。しばらくはこの街に滞在するつもりなので。今は旅の道具の買い出しの途中だったんです」

「そうですか。でしたらオススメのお店がありますよ。よろしければ案内しましょうか?」

「いいんですか?」

「ええ。私はこれから家に帰る途中だったんですが、私の家の近くですので」


 そう言って歩き出す彼女の後を俺はついて行く。つかささんも俺より年上だし大人だと思ってはいるが、こういう大人な女性もいいな。なんてことを考えながら。


すみません。街と村が混同していたので、今回は街に統一しました。

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