霧の森の村③
「準備は出来た?」
「はい、大丈夫です。忘れ物もありません」
「じゃあ行こうか」
身支度を済ませると俺たちは宿の部屋を出た。
次の温泉地へと向かうためだ。
時間は早朝と言うには少し遅いくらいの時間か。でも朝と呼ばれる時間に含めてもいいだろう。
旅支度は昨日のうちに済ませていたので、隣の食堂で朝食を済ませたらすぐに出かけられる。
俺たちの旅に目的はない。やることもないので何となく旅を続けているだけだ。ただ、あてもなく旅をしてもつまらないのでスパ本を元に温泉地を巡る。
なのでサラリーマン時代のように何時に起きて何時に出社して何時に家に帰って何時に寝るなんてルーティーンはないし、何曜日が出勤時間で何曜日が休みというのもない。すべては自由だ。
そもそもこの世界に来て時計もないしカレンダーもないので、やりようがないというのが正しい。
時計は日時計的なモノがある町にはあるし、暦のようなものもあるようだが、それは地域によって独自だったりするので当てにならない。
ただ一つ言えることは、あまり出発が遅いと、次の町に着くまでに暗くなってしまうということだ。それだけは避けたい。野宿はけっこう面倒くさいからだ。火も起こさなきゃいけないしモンスターに襲われる危険性も増える。何よりつかささんの機嫌が悪くなるのが面倒くさい。
目的の場所までの道のりから多少外れても日没までにたどり着けそうな町を経由しながら俺たちは旅をしていた。と言っても、当初よりはつかささんも体力がついたみたいで以前より長距離を移動できるようになった気がする。
俺たちは宿屋を後にすると、村の出口へと向かう。村人たちはもうすでに各々の仕事へと向かったようで、主婦たちが部屋の片付けをしたり洗濯をしたりしている姿が見られる。
村を出てすぐのところで、見知った一団と会う。
「おう、お二人さん。お出かけかい?」
食堂で出会った傭兵たちだ。あの時とは違い重たそうな鎧を着込んでいる。つかささんの言ったとおりだ。
「はい。次の目的地に向かおうかと」
「そうかい気をつけてな」
食堂では俺たちをいやらしい目で見ていたが、今日は違う。3人とも大人しいというか、真剣な表情というか。仕事をしている大人といった風だ。
「宿屋の店主から聞いたんですが、オルクルというモンスターを追っているんですか?」
「まぁ追っているというか、村が襲われないように見張っているという感じかな」
それに続くように別の男が話し始める。
「オルクルの奴らを始末出来れば俺たちもお役ごめんなんだが、奴ら森に入っちまったらしくてな」
「森に? ですか」
「そう。この森は霧が濃くってな。入って出てこられなかった人がけっこういるらしい。オルクルの奴らが何を考えているのかわからんが、そんな危険を犯してまで追いかけるわけにもいかないからな。こうして村の外で待つしかないってことさ」
「そうなんですね」
「まぁ次の町に行くなら森は関係ないからな。心配しないで冒険を楽しんでくれ」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げると、街道を歩き始めた。つかささんが終始無言だったのは、あの男たちを警戒していたのか、毛嫌っていたのか、どちらかだろう。
「ねぇ、森に行ってみない?」
そこでさっきまで黙っていたつかささんが口を開く。
「えっ? 聞いてました? 森にはオルクルっていう凶暴なモンスターが入っていったって聞いたところじゃないですか」
「だからよ」
「どういうこと、、、で、、、す、まさか」
「ええ。もしかしたら、オルクルはエルフを狙っているのかも」
「そんなこと、、、でも俺たちにどうしろって」
「せめてエルフたちにオルクルが森に入ったことだけでも知らせられないかな」
「行ってみますか? でもまた迷うかもしれませんよ?」
「そうね。でも、迷わないかもしれないわ」
「なんかつかささん、変わりましたね」
「そうかしら?」
「じゃあ行きますか」
そして俺たちは森へと向かった。




