霧の森の村②
「ごめんね」
「えっ、何がです?」
森の近くの村、モアルの村に戻ってきた俺たちは、村の荷物を置くと隣接する食堂で夕食を取っていた。
そこでいきなりつかささんに謝られ、よくわからず聞き返してしまった。
「別に、何でもないわ」
「なんでもないことないでしょう。アレですか、俺を木に縛り付けてたこと。エルフに襲われた時、逃げられなくてマジで死ぬかと思いましたよ」
アレはマジでヤバい状況だったが、空気を重くしないためにもケラケラと笑いながら返した。
「そっそうね。まさかあんなことになるとは思わなかったしね」
そう言いながら苦笑いをすると、何味かよくわからないスープをつかささんは口に含んだ。
「アンタたち、温泉は見つかったのかい?」
そこで店の主人がいきなり話しかけて来る。
店の主人は宿屋の主人でもある。
森に行く前に、温泉のことを聞いていたのだ。
「えぇ、ありましたよ。実はそこで、、、」
「いぇ、いい温泉でした。温度もちょうど良くって」
俺の言葉を遮るようにつかささんが被せる。
「でも霧が濃くって遭難しかけましたけどね。いつもあんなに霧が濃いんですか?」
「えっ? あぁそうだね」
「じゃあオススメしませんね。結構危険だと思いますので」
「そうかい。じゃあ他の旅人なんかにはあまり薦めない方がいいかもね。でも、温泉見つかって良かったね。若い二人だし、さぞ気持ち良かったでしょ」
そう、少しニヤリとしながら主人は厨房の方へと戻っていく。
ちょっと気持ち悪い。
まぁそういう色的なモノは何もなかったのだが。
「ていうか、なんで急に話を遮ったんですか?」
「何言ってるの。エルフたちに他言するなって言われてたでしょ」
「そういえば、、、」
「あの人たちがどういう人たちなのかはよくわからないけど、種族間ってのはあまり上手く行く試しがないのよ。それにいきなり弓矢放ってくるし。余計なこと言って変なことに巻き込まれる前に、明日の朝にはさっさとこの村を出るわよ」
「わかりました」
そう言いながら、俺も何味かわからない謎のスープを口に運ぶ。
そこで冒険者の集団が店へと入ってくる。
男3人組だ。
「いらっしゃい」
店主の挨拶を無視すると、俺たちをチラ見しながら食堂の奥の席へと座る。
主人は注文を取ると、いそいそと料理を運んでくる。
冒険者なのだろうか。
先日までいたカーランの村にやってきていた冒険者たちとは少し雰囲気が違う。
カーランの村にいた冒険者たちは冒険に適するためか、比較的軽い素材の装備、革製品やしっかり目の布製の装備を身にまとっていたが、彼らは更に薄手の布の服を着ているのだ。
「つかささん、あれって、、、」
「そうね。冒険者には見えないわね」
「ですよね」
「あの薄手の服。鎧の下に着る肌着のようなものでしょう。あの上にチェーンメイルやプレートメイルを装着するのよ。おそらく重たいから隣の宿に置いてきたんでしょうね」
つかささん俺から見るとつかささん越しに正面になるが、つまりつかささんからは彼らのことは見えない。振り返らずにそれを語るつかささんは、彼らが入ってきた瞬間にそれを見抜いたのだ。
「そんな重たい装備を身につけて長旅をするとは考えにくいから、おそらく冒険者や旅人ではなさそうね」
「とすると?」
「兵隊、かしら。でも、なんで?」
男たちは、料理を運んできた主人に俺たちのことを訪ねたようだ。主人が温泉を探していることを伝えると、男たちは俺たちの方を見てニヤニヤと笑っている。
まぁ仕方ない。
それを言って厨房に戻ろうとする主人をつかまえて、勘定を支払うついでに彼らのことを訪ねた。
「彼らですか? 実は村の近くに最近オルクルが出没するという話がありましてね」
「オルクル?」
「ええ。丸太のような四肢の巨人でしてね。顔はピーゴのような感じなんですが」
「ピーゴ?」
「あぁ、四足歩行の小型の生き物でしてね。見た目は少し醜いのですが、味はなかなか美味しくて。今日お出しした料理にもピーゴの肉が入ってたんですよ。あと、スープもピーゴの骨から出しを取っていましたし」
あれ、ピーゴのスープだったのか。
「オルクルは言葉も通じなくてですね。だいたい3人から4人で行動しているのですが、急に人々の村を襲ったりするんですよね。なので、村長が街から傭兵を頼んだんですよ」
「へー、怖いですね」
「お二人も気をつけて下さいね。特に、オルクルは女性が好きなので」
「ありがとう、気をつけるわ」
俺の肩ごしに、1歩後ろに立っていたつかささんへ主人が注意を促した。
オルクルか。どんなやつなんだろ。まぁ俺たちの貧弱な装備ではかなわないだろうな。つかささんの言うとおりさっさと次の村へと移動した方が良さそうだ。
そんなことを考えながら、隣の宿へと戻った。




